107話 スタンピード発生前
新宿ダンジョン、五十二階。
モンスターが出現することのない空間、セーフゾーンで、とあるパーティーが話していた。
彼らは勇者を新宿ダンジョン一階で待ち伏せして勇者を勧誘した増永透、通称王子様が率いるパーティーである。
透の横にはヒーラーである魔法使いの女、岩崎舞が座っており、しなだれかかるようにして透に抱きついていた。
その様子を羨ましそうに見つめていた、同じパーティーメンバーである、飯田剛志が問いかける。
「透! 何で勇者なんか誘ったんだ?」
「王子と呼べ。例え配信してなくてもな」
透は冷たく言い放つと、剛志はすまねえ、と心がこもっていない適当な謝罪を返す。
剛志の言い分も分からんでもない。
強力な力を持つ人間は、探索の安全性を高める反面、無視できないほどのデメリットがあるのもまた事実だった。
仮に入るのが七変獣のようなパーティーであればデメリットはないに等しい。
彼女は配信はおざなりに、階層更新だけを目指して探索をやっていた奇人だ。
だが自分たちのような、配信を主としてやっている人間には、勇者のような存在は毒にもなり得る。
今までやってのけた功績から見ても、どのパーティーに入ったとして、主役を食ってしまうくらいのことはやってのけるだろう。
「勇者の持ち物に興味があってね……」
「綺麗な宝石があったら私も欲しいなあ〜」
「もちろん、ここにいる僕たちで山分けだよ」
透のその言葉を聞くと、舞が猫撫で声でお願いする。
透はそれに頷くと、再び舞といちゃつき始めた。
剛志は頭の中で透の言葉を反芻する。
そこから考える内容は、犠牲になる勇者のことではなく、自分のデメリットがどれだけでかいか、だけだった。
しばらく悩み、答えが出たのかニヤリと笑って透に賛同する。
「いいアイテムあれば俺にも回せよ」
「分かってるよ。そのために今日は僕に付き合ってもらうぞ?」
「急な予定の変更に何の悪さするんだと思ったけど、そう言うことか……」
剛志が嫌らしい笑みを浮かべる。
元が強面の顔なのにそんな表情をすると、普段なら配信を変えられてしまうだろう。
だけど今日は配信を付けていないから、そんな心配する必要はない。
透は探索を再開するにあたって、一つの魔道具を取り出した。
形状は地味な見た目のカフス。
この魔道具の効果は、ダンジョンにあるとあるトラップを見つける力がある。
そのトラップとは特殊な力を持った転移罠だ。
そこを踏んだ人間は、アイテムボックス持ちであっても、全ての持ち物を排出した状態で、罠にかかった階層以上の場所に転移されてしまう。
勇者が引っ掛かれば、デスパレードで入手したドロップアイテムは、全てこちらに残されていくことだろう。
仮に勇者が帰還することができたとしても、回収したドロップアイテムの所有権はこちらに移っている。
合法的にアイテムを奪えるという寸法だ。
「……だけど勇者はちゃんと罠にかかってくれるのかね?」
「勇者と呼ばれてようが何でもないただの人間さ。馬鹿みたいな噂を信じるなよ」
心配そうな剛志に言い聞かせるよう伝える。
異常な力を持った勇者の存在を勘繰るような噂は、ネットでいくらでも溢れていた。
モンスターと人間の合の子説や、ダンジョンを生み出した存在に近しい人間。
後は何だっけか? 有名なので言えば……。
視界の端に緑色に光る魔法陣を見つけて足を止める。
「ストップだ。剛志、お前の歩く先に転移罠があるぞ」
「了解! あぶねえ、踏み抜くところだった。後は勇者と一緒にここに来るだけか?」
場所が分かるように石を投げ込む。
石が転移されることはなかったが、そこが目印になるだろう。
「そうだね。腹が立つが、勇者のパーティー勧誘は断られてる。だから次は協力でも依頼しようかな?」
「そりゃいい。勇者が死んだら、残ったあの二人をうちに入れようぜ。やっぱり探索に女は欠かせねえや」
剛志の下品な笑い方に、ため息が溢れる。
「お前、この前それで問題になったの忘れたのか? 示談にいくら払ったと思ってるんだ」
「弱えくせにパーティーに入ってるんだ。役得ぐらいもらってもいいだろう?」
「却下。聖女と呼ばれているあのヒーラーは、七変獣の一番弟子だ。卒業後、七変獣と行動を共にすると言われているから、誘ってもこちらに靡くことはないだろうさ」
「そんじゃあ、俺は勇者の遺品で夜の街にでもしけこむとするか……」
配信では見せることのない顔。
王子様としての人柄を信じている者が見れば、ショックを受けるだろう。
だがこの三人を咎めるものは誰もいない……はずだった。
突如として現れた一匹のモンスター。
背丈は人と同じで、二本の足で立っている。
体の構造は昆虫型で、カマキリのような頭には王冠を被っていた。
ふしくれだった腕には、宝石をふんだんに使った腕輪が装着されていて、手には骨でできた杖を携えている。
杖の先には本物か偽物か分からないが、人の頭蓋骨と思われるものが取り付けられていた。
「おいおい、何だよこいつ!」
「こんなモンスター見たことないわよ!」
剛志と舞が動揺しながらも、モンスターから距離をとりつつ魔法を展開する。
剛志の周りに土で出来た鳥が生まれ、舞は三人に体力回復の魔法をかけた。
透はその様子を見やりながら、アイテムボックスから相棒である金色の杖を取り出す。
「イレギュラーか?」
心の中の疑問が漏れ出しただけ。
返答するものは誰もいないはずだった。
『忌々しい。実に忌々しい、呪縛よ。そう思わぬか?』
三人の全身に悪寒が駆け巡る。
先程の言葉は聞き慣れた仲間の声ではなかった。
ガラガラで唸るような声は、確かに昆虫型から発せられた言葉だ……。
昆虫型のモンスターは杖を手にしたまま両手を掲げて宣言する。
『我の立場を追いやった……には必ず復讐するとして、ひとまず自由の身を取り戻そう。そのためには』
昆虫型のモンスターの視線が三人を交互に見る。
『まずは色々と下準備が必要か。せっかくの祭りだ、楽しんでいこうかの』
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