118話 ダンジョンの拒絶
あれから十分ほど戦闘を繰り返した。
アンデッド型やゴーレム型の死体が横たわる中、お目当ての獣型は全て亜空間の中に確保している。
その間イレギュラーは何をしていたのかというと呆然と立ち尽くすだけ。
逃げようとしていたところを牽制で石を投げて警告したのが、功を奏したのかもしれない。
獣型の肉は、少食なあの二人がしばらく食べても無くならないほど亜空間の中に送られている。
満足のいく量を収穫したところで、俺はイレギュラーの元に向き直った。
「その溜めた魔力はどうするつもりなんだ?」
『気がついておったのか。まさかここまで進んでおるとはの……』
先程から杖に魔力を込め出したことには気がついていたが、攻撃してくる気配はなく、試しに戦闘中、何度か隙を見せても食いついてくることはなかった。
大量の魔力を込めたことで、本体に残るものより、杖に込めた方が多いのではないと感じるほどで、あいつの意図が全く読めない。
俺を消耗させるのを諦めて、短期決戦に持ち込むつもりなのかと思っていたんだが……。
『お主に構ってやるのも飽いたわ。わしの目的は果たされなんだが、せめてこれくらいはのう……』
俺が遊びをねだる子供のように言われているのは少し腑に落ちないが、イレギュラーは杖を地面に差し込むと上部に取り付けてある頭蓋骨から特濃の瘴気が漏れ出していく。
瘴気の量は視界を歪めるほど濃く、ダンジョンに向かって伸びていく。
振り返るイレギュラー。
『わしは帰らせてもらうぞ。いくつかやることが増えた。お前のような者の相手は、他の奴らがするじゃろう──』
「帰さないと言っただろ。何をそんなに余裕を持って歩いているんだ?」
イレギュラーの横に立ちそう伝えると、イレギュラーは固まった。
そしてイレギュラーは緩慢な動作で、今も瘴気吐き出している杖を確認した後に……俺を見る。
次はまた杖を確認し、再び俺に視線を戻す。
これを三回ほど繰り返すとイレギュラーは声を張り上げた。
『何故この瘴気の中に入ってこれるのじゃ! 高位の呪いを組み込んだ瘴気じゃぞ! まともに息を吸うことすら……』
イレギュラーの言葉が止まる。
その視線は俺の右手に注がれていた。
ちらりと俺も確認すると、右手の甲に勇者としての聖印が浮かび上がっている。
「これがどうかしたのか?」
『何故お主がそれを付けている? あり得ん……こんなことはあり得ていいものか!』
ガタガタ震えるイレギュラーに問いかけると、要領を得ない言葉が返ってくる。
そしてイレギュラーはダンジョンに向かって叫び散らした。
『おい! …………約束を守るつもりなど無かったのか! …………の……を連れてくるなどわしに対する腹いせか!』
イレギュラーが何かを伝えようとするが、途中途中でイレギュラーの口が不自然に閉じてしまい、内容が伝わってこない。
「仲間がダンジョンにいるのか?」
イレギュラーに問うが、興奮した様子で答えない。
扉が破壊されて全開のダンジョンの中には何もいる気配はなく……。
『貴様! わしの存在を初めから知っておったのか? わしを殺すためにここまで』
「いや、知っていたらここには来なかった」
今必要なのは虫じゃなくて獣の肉だ。
自分の味に自信があるのか知らんが、この世界の人間はあまり虫は食べないらしい。
『な、ならわしを見逃してくれ! もうこんな真似はせんし、お前の仲間に危害を加えるつもりもない!』
イレギュラーの命乞いに首を振る。
お前の肉にはそんなに価値はないとは思うが……。
「逃げるのなら、時間稼ぎが出来る仲間を呼び出すなりして自力で逃げろ。俺はお前の敵だぞ?」
イレギュラーから見ても勝ち目が薄くなったのだろうな。
モンスターが尽きたのか、スタンピードとやらが終わってしまったのか分からないが、もうダンジョンからモンスターが出てくる気配はない。
イレギュラーは瘴気を生み出すために魔力をかなり消費しているし、身体強化の勝負では俺に分がある。
それなのにイレギュラーは、ダンジョンに逃げるでもなく自分が残した杖を取りに戻り、魔力を込めると。
『こんなところでは終われん! 次に……次に繋げなければ!』
イレギュラーが杖をダンジョンに向かって投擲し、本体は俺の元に向かってくる。
体に纏う魔力は残りかす程度しか残っておらず、これでは、デスパレードで戦ったどのモンスターも討伐することなど出来なさそうだ。
杖は後で取りに行けばいいと、切り替えてイレギュラーに視線を戻す。
イレギュラーとの距離は数メートルほど、だが戦闘は始まることはなかった。
背後から感じた溢れんばかりの魔力に両者動きを止める。
総毛立つほどの魔力がダンジョンの扉に壁を作り……イレギュラーが投擲した杖を弾き返した。
『なっ! なにゆえ我を拒絶する! 約定を違えるつもりか…………』
イレギュラーが激昂の叫びを上げるも、ダンジョンに発生した壁は消えることはない。
壁の前に打ち捨てられた杖は地面に転がり……壁をすり抜けるようにして出てきたゴブリンが手にする。
「あんな援軍を呼んでも無駄だぞ? 下級もいいところじゃないか」
俺の言葉にイレギュラーは答えなかった。
カタカタと震えながら、俺に無防備な背中を見せてゴブリンの元に駆け出す。
『待て! 貴様が持っていくでない! それでは……それだけ集めるのにどれだけの時間がかかったと……』
イレギュラーは身体強化を使っているとはいっても、なけなしの魔力で最低限の強化しかできていない。
それでは扉の前にいるゴブリンに追いつくことが出来ず……。
イレギュラーの杖を片手に、壁をすり抜けるゴブリン。
今回拒絶されたのはイレギュラーだった。
イレギュラーは両手で壁を叩き続けるがびくともせず、ゴブリンは壁の内側でその様子をじっと見ている。
『待て! まだじゃ! わしはまだ堕ちとうない! わしはこの世界で……』
その言葉虚しく、ダンジョンが大きな音を立てて変化する。
広々としていた空間であるダンジョン壁が狭まっていき、ゴブリンごとイレギュラーの杖を押しつぶした。
呆然と立ち尽くすイレギュラー。
壁は再び元に戻っていくが、そこには魔石に変わろうとしているゴブリンの死骸はあれど、杖の残骸はどこにもなかった。
『ぐうっ……くそ! 元より……元より守るつもりなど無かったのか!』
苦しんでいる様子のイレギュラーはその身を膨張させていき、先ほど作っていたドラゴンもどきのような体に変化していく。
先ほどまでイレギュラーが使役していた骨で出来たドラゴンとは違い、その身を構成する肉体は、つぎはぎのように色の違う肉が混ざり合って出来ている。
……どこか既視感があるな。
記憶を辿り一匹のモンスターが思い浮かんだ。
変貌したイレギュラーは、デスパレードの最後に戦った相手、勇者と名乗ったモンスターと、どことなく同じ気配を漂わせていた。
カクヨムで初サポーター誕生したため、サポーター限定で書き下ろしで小話を一つ書きました。
その他5話分ほど先の話を読めるようにしておりますので、興味ある方は是非