137話 生贄
あの後、騒ぎは理紗によってすぐに沈静化された。
騒ぎ立てようものなら理紗が展開する魔法に攻撃されるのだから、当然といえば当然だが、理紗の言葉が信用されていたのが大きい。
生徒たちは大人しく座り込み、俺の一挙一動を警戒している。
一歩前に歩けば、生徒たちは地面にお尻をつけたままズレるようにして距離をとる。
それに気がついた俺は理紗たちと会話をしながら、何の前触れもなく距離を詰める遊びを実施し、楽しんでいたのだが、身体強化を用いて距離を詰めた時、生徒たちが悲鳴を上げて散り散りになってしまい、理紗に怒られる羽目になった。
その後、俺は変な気を起こさぬように理紗と紬に捕獲されている。
……無念である。
地面に倒れ込んだ冬梅もすぐに意識を戻し、今は壁に背を預けるようにして休んでいる。
外に出て休んでもいいと言ったのだが、頑なに首を縦に振らなかった。
彼女の教師としての矜持がそうさせているのだろうが、憐れむような視線を生徒に送るのはやめてほしい。
失敗した俺が悪いのだが、ハンマーの効果にあった力加減を習得するために、マネキンを使って練習を重ねていく。
マネキンを攻撃する度に悲鳴が漏れるが、集中の邪魔になるのであまり気にしないようにしながら、無心で腕を動かす。
マネキンは、追加で三体ほど犠牲にはなったが、今では何度攻撃しても壊れない。
試しにと、ハンマーを振るい吹き飛ばしたマネキンは、壁に接触するとめり込むことなく反射され、反対側の壁に到達する。
そうして何度か反射を繰り返した後、地面にパタリと倒れた。
役目を終えたマネキンにかなえが歩み寄り、何故かマネキンの頭を持ち上げ、膝枕をやり始めた。
「よく頑張ったね。私は君が誇らしいよ」
頭を撫でながら優しい声色で告げるかなえに、首を傾げる。
お人形で遊ぶ趣味は聞いたことがあるが、可愛さのかけらもないあのマネキンも許容範囲内なのだろうか?
ならば何も言うまいと、視線を理紗に戻す。
俺の顔をじっと見つめていた彼女は、感情の読めない小さな声で一言告げた。
「やり直し」
「何でだ? ちゃんと壊れないように力加減できてただろ?」
「あんな挙動を人間が耐えれるわけないでしょ。せめて壁にぶつかって反射しないように調整しなさい!」
ハンマーを指差しながら注意され、俺は大きく肩を落として練習に戻った。
練習を再開するために、なぜか世界平和を訴えてくるかなえから、マネキンを引きはがす。
悲痛な叫びを上げ、手を差し出すかなえを見て少し心が痛くなったが、皆の安全のためだと諦めてもらおう。
完璧な力加減を習得し、理沙からこれなら大丈夫と告げられる。
その言葉にやっと訓練を再開できると、ほっとしながら生徒たちに声をかけた。
「さあ! 待ちに待った模擬戦が出来るぞ。最初は誰が……」
あまりの光景に言葉が止まる。
生徒たちの大部分は俺から大きく距離を取り、少し近い位置に黒峰ら男子生徒数人。
そして最前列には、幾つもの魔法で身動きが取れないようにさせられている、かなえの姿があった。
謎の植物で口枷が施されており、俺の視線に気がつくと、くぐもった声が漏れる。
手足も同様に地面から生えてきた植物のつるで固定され、水で出来た熊のような動物が、かなえの体を掴んでいる。
もしかしてかなえは虐められているのだろうか?
少し心配になりながらも俺は優しく声をかける。
「始めはかなえにしとくか?」
「それが良いですお願いします。煮るなり焼くなり好きにしてください!」
俺の提案に、距離をとっていた女子生徒から賛成の言葉が届く。
全員回るくらいの時間はあるだろうし、ずっとこの状態でいるのも可哀想だと思い、彼女の元へ歩いていく。
怖がらせないようにハンマーは置いていったにも関わらず、かなえの震えが大きくなった。
この状態で攻撃されるとでも思っているのだろうか?
それならば心外だ。戦士がそんな真似するはずがない。
少し不満に思いながらも、自分は生徒たちに信用されていないことを思い出し、切り替える。
信用されていないのなら、これから行動で示せばいい。
かなえの口枷を優しく外してやると。
「私はこの状態が良いです! 縛られるの好きなんです! だから模擬戦の相手は他の人を選択して!」
突然の性癖の告白に固まってしまう。