134話 お昼ご飯
冬梅が戻って来た時には、教室には摩訶不思議な空間が広がっていた。
正座をするかなえの太ももの上には、分厚い本が重ねて置かれている。
「ちょっと! 何? 何なんですか? 理紗さん、これはどういうことですか?」
場が荒れないようにと、美都からお願いされていたはずの理紗がその言葉にそっと目を逸らす……。
「大丈夫です、先生! 私は自主的に! 自主的にやっているので」
なぜか苦しんでいるはずの被害者から擁護の声がかかる。
……意味が分からない。
そして、その中におりながら、講師であるレオは無表情で何かを語り続けているんだ……。
それがまた、混乱を加速させる。
「とりあえず話を聞かせてもらいます」
果たして今日の講習は生徒に有益な時間になったのだろうか?
抜け出した身分の自分がそう考えるのも良くない気がするが、思わずにはいられなかった。
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冬梅が両者から話を聞き、とりあえず今日のところは怒りを収めるようにと、話をしてから休憩に入る。
今日のお昼は学校側が用意してくれるようで、俺は邪魔にならないように、みんなから離れた位置で食事を始める。
冬梅は一緒にご飯を食べる予定だったのだが、また他の教員から呼び出しをくらい、こちらに謝罪をいれると駆け足で部屋から出ていった。
用意された料理は、味付けされた肉が乗っている大きな丼料理と、ラーメン。
「凄い食べるんですね〜。ご一緒しても?」
割り箸を割ったところで、トレイを持ったかなえがこちらに声をかける。
その後ろには理紗と紬の姿もあった。
「別にいいが、他の場所も空いてるぞ? わざわざ俺の近くで……」
「ありがとうごぜえます!」
俺の言葉を断ち切るようにかなえがお礼を言うと、俺の斜め向かいに腰を下ろす。
俺が座っていた席は四人席で、横には理紗が、正面には紬が座りこむ。
理紗と紬のトレイの上には、デザートらしきクレープだけ置かれており、肝心のご飯が見えないが……。
「肉まん食べてくれるのか! なかなかに美味かったぞ」
「本当、恥ずかしいからあんな場所で食べ物渡さないでよ」
「結構ボリュームありそうだったから、今日はこれとデザートだけにしたんだ」
ため息を吐きながら理紗は、クレープを切り分けると、机に置かれてある小皿に乗せてこちらに寄越した。
「どうしたんだ? 腐ってたのか?」
「そんなわけないでしょ! 肉まんのお礼。味わって食べなさいね」
「分かった。ありがとう」
「僕もあげる。僕のクレープはカスタードクリームだから美味しいよ」
「ちょっと紬! 生クリームの方が美味しいに決まってるでしょ」
そんなやりとり見ながらかなえは笑みを浮かべる。
「やっぱりレオさんは変わってるなあ。だから二人を射止めれたのかな?」
「俺は別に普通だぞ。それに弓は使わない」
「その返答で変わってるのは分かるよ。それとレオさん、食べながらでいいからいくつか質問していいかな?」
その言葉に理紗は眉を寄せる。
「ちょっと、かなえ……あなたまさか実家に情報を流そうって腹じゃないわよね」
その言葉に紬も鋭い視線をかなえに送る。
かなえはつまもうとしていたポテトを持ちながら固まり、慌てた様子で否定する。
「違う! 違うから、そんな目で見ないで! 私が疑わしいなら、他に話さないように、誓約書の魔道具を使ってもいいよ」
その言葉で理紗たちは睨むのを止めた。
確かかなえが言う契約書の魔道具は非常に高価なものだったはず。
それを用意出来るなんて、かなえの家は金持ちなのだろうか?
「レオさんに話しておくと、かなえちゃんの家は色んな事業をやってる大企業なんだよ。……そうは見えないけど一応大富豪一家の一人娘なの」
「お嬢様です。金持ちの娘やらさせてもらってます」
紬の言葉を受けて、かなえは敬礼しながら肯定する。
今日見た限りだと、かなえからはそのような気配は全くなく、むしろ親しみやすい酒場の店員に近い雰囲気があった。
明るく元気で、その場の雰囲気で受け答えしているようなそんな少女。
時々変な発言をすることはあるが、周りを不快にさせることなく、笑いに変えている。
「かなえは何を売っているんだ?」
「商品に関しては武器や魔道具、薬品なんでもござれですぜお客様。そして一番の商品は、人でございます」
かなえは人差し指と親指を伸ばし、こちらに何か撃つような動作をしながら、ウインクを送る。
……それにしても人か。
「奴隷を売ってるのか?」
そう聞いた瞬間、かなえは咥えていたポテトを吐き出した。
ポテトは勢いよく理紗の顔面に直撃し、ポトリと服の上に落ちる。
理紗は怒りによるものか小さく震えており、その様子を見てかなえは、あわあわと口を動かしながら、慈悲を乞う。
「タイム! 今のはレオさんも有罪だと思うんだ! 連帯責任! 罰するならせめてレオさんと一緒に罪を償わせてよ!」
「呑気に気を抜いていたあなたが悪いわよ。レオからまともな返答がくると思ってるの?」
随分と失礼な言い草だ。
さっきの俺の授業を聞いていなかったのか?
だがその言葉を聞いたかなえは、頭を掻いて悔しがる。
「それを言われたら何も言えないよ! でも今の話の流れであんな言葉が返ってくるとは思わないじゃんか!」
「えっと……情状酌量の余地はある、かな?」
「つむぎんありがと! やっぱり私たちの友情は不滅だよ」
かなえは左に座っている紬に抱きつこうとするが……椅子をずらして避けられる。
かなえはつんのめるようにして倒れると、ガバリと勢いよく起き上がった。
……動きがいちいち気持ち悪いな。
かなえは手をわきわきさせながら紬に詰め寄ると。
「何故ワシの抱擁を避けるのじゃ!」
「だってかなえちゃん抱きついたら、胸触ってくるじゃん」
「そりゃ触れる時に触っとかないと……」
「人聞きの悪いこと言わないで! レオさんが勘違いするでしょ」
ちらりとこちらを見てくる紬を安心させるように助言を送る。
「男が好きとか、女が好きとか些細なものだ。だからそんな神経質──むぐっ」
「ああ! 私のミニハンバーガーが!」
紬がかなえが用意していたハンバーガーを持ち上げると、俺の口に突っ込んできた。
ハンバーガーはいくつかあるうちの一つで、一口サイズ程の大きさをしている。
流されるまま咀嚼をして飲み込むと。
「結構美味いな。だがボリュームが足りない」
「うっさいよ! 人のご飯食べといて文句言うんじゃない!」
それもそうかと謝罪すると、食事を再開した。
その後いくつか質問されながら、待ちに待った訓練の時間を迎えた。