116話 街への被害
練り上げた魔力を全て身体強化に回す。
聖剣を使わないのであればそれが最善の選択。
だって自分にはこれしかなかったから……。
理紗のように魔法が使えるわけではないし、他の勇者のように特殊な能力を得ることもなかった。
聖剣のお陰で魔法の真似事を出来るようにはなったが、一番自信のある力は常にこれだった。
体外に身体強化の魔力が漏れ出ないように調整しつつも、わざと微量の魔力を漏らす。
これで相手の魔力探知を撹乱させる。
イレギュラーは魔力探知もできるのであろう。
身体強化をしてみせた俺を見て嘲笑する。
『虚勢を張った割に随分と弱い魔力じゃの。限界が近いのか?』
「これでなんとかしてみせるさ」
『貴様、わしを魔法型と見て舐めておらんか? 身体強化程度、わしにも出来る……』
練り上げられた魔力がイレギュラーの体を包む。
溢れ出た魔力はイレギュラーの体外、一回りほどの位置で停滞する。
イレギュラーの使った技法は確かに身体強化と言えるだろう。
魔力も高く、鏡花あたりが本気で殴ってもダメージを残せないかもしれない。
だが奴の使った身体強化は……初心者が扱うそれだった。
練り上げた魔力を高密度に圧縮して使っているわけでもなく、ただただ魔力を纏わせているだけ。
無駄が多く、エアリアルにいた半人前の冒険者でももっとマシな使い方ができるはずだ。
だが、それでも……。
「……すごいな」
賞賛を贈る。
身体強化は本来、人がモンスターに抗うための技術だ。
モンスターの体は元より頑丈で、意図せずともモンスターの体内には魔力が循環している。
もちろんどのモンスターでも、身体強化をすれば強くはなるとは思うが、実際にやっているやつを見たことはない。
無からここまで生み出したのであれば、それこそまさしく偉業だった。
だが俺の言葉を皮肉と取ったのかイレギュラーは不快そうに返答する。
『貴様の周りにゴミしかおらんようじゃしな。比較対象が少ないんじゃろう。しかし、わしの身体強化はこんなものではない』
言い終わるとイレギュラーの体を覆う魔力の量が増えていく。
一種のブースト状態。
魔力の負担は大きそうだが、もしここに立っているのが理紗なら、あの魔力を突破するのはなかなか苦戦をしていたかもしれん。
だが、相手が魔法による攻撃を持たない戦士なのであれば、あまりいい策とは言えない。
「そう悪いものではないさ。鍛えれば強くなりそうな人もちらほらいるしな」
『それは誰じゃ? ここを潜っておる奴なのか?』
「知ってどうする?」
『消すのよ。厄介な存在に成長される前にな……』
「強い相手を超えようとは思わないのか?」
『何故そんな面倒な真似をわしがしなければならんのじゃ? 身の程を知らん雑魚を蹂躙するためにわしは今ここにいるんじゃぞ?』
やはりこいつとは相容れない。
イレギュラーの言葉にそう感じながら、こちらも魔力を練っていく。
勇者として加護を受けた俺の体は、体外に魔力を放出しなければ魔力探知に引っかかることはない。
魔力を薄皮一枚下でぴたりと止め、全身に流していくと、やがて許容量の限界が訪れる。
このやり方は風船に空気を込めるようなもので、強化する力に制限がある。
力加減を間違えると、俺の体は破裂してしまうだろう。
本来は暗殺者などが使う、奇襲目的の力。
強化の度合いが低いのにもかかわらず、通常の身体強化よりも繊細な技術を必要とする。
だが俺は、この戦闘方法を愚直なまでに鍛えたお陰で、幾千もの魔物を狩りとり、魔王討伐するまでに至った。
きっかけは、傭兵団にいたある男の発言だった。
流す魔力を圧縮し、体内で高密度の魔力を停滞させる。
これは心臓に全ての魔力が入ってんなら、他のところも心臓みたいに出来んじゃね? といった、とある馬鹿の発想により生まれた力。
出来た奴は俺以外ではそいつ一人だけ。
それも、俺はしばらく使うことが出来ないほど、難易度が高かった。
その力を使って、奴が周囲に纏っている魔力の三倍ほどの量を使って強化する。
『まるで魔力が感じられんな。何か仕掛けておるのか?』
「俺が怖いのならそう言えばいいだろう。自分より強い者には挑む気概はないのだろ?」
そう言いながら俺はつけ髭とカツラに対して余分に魔力を流し込む。
魔力は周りに滞留している瘴気に吸われていくが、吸われた側から補給しているため再び接着する力を取り戻した。
『やっと出したと思えばその程度か。惨めじゃの』
イレギュラーは変装用の魔道具に魔力を流した俺を見て、身体強化を行使したと勘違いしているようだ。
余裕を取り戻し、杖を地面に突き刺すと、こちらに突っ込んでくる。
俺はそんなイレギュラーを迎え討つ……前にひっそりと攻撃を仕掛けてきていた、ドラゴンもどきの攻撃を回避する。
「本当に読みやすいなお前は……」
『ただの小手調べじゃよ人間! 本番はこれか……ら?』
イレギュラーを後回しにして、ドラゴンもどきに飛び込む。
ドラゴンもどきは反応すら出来ていないようで、無防備な頭に向かって掌底を繰り出した。
俺の放った一発は、ドラゴンもどきの頭はもちろんのこと、胴体に至るまで破壊し尽くす。
「あっ……」
残心する余裕もなく、思わず声が漏れた。
攻撃の余波がドラゴンもどきの背後に置いてあった車を破壊し、電柱を薙ぎ倒し、お店に風穴を空ける。
……どうしよう。
これは許容範囲内?
仮にこれを弁償すればいくらになるのだろうか?
何故か固まっているイレギュラーを前にして、俺も考える。
如月は壊してもいいっていっていたが……よし。
「よくも街を破壊してくれたな! 絶対に許さんぞ!」
こいつに全て押し付けよう。
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