144話 冬梅の後悔
俺のアニメ視聴に関して決まったことは、特に制限なく見続けることと、見た内容を真実だとは思わないこと。
そして時々でいいから、好きなアニメの話をしてほしいとお願いされた。
それが分かれば、俺の趣味に合うようなゲームを提供できるといった理由と、さっき起きたような勘違いを訂正出来るようになる利点がある。
思い返せば、理紗たちと話す時はダンジョンに関わる話しかしてこなかったと、反省する。
二人からすれば実につまらない人間だろう。
話し下手な俺が、改善できるものか分からないが、少しでも努力していこうと思う。
しばらく話していると、入り口の扉がノックされる。
近くにいた理紗が内鍵を開けると冬梅が書類を持って立っている。
「すいません、鍵閉めてました」
「良いんですよ。他のクラスの生徒が、レオさんの行方を探していたようですから、用心して正解です」
「私たちはもう帰ります。後はよろしくお願いします」
理紗に続いて、紬も部屋から出ていく。
そして冬梅はさっきと同じように内鍵を閉めると、書類を机の上に並べ始める。
「今日は迷惑をかけたな。最後の少年にも余分に魔石を遣わした気がする」
「大丈夫ですよ。弁償する必要があるなら、ギルドが払うことになると思いますが……今回はその必要もないと思います」
「何でそう思う? 結構な魔石を使っていたようにも見えるが?」
ただの訓練で属性石を複数、無色の魔石に関して言えばそれこそ百は超えて使っていたのではなかろうか。
属性石は少年の判断だが、無色の魔石は俺が勘違いしていなければ、あんなに消費する必要もなかった。
だが冬梅は書類に目を通しながら、返答する。
「黒峰くんも、この件であまり大っぴらに騒ぎたくないでしょうからね。ですがもしかすると今後、彼の父親から嫌がらせされる可能性がありますので、そこはご留意を。その時は鏡花さんを頼ってください」
その嫌がらせが俺に向かうのなら何も問題ないが、理紗たちに向かうことのないように、気にかける必要があるな……。
冬梅は一枚の書類とペンをこちらに寄せると、説明を始める。
今回の依頼は成功で、依頼金はしっかりとギルドの方に振り込まれるようだ。
俺への報酬は調理室の使用権のため、このお金はあまり関係はない。
依頼を終えて、とりあえず鏡花の株を下げるようなことは……あるかもしれないが、報酬を貰えて良しとしてくれたら嬉しい。
必要書類にサインを書きおわり、冬梅が鞄から砂時計のような物を取り出した。
外装は木で出来た支えの内側に、真っ白な砂が内蔵されている。
彼女はそれを反対にすると魔力の波動が周囲を包みこむ。
「……魔道具か」
「防音の効果がある魔道具です。私たちの会話は外に漏れることはありません」
表情を固くしながらそう話す冬梅に、朝方話していた内容を思い出した。
「鏡花の話か?」
「はい、そうです。彼女のトラウマと、私の犯した大きな間違い。どうか聞いてもらえないでしょうか?」
腰を曲げ、頭を下げる彼女に俺はどう答えれば良いのだろう。
戦士の中には、夜中に恐怖に襲われ、眠れない日々を過ごす人を見たことがある。
戦闘中、過去の出来事を想起してしまい、まともに動けなくなる者も知っている。
それを一人で乗り越えるのも厳しいことも……。
「それを俺に話してどうなる? 俺は鏡花に何もしてやれることはないぞ。戦う以外、能がないんだからな」
「そこが重要なんですよ。彼女を救うには、その力が必要なんです。少し私の話を聞いてください……」
冬梅の話は亡くなった同級生の葬式の時に遡る。
遺体の存在しない葬式を済ませた後、落ち込む鏡花から話があったそうだ。
それはもう一度、学生時代と同じメンバーでパーティーを組まないかというもの。
あんなことがあった後だ、騙される心配もなく、気心知れた仲でパーティーを組みたいというのは、至極自然な考えともいえる。
だが、冬梅はその提案を断った。
「冬梅は教師になりたかったのだろ? そのために断るなら、何も問題はないと思うが?」
冬梅は俺の言葉に間を開けて、違いますと、吐き出すように呟いた。
「教師になりたいというのはとってつけたような言い訳です。本当の理由は、怖かったんです。彼女と同じ未来を辿るのが」
ダンジョンで生きたままモンスターに貪り食われた元チームメンバー。
命を失うまで、いや……配信カメラが映像を遮断するまで、苦しむ様を彼女は見ていた。
それで怖くなるのも無理はないし、鏡花もそれで彼女を責めることはないだろう。
今日の講習を受けて分かったことがある。
彼らには、戦う者としての覚悟が明らかに足りていない。
それは、ダンジョンの外に出ればモンスターに襲われることもない、この世界の仕組みによる問題が大きいのかもしれない。
少なくとも講習を受けた生徒の中には、モンスターに殺される覚悟は持っている人は、一人もいなかった。
冬梅は乾いた喉を潤すように、紅茶を流し込む。
そして震えた声色で続きを話し始めた。
「私は……怖かったんです。鏡花さんに置いていかれることが。彼女と同じように、役に立たないと判断されて最期を迎えると思うと、鏡花さんのところには戻れませんでした」
俯く冬梅から雫が落ちる。
拳が白くなるほど握り込み、彼女が今もその発言を悔やんでいることが伝わってくる。
「だが鏡花からすれば、進路の違いで分かれたことになっているだろ? その時の冬梅はもう別の学び舎に入っていたと話していたが……」
「いえ、鏡花さんは私の本心に気がついていたと思います。その言葉を伝えた時に、悲しそうな顔をしていましたから。……レオさん、あなたは強いです。仲間を必要としないほどの力を持つあなたに頼むのは、申し訳ないですが……」
冬梅は涙を袖で拭うと、立ち上がり深く頭を下げる。
「もしレオさんに余裕がありましたら、ほんの少しでいいですから、鏡花さんのことを気にかけてはもらえないでしょうか?」
「気にかけるって言ったって、俺はただの探索者の一人だぞ。ギルドの幹部の鏡花にしてやれることもないだろ」
「鏡花さんは、強いからこその孤独を知っています。だからこそレオさんのために無理をすると思うんです」
「言ってる意味が分からんが?」
冬梅は俺の質問に答えず、笑って返す。
そして俺の背中を押して外へと誘導していく。
「私がいつまでもレオさんを独占するわけにはいけませんから、そろそろ帰りましょうか?」
「俺は頭が悪いんだ。はっきり言ってくれ。冬梅は俺にどうしてほしいんだ?」
「そこまで私は野暮じゃありませんから。レオさんの思うように行動してください」