142話 アニメで学んだ勇者の秘策
障壁から出てくる気配のない黒峰は、今度は無色の魔石を大量に取り出し、水晶に放り込んでいく。
すると障壁が二重、三重に重なっていき、やがて数えるのも億劫なほどの数が形成された。
その光景に、以前、紬が作って俺の家に持って来てくれた、ミルクレープなるデザートを想起してしまったのは、少し運動して小腹が空いてきたからなのかもしれない。
あの美味しさを思い出し、生唾を飲み込みながら考える。
障壁の中で窮屈そうに縮こまる少年を引き摺り出すのは簡単だ。
だが、それでは彼には伝わらないだろう。
互いに殴り合って和解するといった、よく分からない一連の流れを、実行しなくてはならない。
……どうすれば良い?
まずは彼が自主的に外に出るように仕向けなくては。
「おや? こんなところに美味しそうな焼きそばがあるな。……それも二つ。食べたいならやらないこともないが」
「僕に毒を盛ろうったってそうはいかないぞ! そんなもの誰が食べるか!」
「そんなものとはなんだ! これは屋台のおじさんが一生懸命……おっと、すまん」
美味しく作ってくれた焼きそばを愚弄されて、思わず障壁を空いた右手で小突いてしまった。
十枚くらい一斉に割れた気がするが、少年が魔石を取り出し、元の状態に戻した。
デスパレードで、俺が毒入りのご飯を食べていることは皆に知られている。
それが原因の発言だとしたら悪いことをした。
後でいくらか魔石をプレゼントしよう。
ご飯で釣れないなら後はこれしかない。
喉の調子を確認。問題ないな。
訝しむような視線を向けてくる少年に笑顔を返すと。
「黒峰く〜ん! あっそびましょ〜」
「──ひいっ!」
障壁をノックしながら少年を誘うが、少年は頭を押さえて怯えている。
そして最後には悲しい結末が待っていた。
「……レオ? 何してるの?」
「理紗、これは違う! 少年が催してるのは知らなかったんだ!」
トイレに行きたければ言ってくれれば良かったのに……。
平和な世の中で生活している子供に、常在戦場の意識を持てとは思ってはいない。
……可哀想に。失禁し、半べそをかいている少年のために、亜空間からタオルを取り出した。
タオルを持った腕を伸ばして、少年に届くように障壁に穴を空けていくと、紬がおれの腕を掴んで制止させる。
「ちょっと待ってレオさん! 逆効果! 逆効果だから一旦黒峰くんから離れよう?」
「いや、それは出来ない。こうなったのも俺の責任だ。俺が最後まで面倒を見る」
「最期⁉︎」
「どうした少年、そんな声を出して? 恥ずかしがらなくても良いんだぞ。俺も戦士の端くれだ。綺麗な体に戻して終わらせてやる」
汚れた体で取り残される少年があまりにも不憫だ。
こうなってしまうと、少年との鍛錬の時間は次にお預けでも構わないが、せめてみんな綺麗な体で講習を終わらせたい。
だがそんな俺を邪魔するように、追加で三人の女性が近付いてくる。
まず最初に、俺の右腕を掴んだ冬梅が背後に体重をかける。
「うちの生徒が不快にさせてしまったことは謝ります。ですがどうか命だけは勘弁して貰えないでしょうか⁉︎」
「命? お前は何を言って……」
「──私、分かったかも。レオさんって死ぬほど言葉のチョイスが悪いんだ……」
俺の前に回り込んだかなえが、俺の胸に肩を押し当てながら、足に力をこめる。
少しでも俺を引き離そうとするが……。
「う……動かない〜。紬も頑張って引っ張って!」
「無理だよ。絶対力じゃ勝てない! りっちゃん、お願い!」
「……レオ、止まって。あなたは一度こっちを向いてくれる?」
「それは後にしてくれないか? 今はこの少年を助けてやらないと……わかった」
背後にいる理紗に首だけ回して答えようとし……理紗の目を見た俺は急いで後ろに振り返る。
……理紗の目は据わっており、それは俺が何か間違いをおかそうとしている時によくある仕草だった。
俺が振り返ったことで俺の腕を掴んでいた二人の手が離れ、かなえが背中に張り付く。
「かなえ、あなたの魔法で黒峰くんを運んであげて。それでレオは私と一緒にこっち来る」
障壁が理紗の魔法で破壊され、少年は、かなえが描いた男に運ばれていく。
俺はまた迷惑をかけてしまったと、肩を落としながら理紗の後をトボトボとついていくのだった。