140話 現代っ子の心構え
息も絶え絶えになった男たちが、冬梅が休む壁際へと集められている。
今はおさげ髪の女生徒の相手をしているところだった。
女生徒はおどおどしている態度の割に、攻撃性能の高い風の刃でこちらを攻撃してくる。
これは俺が防げるものと信用してくれているからだろうか?
別に死んでもいいと思われている可能性もなきにしもあらずだが、そこまで恨みを買った覚えは今のところない。
この女生徒が使う風の刃は、俺が聖剣で攻撃した時のように目に見えることはないが、魔法の気配は消し去ることなく感じ取れる。
まあ、そもそもあれは聖剣だから消し去れる可能性があるのだが……。
風の刃を打ち壊し、距離を取らせるように放たれた暴風も、ハンマーを振って無力化する。
そして女生徒が苦手とする接近戦に持ち込んで……。
「……参りました」
やり合うことなく負けを認める少女。
やる気があまり感じられ無いその態度に、思わず注意してしまう。
「もう少し頑張ってみてもいいんじゃないか?」
「いや、だってこれ以上やっても無駄ですから」
……これだ。妙にやる気を見せていた男連中以外の生徒は、こんな終わり方が多かった。
非常につまらない。腑抜けともとれるような心のありよう。
せっかく魔法を授かり、戦う術を持っているのに、これじゃあ宝の持ち腐れにしかなっていない。
そうして消化不良の戦闘を続けていき、最後の一人を残すだけになったんだが……。
「参った。僕の負けだ。これで模擬戦は終了。さっさと家に帰るといい」
「ちょっと黒峰くん! 講師に向かってそんな態度は……」
自己紹介で、自身をクラスの主席であると名乗ったはずの少年は、武器も魔法も出さなかった。
安全が約束された訓練で、今まで怪我人が出ていないのにもかかわらずに、だ。
沸々と怒りが湧いてくるのを感じる。
後半は、牙を抜かれた獣のような戦いを繰り返し、じゃれあいのような作業を繰り返しただけ。
なまじ序盤に戦った男子生徒が、やる気を見せて食らいついてきたから、余計にそう感じるのかもしれないが……。
「力があると言い張る割には、とんだ腰抜けなんだな」
「何? お前、僕を誰だと……」
「ダンジョンで出会ったモンスターにも、そうやって負けを認めていればいいさ。お前ほど情けなくば、手心くらいは加えてくれるだろうよ」
その言葉に一部の生徒がどきりと肩を揺らす。
何か思い当たることがあるのだろうが、肝心の当人は憤慨し、憎しみに満ちた視線を送ってくる。
「あんたは自分の立場をわかっていないようだな。僕が父に一声頼めば……」
「黒峰くん! それ以上はいけません」
「僕の会話に口を挟まないで下さい。いいか、勇者と称えられようが、あんたは一人の探索者にすぎない。だからあまり調子に乗らない方が──」
「……やってみればいい」
冬梅の制止を遮って脅しをかける少年の言葉に返答する。
この程度の売り言葉は受け流さなくてはいけないと、重々承知していた。
命を狙われる立場だったため、実際に受けたことはないが、貴族の関係者からくる依頼は、総じてこのような上から目線のものが多いと、団長がぼやいていたことを聞いたことがある。
少年はここまで反抗されるとは心にも思っていないのだろう。
目を見開き驚いている。
その時の団長との会話を思い出す。
脅しをかけてくるような輩を相手するには……。
「俺をどうにかしたくば、ギルドの精鋭でもなんでも連れてくるがいい。俺からすれば願ったり叶ったりだからな」
本懐を遂げるか、エアリアルでの日常に戻ってしまうか。
理紗たちには悪いが、こればっかりは仕方ない。
頭を押さえつけられて良いようにされるために、ここに来たわけではないのだから。
「ちょっとレオ! 冷静になって」
「そうだよレオさん! 師匠が味方ならそんなこと起きるはずないよ」
焦ったように口を開いた二人を無視してじっと少年を見る。
少年は狼狽えながらも、自分のプライドを守るためか、強気で言い返してきた。
「僕の父だけじゃない! 父の部下は何人いると思ってる!」
「そこで他人の力に頼るなよ。己の力を誇示したいのであれば、せめて闇討ちでも使って成し遂げてみせろ」
「ば、馬鹿なことを言うな!」
食堂で自信満々に他人を見下す発言をしていたことは、頭に残っている。
関係ない者の人間性はどうでもいいが、その矛先が俺に向くのならば話は別だ。
「お前が立場を使ってどれだけ俺を脅そうと、首を垂れるとは思うなよ」
俺も俺で墓前に誓った約束がある。
いつかの夢で団長から告げられた言葉もあるが、そう簡単に捨て去れるものではない。
怒りに震える少年の手に、光沢のある青白い色をした人形が握られていた。
……恐らくはアイテムボックス持ち。
大きさは手のひらほどで、指の隙間から馬の頭のようなものが見えている。
少年は追加で土の属性石を取り出すと、左手に持った人形に押し付ける。
属性石は人形に吸い込まれるように消えていき、少年の周囲には武器と盾を手にした鋼の騎士が出現していた。