138話 かなえの魔法
かなえの言葉を聞いた他の生徒たちから、物言いが入る。
「嘘つけ! 普段は、しがらみは嫌い、自由がいいって言ってるくせに!」
「自由に戦ってくれよ! 骨は拾ってやるから!」
散々な言葉を投げかけられて、かなえは青筋を浮かべる。
拘束が取れたことで自由になった首を回すと……。
「それは言葉のあやってやつでしょうが! こんなのも分からないから、バレンタインデーに何も貰えないのよ!」
「そっ……そんなことねえし! てか何でお前がそれ知ってんだよ!」
「そうだぞ! 嘘は良くないなあ〜」
焦りを滲ませた声色で返答してくる男子生徒。
かなえは奇妙な笑い声を漏らし始めると、何故か男子生徒たちがどよめきだす。
『……嘘だろ。まさかバレてるわけないよな?』
『馬鹿! そんな反応するやつがあるか。あいつは今俺らの動揺を探ってんだ。本当にチョコ貰ってる奴はこんな言葉に反応しない。そうだろ?』
『……そうだな。悪かったよ。気が動転してたみたいだ』
『分かったら俺らは堂々としていよう。こんなこと女子にバレたら、笑われんぞ』
五感強化を使って、コソコソ話していた男たちの話を盗み聞きしていると、かなえの言葉に該当する者もちらほらいるようだ。
このやりとりをずっと続けられては困ると、かなえの拘束を解くために近寄っていく。
「そろそろ模擬戦を始めるか? あんまり時間をかけたら全員分試合出来ないかも知れないからな」
「てめえかなえ! さっきの話はどう言うことだ! 詳しく聞かせろ!」
「そうだぞ! 具体的にどこから仕入れた情報なのか気になるぞ! こればっかりは多少時間がかかっても仕方ない。だから詳しく説明しろ!」
その変わりようにかなえは少し考え込み、ニヤリと笑みを浮かべる。
「レオさん、模擬戦ちゃっちゃと始めましょうか? やっぱり全員分、試合するのは疲れますから、始めは優しめでお願いします」
「汚ねえぞかなえ! もっと俺たちと話してくれよ頼むから」
「お前の行動一つで救える命があるんだ!」
どこか切実な男子生徒の叫びに、かなえは鼻を鳴らすと中指を立てる。
「ジゴクニ、オチロ」
崩れ落ちる生徒たちを横目に、かなえはこちらに視線を送る。
「拘束解いてくれますか?」
「……ああ、分かった」
模擬戦が罰みたいになってないか?
釈然としない思いを抱えながら、かなえの拘束を解いてあげていると、耳元で囁いてきた。
「……実は私、戦闘が苦手なんです」
「大丈夫だ。今回の模擬戦では俺を倒せ、とは言わない。お前の限界の先に到達出来たらそれでいいから」
「えっと……でも、嫁入り前の体なんで出来るなら優しく扱ってもらえると嬉しいな?」
「そこは問題ない。安心してくれ」
「えっ、本当に? ありがとう──」
「そんなことは起きないと思うが、もし仮に怪我をしてしまっても、回復魔法が使える紬がいるからな。大事になることはないだろう」
かなえが笑顔を浮かべた状態で固まっている。
拘束を完全に解かれたかなえは後ろに跳び、手を前に差し出す。
「駄目だ。私にこれは攻略出来ない!」
かなえの手のひらを中心に魔力が集まっていき、一本の棒を創り出す。
白木らしき棒には、ドラゴンに似た何かの絵が描かれている。
それを見て一瞬、棍なのかと思ったが、長さはせいぜい50センチ程度であまり長くない。
特徴的なのは先から出ている毛の束で、お世辞にも攻撃に使えるようには見えない。
よく分からない魔法に、少し警戒していると、紬から小さなポーチを投げ渡される。
「あんがと紬! 絶対生き残ってみせるから!」
かなえは紬に向かって親指を立てると、ポーチを腰にあてる。
ポーチはベルトのようなものが取り付けられており、腰に巻いて位置を調整すると中から魔石を一つ取り出した。
「私の魔法は少し準備が必要なんです。ちょっちタイムもらえます?」
「好きにすればいい。遠慮はいらん」
「流石! いい男はやっぱり違うね」
かなえはこちらにウインクを送ると魔石を棒の先──毛の束になっているところに押し当てる。
すると魔石の大きさが見る見るうちに縮んでいき、消え去ってしまった。
かなえは深呼吸をして目を閉じる。
そしてその状態で棒を持っていた手を動かし始めた。
「……これは、なんとも奇妙な魔法だな」
かなえがなぞった棒の軌跡に色が宿る。
色は黒一色で変わった服を纏った、一人の男が誕生した。
武器ではなく、筆だったのか。
かなえが絵を描き終わると、黒色の男が動き出す。
腰に携えた武器は見覚えがある。
特徴的な片刃と、反った刀身。
あれは刀と呼ばれていたはずだ。
黒色の男は刀を抜き放つと、こちらに駆けてきた。