111話 ギルド側の状況
鏡花は新宿ギルドの五階、ギルド幹部のための特別訓練部屋で玉のような汗を流していた。
これは探索を休止して以来、湧き出す戦闘本能を抑えるためにやっている日課だった。
前世とは比べ物にならないほど脆弱な肉体。
魔法の恩恵があろうが、かつての強さには到底及ばない。
それでもこの体は、血湧き肉躍る戦闘を欲していた。
だが今は少し違う。
「まさかこんなにマジになるとはね。まあ、納得っちゃあ納得だけど……」
壁際に置かれている一枚の写真に目を向ける。
そこには最近世間を騒がしている一人の勇者の顔写真が置かれていた。
かつての自分、近接戦闘に関しては右に出る者はいないと自負していた己を、圧倒して見せた男。
……その男が欲しくてたまらない。
『……師匠、惚れるなとは言わないけど、捕まらないでね』
先日、紬から呆れたように伝えられた言葉。
その時はよく効く媚薬を調べていた時だったか?
結局、嘘っぽい効能を並べたててる媚薬しか見つからなかったんだけど。
どうせなら媚薬より睡眠薬か?
無防備なレオの体を自由に……。
溢れ出る煩悩を断ち切るように、再びトレーニングに戻った。
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シャワーを浴びて一時間後、自室にあるソファーで横になって微睡んでいると、鏡花の携帯に緊急連絡を示す着信音が部屋に鳴り響く。
鏡花は飛び起きると机の横に置いてある携帯を手に取ると、短く一言聞き返した。
「どこのダンジョン?」
『新宿ダンジョン。スタンピードです。イレギュラーらしきモンスターも確認されています』
「魔法使いは何人集められそう?」
『確認が取れているのは五十人ほど、探索帰りで戦闘に参加出来ない人を除いたら四十人は来れそうです』
スタンピードの対処は、ある程度の実力を持った探索者が対応することになる。
そのためにギルドは日頃から特定の探索者に金を払って、非常時の人員として動いてくれるように契約をかわしていた。
今から行うのは駆け上がってくるモンスターを、ダンジョンに押し込める作業。
四十人もいればなんとかなるか?
電話相手である如月が誰かと話している。
しばらく待っていると、鏡花の元に追加で報告が入った。
『……なんでそれを早く言わないの! 鏡花さん! スタンピードの映像を解析した結果、新宿ダンジョンに出現するはずのないモンスターが確認されたようです』
そこから考えられるのは、この原因は迷宮破壊による人為的なスタンピード。
だけど配信義務のある上層、中層を潜る探索者でスタンピードを発生させるような真似はできない。
配信を監視しているAIが検知して通報が入り、ギルドの特殊部隊が対象の身柄を拘束するべく、当該のダンジョンに向かうからだ。
特殊部隊が拘束するまでにスタンピードを発生させられるほど、ダンジョンの破壊は出来ない。
だとしたら……。
「下層を潜る探索者が起こしたってことだろ? ギルドの精神鑑定パスしてるのはずなのに……」
配信義務がない下層を潜る探索者は、一週間に一度、特殊な魔道具を用いた精神鑑定を受けなければならない。
これにより、ダンジョンを破壊してスタンピードを起こすような輩は、事前に検知出来るようになっていた。
この鑑定内容を調べれるのは、ダンジョン破壊に対してだけだが、精度が良く、今まで精神鑑定を掻い潜ってダンジョンの禁忌を破った者は一人もいない。
それならばスタンピードの脅威度は跳ね上がる。
ギルドに保管している魔石爆弾や、魔道具、在庫を放出すればなんとか防ぎきれるか?
「如月、念の為、例のブツの準備しといて」
『いいんですか? まだギルド内で使用許可は降りてませんが?』
「死人が出るよりマシだって。大丈夫、うちに任せておいてよ。馬鹿やって謝るのは昔から得意なんだ」
『……私も小言言われるんですからね。分かりました。準備させます。例の勇者さんに応援頼みますか?』
「本当は駄目なんだけど仕方ないね。うちが依頼してみるから、ギルドからは連絡入れさせないようにして。高圧的な態度が通用するような男じゃないから」
勘違いした馬鹿が電話してしまうと取り返しのつかないことになりかねない。
電話越しにくすりと如月の笑い声が届く。
『お願い、じゃなくて依頼なんですね』
「当たり前だろ? 防衛契約を結んでいないレオは、スタンピードに対応する必要はないんだから」
『鏡花さんのそういうとこ好きですよ。私は準備に戻ります。無事に帰ってきてくださいね』
「うちもすぐに向かうよ。物資は最優先で送るようにしておいて」
通話が切れるとレオに電話をかけるが。
「レオのやつ、電源切ってるな……。仕方ない、うちらだけで何とかするしかないか」
通常のスタンピードの対処は鏡花にも経験があった。
だが今回はイレギュラーモンスターが含まれるスタンピード。
禁忌破りのペナルティ付きだ。
「いっちょ頑張りますか」
そう言うと鏡花は最低限の装備だけ整えて部屋を出た。
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