136話 勇者の敗北
辺りがしんと、静まり返る。
手加減できると自信満々に言い放っておいてこの結果は、流石に俺も恥ずかしい。
理紗たちの方へ顔を向けられないが、怒っているのだろうか?
だがいつまでもこうしてはいられない。
失態を誤魔化すように俺は頭をかきながら言い訳を重ねる。
「力加減を間違ってしまった。もしかしたら昼ごはんを食べ過ぎたのかもしらんな」
「嘘言いなさい。あなた普段あの倍はぺろっと食べてるじゃないの」
俺の言葉を咎めるように理紗から突っ込みが入った。
そういうことにしてくれたら有難かったんだが……。そのやりとりの後、固まっていた生徒たちに動きがあった。
失敗を責められると思いきや、こちらに何か言ってくる者は1人もおらず、顔を引き攣らせると、一斉に振り返り、駆け出した。
逃げる気配のない者は、仲間である理紗たちと、理紗の背後に立って両手を掴み、理紗バリアと叫んでいるかなえだけ。
黒峰含む一部は腰を抜かしており、這いつくばりながら必死で距離を離そうとしている。
他の生徒は足をもつれさせながら出口のドアに到着し、ドアノブに手をかける。
「あ……開かねえ! 鍵をかけてやがる!」
「そんな……私まだ死にたくない!」
「なんで模擬戦で壁に生き埋めにならなきゃいけないんだよ!」
「阿呆! あの威力だったらぶつかった衝撃で死んでるぞ」
俺はモンスターか何かだろうか?
生徒の怯えようはこちらが悪いことをしたように錯覚するほどで、恐怖のあまり吐きそうになっている者もいる。
俺はハンマーを置き、安心させるために歩いて行くが、それを見た生徒たちが悲鳴を漏らす。
「き……来た! 殺される!」
「誰か止めてよ! 先生助けて!」
「まっ、待って下さい!」
女子生徒の懇願に、震える足で冬梅が俺の前に立ち塞がる。
……ちょっと待て。お前までそのノリで来られたら、どうしようもないだろうが。
そんな俺の心はつゆ知らず、彼女は覚悟を決めたような顔をして魔力を練り始める。
「……みとちゃん。今まで偉そうにしてごめん。頑張れ! 死なないで」
「大好き、みとちゃん! 輝いてるよ!」
ドア前の生徒が冬梅を煽てだすと、その気になった彼女は周囲に氷の礫を発生させた。
礫は高速で回転しており、風を切るような音が発生している。
そして彼女はごくりと唾を飲み込み、高らかに宣言した。
「生徒たちには手出しさせません。大人しく……」
こちらに指を指してきた冬梅が、突然意識を失い、ゆっくりと倒れた。
恐らく原因は魔力切れ。
限界の体に鞭打って魔法を使ったのだろう。彼女が生み出した氷の礫は、意識を失ったことにより消失し、静寂が訪れる。
「みとちゃんが殺られた」
「まさかこんな早くに? やっぱり役に立たなかっ……可哀想なみとちゃん」
「どうしてこんな真似が出来るんだよ! 勇者じゃなかったのか!」
所々冬梅の無能さを嘆く声があるが、全体的に彼女を心配する声が多い。
畜生と揶揄する生徒の声に耐えていると、一人の少年が俯きながら呟いた。
「敵討ちだ」
「おまっ! そんなこと出来るわけねえだろ!」
「だったらこのまま何もせずに殺されろってのか? 俺たちは抗うしかないんだよ!」
「いや、だから殺す気はないんだが……」
「嘘つけ!」
口を挟んでも全く聞いてもらえない。
そもそも俺のことは信用されてないんだろう。
少年が発した言葉は伝染し、みんなの瞳に力が戻る。
ある者はアイテムボックスから武器を取り出し、ある者は魔法で生み出した光る棍を装備する。
それはさっきまでの弱者の立ち回りではなく、紛れもない戦士のあり方だった。
思い込みによるものもあるが、己の命を賭して強敵に勝負を挑む。
彼らのこの姿勢を引き出せたのなら、この依頼の本懐を遂げたと言ってもいいだろう。
ならばこちらもそれ相応の受け答えをしなければいけない。
「お前らに、俺が倒せるのか? そんな脆弱な力で?」
「うるせえ! 出来るか、出来ないかじゃないんだよ! 大切なのはやるか、やらないかだ!」
俺の挑発に、最初声を上げた癖毛の少年が拳を握り、言い放つ。
その成長にどこか誇らしいものを感じながらも、俺もやる気を出させるために言葉を返す。
「ならばやってみるがいい! そして覚えておけ。戦士とはそうあるものなのだと!」
半身を引き、徒手空拳の構えになると、相手は少し警戒したような様子を見せるが……。
「尻尾巻いて逃げるのは今のうちだぞ? 逃げれるの、ならな」
「……逃げる。そうだ、逃げるんだ! 俺らはお前を倒して家族の元に帰るんだ!」
雰囲気を盛り上げるために高笑いを始めると、背後から理紗の冷たい声が届く。
「レオ? 何してるの?」
「これは……その、何て言ったらいいか。新しく生まれる戦士のために、俺も一肌脱いで祝おうと……」
「このまま続けるのなら、ダンジョンで食べるご飯が、しばらくカップヌードルになるけど?」
「すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。もう挑発はしない。だからそれだけは……」
楽しみにしている紬の手料理を奪われて、俺は全面降伏に出るしかなかった。
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