115話 戦士
ドラゴンもどきが大きく口を開けて瘴気を吐き出す。
吐き出した瘴気は俺の周囲で停滞し、練り上げた魔力の一部を奪っていく。
体の自由を奪う瘴気と魔力を奪う吸精種としての力。
これほどの吸収速度であれば、所持者の魔力を吸収して力を得るダンジョン武具は本来の力を発揮出来ないだろうな。
だが、瘴気に耐性のある俺にとっては、厄介なのは魔力の吸収する力のみ。
『そろそろ体が動かなくなってきたんじゃないか? こいつが生み出す瘴気は毒性が強い。じきに呼吸をするのも困難になるであろうよ』
それは後処理が面倒そうだな。
道路の横に等間隔に植えられている植物は、瘴気の影響で枯れ落ちていっている。
瘴気の影響は一定の距離を境にぴたりと止まっており、避難している人たちを害することはないだろうが……。
魔力の浄化は回復魔法使いの専売特許。
回復魔法を扱う者の魔力は瘴気の穢れを払う力があるが、紬の今の魔力でこれを浄化出来るかと言われれば、無理だと答えるしかないだろう。
そんなことを考えていると、ドラゴンもどきが目の前まで来ていた。
大口を開けて飛び込んできたところを左に跳躍して避ける。
『……待て』
ドラゴンもどきは俺の背後に立っていた電柱の根本を噛み砕き、再度突撃してこようとする。
頭を低く構えて狙いをつけたところで、イレギュラーから指示が入り動きを止めた。
『遂に身体強化に至る者が現れたか。存外早かったの……。だが発展途上の力なぞ障害にはなり得ん。無駄な努力、残念じゃったな』
イレギュラーはこちらを値踏みするような視線を向けた。
先程よりも濃度を増した瘴気が周囲に立ち込める。
イレギュラーが勝ち誇った様子で言葉を並べ立てる中、小さくため息を吐く。
先程までの怒りが萎んでいくのを感じる。
今、心のうちに残っているのはイレギュラーに対する失望、それだけだった。
数多の戦闘を乗り越えてここまでやってきた。
魔王との決戦は言うに及ばす、複数人の勇者の襲撃、国を堕として回る魔王の幹部の討伐、命の危機を感じたことは少なくはない。
その経験から漏れ出す本音。
「ぬるいな……」
『なんじゃと?』
俺の言葉にイレギュラーはぴくりと反応する。
俺にとってこの状況は苦境でもなんでもない。
やろうと思えば二日は戦い抜くことが出来るであろう。
だが、この世界でこいつの力が頭抜けているのは事実だと思う。
そもそもダンジョンが発生するまでは、魔法もモンスターもいなかったような世界だ。
増長するのも無理はない……が、もしこいつがエアリアルで暴れたら、三日と経たずに始末される。
その程度の力だった。
怒りが鎮まっていくのを感じる。
代わりに湧き上がる感情は、同情と、憐れみだった。
魔力操作の知識は生まれ持ったものだろうか? それとも研鑽して得たものだろうか?
イレギュラーモンスターはどこか自身の力に満足しているようにも見えた。
厄介になる前に殺しきると言っていたイレギュラーの言葉。
強者に挑むのではなく、あくまで弱者を甚振って楽しもうとするその精神。
……それは本当の戦いを経験してないからではないのか?
魂を削るような、そんな戦い。
狩りと戦いは違う。
戦士が求めるのは、お互いの命を賭けた戦いでなくてはならない。
「お前……」
『まだ喋れるのか。中々の肉体強度だ。お主を素材にすれば良い兵隊が作れるだろうな』
「負けることの恐さと戦ったことないだろ?」
勝ちを確信しているイレギュラーに問いかける。
志半ばで果てる恐怖も確かにあるが、鍛錬の日々や積み上げてきた知識、それが一回の敗北で否定されてしまうようなそんな感覚。
イレギュラーは俺の問いに一瞬ポカンと口を開けると、鼻で笑う。
『生憎と雑魚しか相手をしてきてなかったのでな。今後もそんなことをする必要もない』
「いや、お前は戦いを知らん。死の天秤は平等に乗っているんだ。お前だけ除外されているわけではない」
勝てる敵だけを倒していけば、後に残るのは虚しさだけだ。
そんなことを繰り返していけば高みに至ることなんて出来ないし、生を全うした後、安息が与えられることはない。
戦士は今際の際でも戦士たれ。
そう、あの人も言っていたから……。
見逃してやるという選択肢はない。
こいつは理紗に危害を加えると言い放っている。
「本当の戦いを見せてやる。報酬はいらん。死後、己の未熟を噛み締めて反省しろ」
『ぬかせ小童が。ちょっとばかし魔力を扱えるからって調子に乗りおって。小手先の技術で我に勝てると思うなよ』
カクヨムにて、同作品がカクヨムコンテストに応募しております。
カクヨムでも読んでおられる方おりましたら、あちらでも応援していただけると嬉しいです。