133話 偽りの伝統
正座をしたかなえを、冷たい表情を浮かべた理紗が見下ろしている。
じゃれ合いが終わった後、理紗は凍りついた表情で、正座と言い放ち、言い訳を述べようとしたかなえをバッサリと切り捨てた。
俺が他の質問に答える中、定期的に紬が持っているペンでかなえの足をつついて、ちょっかいをかけている。
それ以降、真面目な質問が続いていたのは、苦悶の声を上げて罰を受ける、かなえのお陰かもしれない。
生徒の質問を理解しやすいように心がけて答えていく。
だが、質問に答える度に過半数を超える数が首を傾げている。
必死に次の質問を考えているんであろうが、俺の回答を聞いて欲しいなと切に願う。
生徒たちから向けられる視線は、好意的なものが多かった。
積極的に手を挙げて、勉強しようというその姿勢は、好ましく感じらる。
しかし、その中の一部に、手を挙げず、こちらを睨むようにして座っている者がちらほら目についた。
それらは大体男で、朝、絡んできたサラサラの髪の少年や、初めて理紗と出会った時に同席していた少年たちの姿がある。
俺のことが気に食わないのだろうと放置していたが、予定された質問時間も終盤に差し掛かってきた時、動きがあった。
「ん? お前も質問するのか? いいぞ、何でも言ってくれ」
今朝、絡んできた少年が手を挙げると、その周りにいた生徒が挙手していた腕をサッと下ろした。
それに気がついた他の生徒も手を下ろし始めている。
少年は立ち上がると不機嫌そうに舌打ちをして……。
「僕の名は黒峰海斗。このクラスの主席をやってる」
「そうか。分かった。質問は?」
「僕の父親はギルドの幹部の一人だ。黒峰樹と言えばお前も名前くらいは聞いたことあるだろ?」
「そうか。分かった。で? 質問は?」
なぜ俺はこいつの身の上を聞かされているのだろうか?
こいつの父親がなんであれ、俺には関わりがないし、鏡花の話ではギルドの幹部は、所属する探索者に対してほとんど強制力を持たない。
だからそんな脅しのように語気を強めて話されても、俺にとっては別にどうでもいいこと。
そんな俺の言葉に黒峰は眉をひそめて。
「うちの学校の伝統を知ってるか? 最上位の力を持つ生徒は、卒業後、同じパーティーを組むんだ」
「それは知らなかったな……」
もちろんずっと彼女たちとパーティーを組めるとは考えていなかったし、理紗にはゲームという趣味がある。
頃合いを見計らって引退するんだろうな、と勝手ながらそう思っていた。
胸のうちに暗い澱のような感情が湧き起こる。
それを必死で押さえつけながら、少年に謝罪しようと口を開きかけた時だった。
「勝手なこと言わないで! そんなありもしない話でっちあげて何をしたいのよ!」
理紗が黒峰を睨みながら、声を荒らげる。
理紗の周りにいる少女たちもあまりいい顔はしていなかった。
口喧嘩を始めた二人を横目に、こちらに倒れ込む少女が一人。
「あたたっ……ちょっと休憩。レオさん、彼の言っていることは気にしないで下さいね。そんなルールは有りませんから」
理紗の意識が黒峰に向いたのを見計らって、かなえが俺の横に避難してきた。
足を伸ばして地面に座り直すと、マイクに声が乗らない位置で小さく助言する。
俺も少し拡声器からズレるとかなえが説明を続ける。
「ここを卒業して同じパーティーを組むこと自体は珍しく有りません。最上位の実力を持つ生徒が、卒業後同じパーティーになることも無くはないですが……」
「言い辛かったら別に言わなくてもいいんだぞ」
言葉に詰まるかなえにそう伝えると、かなえは首を横に振る。
「いえ、言います。言いますが、もし私の話に当てはまるパーティーに今後出会っても、冷たく当たらないで下さいね」
「よく分からんが、分かった」
かなえの言葉に頷くと、かなえはくすりと笑い、痺れた足を優しく撫でながら答える。
「黒峰君の言っている条件は、どこも引き取り手がいなかった場合の話です。不作の年と揶揄されることがありますが、彼らなりに探索で生計を立てるために、考えた知恵なんです。関係値なんて二の次で、クラスで最上位の力を持つ者たちが集まって、パーティーを作る。こんなことをするのは、そうでもしないとまともに探索が出来ないから……。こんなやり方、理紗ちゃん達には当てはまらないですよね?」
理紗や紬は類稀なる才能がある。
それは街を歩いていて、よく勧誘されるところを見るから、俺の勘違いというわけではないだろう。
他の探索者から見ても彼女たちは引く手あまたな状況だ。
そう考えれば理紗たちには全く関係ない話だ。
「だとすればなんでその話を持ってきたんだ? 仮に俺と一緒に探索してなくとも、理紗たちはここでパーティーを探す必要はない。有力なチームに引き抜かれる可能性があるだろ?」
俺の質問にかなえはニヤリと笑い、立ち上がる。
そして俺の耳元に顔を寄せると。
「……それはモテる女は辛いなってことですよ」
「ちょっとかなえ! 何、こそこそ話してるの!」
「やばっ! 見つかった! わたくし、かなえは只今を持って正座に戻ります」
テレビでやってた敬礼ポーズをこちらに披露し、再び正座の罰に戻った。
……なるほど、そういった理由か。
二人は年頃の女性だ。
気を配ってやれなかったなと、少し後悔する。
理紗の元へ歩いて行き、周りに聞かれないように
「理紗、すまなかった」
「どうしたの急に。かなえに何か言われた?」
「いや、己の馬鹿さに反省しているんだ。理紗……お前に言っておかなくちゃいけないことがある」
そう言うと理紗はごくりと唾を飲み込み、顔を赤らめる。
どこかそわそわした様子で指を動かすと……。
「何よ。みんながいるんだから変なこと言わないでよね」
「分かってる。これだけは今、伝えておきたいんだ。理紗、うちのパーティーは自由恋愛だ。もし、好きな人が出来たら心おきなく言ってくれ」
ポカンと口を開け、放心状態の理紗はゆっくりと顔を動かし、かなえが正座していたところに視線を向ける。
そこにはかなえはおらず、少し離れた場所にほふく前進しながら離れている彼女の姿があった。
そしてみんな合わせたかのように机が移動し、かなえへの道が出来る。
理紗は新しく空いた道を進んで行き、逃げようとしていたかなえの背中に足を乗せた。
「……かなえちゃーん。一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「色即是空。色即是空。我、かなえにあらず。我の名は仏の──ぐふっ」
踏む力を強めたのか、かなえは苦しむ姿を見せる。
どこか可哀想な気もするが、それよりも俺は、隣にいる男が鼻息荒く興奮しているのが気になって仕方ない。
理紗は気がついていないようだが、他に同じような男が何人かおり、小声で俺のことも……などと呟いている。
変わった学び舎だ。
いや、この前罵ってくれと言ってきた男の件もあるし、この世界が変わっているのかも知れない。
理紗は足を退けてしゃがみ込むと、仰向けになってホッとした表情を浮かべる彼女に一言伝える。
「かなえ、生き仏って知ってる?」
結論。かなえの正座の時間が増えた。
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