143話 生徒指導室で、生徒から指導される男
授業は終わり、俺は理紗に連れられて別室に案内された。
一緒に着いて来たのは理紗、紬の二人で、冬梅は残って事態の収拾にあたり、かなえも黒峰の後始末をするためにここにはいない。
男の粗相を身近にいる女に世話されるほど、情けないものはない。
そう伝えると、かなえは魔法に全て任せるから、こっちのことは気にしなくてもいい、と呆れた様子で訓練所から俺たちを追い払った。
用意された部屋は、生徒指導部屋と呼ばれるところらしく、本来は問題を起こした生徒を呼び出して、叱咤する部屋だ。
……それが今は、全く逆の使われ方をしている。
「何を見てあんな真似したの? なんでもかんでも鵜呑みにするのはやめた方がいいっていつも言ってるでしょ?」
そうやって質問する理紗は、どこか疲れたような表情を浮かべていた。
作品の名前は覚えていないが、参考にした内容で、覚えてある時間帯を告げると。
「なんで不良アニメなんか参考にするのよ! 喧嘩で友情が芽生えるなんて幻想よ」
「レオさんが間違った方向に、理解が進んで行ってる気がする」
紬も頭を抱えていて、俺が何か間違った受け取り方をしたのは間違いなさそうだが、アニメは出鱈目な価値観を描いているのか、と問うとそれは違うと言う。
アニメの中には、比較的現実に近しい内容の作品があるのは確かだが、現実の法則を無視した、お伽噺のようなものも多くある。
俺は後者の内容を見て、真似してしまったのだろう。
だとしたら、あの作品はどうなのだろう。
こんな奴がいるのなら一度戦ってみたいと、胸が熱くなったあの男。
「覆面を被った男が建物を輪切りにしていた作品を見たんだ。あれは……あれも嘘なのか?」
実在する誰かがモチーフになっている可能性があると、内心ワクワクしながらそのアニメを観ていた。
毎週同じ時間にやっていることが分かると、紬にお願いして、自動的に録画出来るように設定してもらっている。
それで事情を知る紬が苦笑いを浮かべると……。
「あの、レオさん? あのアニメは空想のお話で……この世界の人は建物を切り裂くなんてことは──」
「俺は出来るぞ」
「それは! そうだけど……でも空を飛んだりとか、も……そういえば出来るか」
俯いて考え込む紬。
今まで見たアニメの中の登場人物は、空想と呼ばれるほど、人間離れした能力は持ち合わせていなかった。
一度手合わせしたくなるくらいには、親近感を覚えている。
そうなれば何が現実で、何が嘘なのか分からなくなる可能性がある。
今日はその認識の差により、失敗してしまったようだから、あまり観ないようにした方がいいのかもしれない。
そう告げると、理紗は鋭い目を俺に向ける。
「レオ、それは駄目。せっかく楽しんでいるんだから、観るのを止めるには勿体ないわ」
「でも、初めのうちは現実に則した世界観の作品を観て勉強した方がいいんじゃないかな? そうすれば変に勘違いしないと思うんだ」
理紗は首を振り、紬の提案を頑なに拒んだ。
俺もそっちで勉強すればいいのでは、と紬の提案に同意したのだが、あまりいい顔はしていない。
何をそんなに意固地になっているのかと不思議に思う。
アニメを観るようになった経緯は、ダンジョンを探索することが出来ない間の暇つぶしの役割が高い。
だからこの世界を知る上で悪影響になるのでは、あまり観る意味がない。
理紗は紬の目をじっと見て、眉を下げる。
「だって、この世界でレオに出来た、新しい趣味かもしれないのよ? だったら観るのを止めろ、なんて言えるはずがない」
その声は少し震えていた。
紬は、はっと目を見開き、理紗の手を取ると、どこか優しい声色で、そうだねと連呼している。
なんだろうか、この一人取り残されたような感覚は……。
また新しい異世界に飛ばされたのかと、錯覚するほどに、俺は二人の言葉の意図が読めなかった。
そこで、理紗はゲームを奪われたら生きていけない、と発言していたことを思い出す。
だからアニメも同じように、この世界で生きる人に大事にされているのかもしれない。
エアリアルでは、とある石碑を守るために命を懸ける一族がいた。
迷信と分かっていながらも、先祖の遺言を守るために、毎年、生贄を捧げ続ける村があった。
何が大切なのかは、本人達にしか分からない。
俺の行動を尊重してくれるのは、正直嬉しい。
だが、一つだけ気になることがある。
「そんな成長した子供を見守るような目を向けるのは止めてくれ。俺は二人より年上だぞ」
不満を告げると、二人は分かったと言いながら俺の頭を撫でてくる。
二人が悪意を持っていないことが分かるので、力づくで振り払うことも出来ず、冬梅が迎えに来るまで耐え忍ぶしかなかった。
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