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146話 指定された密会場所

 

 手紙の内容は俺に対する脅しの言葉が書かれてあった。

 それも命を脅かすような内容ではなく、『お前の秘密を知っているぞ』といった抽象的なもの。

 それがこの世界のことを言っているのか、異世界のことを示唆しているのかはまだ分からない。

 だが、鏡花や理紗のように記憶を残して転生している者もいるので、嘘と断ずるには早計だ。

 だから今は手紙の内容に従って行動する。


「こちらでございます。先方はもう少し時間がかかるそうです。しばらく、私と一緒に時間をつぶしましょう」


「別にあんたは案内だけでいいんだぞ?」


「そうすればこちらもプラスで報酬が貰えるのです。お気になさらず」



 説明を聞いた俺は、女の案内の元、新宿の裏路地にある建物に来ていた。


 建物はかなり年季が入っており、あまり手入れされていないのか、周囲に蔦がびっしりと這っている。

 女の説明によると、ここは階ごとに店が違っているらしく、目的の場所は三階の酒場のようだ。


 酒場はぼんやりとした薄明かりで照らされており、広い割に店員は一人しかいなかった。

 あごひげを蓄えた強面の男がこちらにチラリと視線を送ると、何も言わずに再びグラスの清掃に戻る。

 女はあごひげの男の前に立つと。


「小腹が空いたので、個室に案内してもらえますか?」


「うちは飯屋じゃねえんだ。他をあたりな」


「じゃあデザートで構いません」


「……これが鍵だ。やんちゃすれば出入り禁止にするぞ」


 女はあごひげ男から鍵を受け取ると、こちらに戻ってくる。


「……何ですかそれは?」


「ハンバーガーを知らんのか? 腹が減ってるんだろ?」


 道中買いこんでおいた中から、あまり好みの味付けではないハンバーガーを差し出す。

 真っ赤な袋に入っているこのハンバーガーは、妙に辛く食べ進めるのが大変だった。

 腹ごしらえのために寄り道をしたいと言った俺の要望をのんでくれた彼女には、それくらいのことはしていいだろう。

 女は俺の腕を掴むと、店の外に誘導する。


「おい! デザート食べるんじゃなかったのか? 俺も気になっていたんだが……」


「あれは、合言葉です! ほんと恥ずかしい……。いいから上の階に行きますよ」


 女はそう言いつつも、俺が差し出したハンバーガーを受け取り、肩下げ鞄に放り込む。

 そして言い訳するように、ストレスには辛いものが必要なんですと愚痴り、歩みを早めた。


 階段を上がると、三つの扉が見えてきた。

 金属製の扉が横並びで取り付けられており、その周りは中が見えないように壁で覆われている。

 ガラス窓で中が確認出来るようになっていた下の酒場と比べると、こちらは店と言うより住居に近い。

 そんなに大きな建物ではないため、三つに区切ってしまうとそこまで広くはなさそうだが、寝泊まりするだけなら十分な大きさではある。


「おい、本当にここで合ってるのか?」


「おい、なんて呼び方しないでください。私は長年連れ添ったあなたの妻ではありません。名乗った名前で呼んでください」


「名乗った名前って、偽名だろ?」


「偽名ですが?」


 それが何か悪いのか、と言わんばかりに女は顔色一つ変えずに返答する。

 こっちに来る途中に名前を名乗られたのは確かだが、その後にこれは偽名ですので、後日その名で呼んでも無視します、とこいつは言い放った。

 こみ上げる怒りを抑えながら、こちらも反論する。


「俺にとって名は大切なものだ。とってつけたような名など呼ぶに値しない」


「そうですか。それならいいです」


 女は鍵を開けるとすました表情でこちらに向き直る。

 ……一発くらいなら殴っても許されるのではないだろうか?

 震えるほど強く握られた拳に視線を落とすと、彼女が後ろ手で外開きの扉を開きながら声をかける。


「あなたに殴られたら私は即死しますよ? その覚悟があるのなら止めはしませんが」


「他人事のように言うんだな。怖くないのか?」


 こいつ本当は強いのだろうか?

 殺気は漏らしていないが、ここまで平静を保っているのは少し異常に思える。

 女の言葉に嘘を感じないからこそ、どこか歪に感じる。

 訝しげな視線を送るが、女は俺のことを意に介した様子はない。


「まあ、そうですね。その感情はありませんから」


「俺も人のことは言えんが、変な奴だな」


 女は顔色を変えずに、よく言われますと返し、扉の中に入り手招きをする。

 俺も中に入ると中は驚くほどに広かった……というよりは。


「……空間拡張されている?」


「よく気が付きましたね。初見の人はそれぞれの部屋が繋がっているって思う人が大半なんですが」


 大きさはちょうど下の酒場と同じくらい。

 これは勘違いするのも無理はない。

 俺も違和感を感じたのは、勘によるものが大きい。



 中は窓ガラスは一切なく、完全に隔離されているが、空気がこもっているような様子はない。


「靴は脱がなくていいのか?」


「そのままで大丈夫ですよ。歩けば分かります」


 床板は木造のように見えるが、恐らく偽装で、固いコンクリートの上を歩いた時のような感触がある。


 中には大きめの机が一つと、椅子が周囲に置かれている。

 後は冷蔵庫らしき箱が壁際に置かれてあるだけの、殺風景な部屋だった。


「ここは知る人ぞ知る密会場所なんです。下にいるマスターが元凄腕の探索者で、下手な横槍は全て防いでくれますし、この部屋に部外者が侵入するのは容易ではありません」


 女は俺にそれだけ教えると、さっき渡したハンバーガーにかぶりつく。

 俺も時間がもったいないので、女の正面に座り、ハンバーガーを食べ始めた。


 先に食べ終えた女が、口元をハンカチで拭きながらこちらを見る。


「先程マスターが言ってましたが、暴れないでくださいね。ここはとある組織によって運用されておりますので、ここを半壊させてしまうと、その組織ごと敵に回してしまいますよ」


 女の忠告に俺は答えなかった。

 無視してハンバーガーを食べ進める俺を見て、女は大きなため息を吐く。


「分かりました。ではあらためて伝えておきます。私はただの運び屋であり、手紙の主とは関係ありません。ですので暴れる時は、私以外を対象にしていただけると助かります」


「その言葉が本当ならな」


 助かりたいと本当に思っているのか、と感じるほどの平坦な声のお願いに、俺は食べるのを止めてそれだけ返した。

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