106話 スタンピード発生
騒めきが瞬く間に広がっていく。
電話で自分の位置を報告する若者、子供の名を呼びながら走り回る女性、みんな慌てふためいていた。
店側の人間も商品を置いたままどこかに移動を始めている。
「おい! 兄ちゃん、早く行かねえと! まさか変な気を起こしたんじゃねえだろうな」
「安心しろ。火事場泥棒しようとは考えてないぞ」
「そんなこと考えてねえよ。兄ちゃんも早く避難するぞ」
輪投げの店主が俺の手を掴み引っ張っていこうとする。
さっき呟かれた店主の言葉。
……スタンピード。確かモンスターがダンジョンから溢れてくる現象だったか?
「どこのダンジョンでスタンピードが起きているんだ? 俺は探索者だから一緒に避難する必要はないだろ」
「兄ちゃん、スタンピード発生時、ギルドから何か役割を与えられているか?」
「何も言われてないな」
「じゃあ兄ちゃんも避難対象だ。何をするつもりか知らねえが、スタンピードで魔法使い以外の人間は、ほとんど役に立つことなんて出来ねえよ。魔法を使って波状攻撃でダンジョンに押し込めるんだからな」
店主の腕を優しく振り払う。
周りの人のこの慌てよう、スタンピードの場所は俺のよく知るダンジョンなのだろう。
「新宿ダンジョンでスタンピードが発生したんだな? もうモンスターの氾濫は始まっているのか?」
「……まだだ。だけどあんたも見ただろう? 警報のレベルは一級。ギルドも完全に押し留めるのは無理だと判断している。兄ちゃん、スタンピードを知らないってんじゃないんだろ?」
「一通り何が起きるのかは知っている」
初めにダンジョンの説明を受けた時に、スタンピードの説明も受けている。
世に出回っている映像もいくつか見て、その惨状も把握した。
だからこそ、俺は行かなければいけない。
「店主、俺は新宿に行く。やらなければいけないことがあるんだ」
「……身内がいるのか? 新宿に?」
「いや、そうではないが、今、行かなければ後悔すると思う」
店主は俺の目をじっと見つめ、諦めたように大きくため息を吐く。
「分かった。俺も兄ちゃんのことは止めやしねえよ。だけど約束してくれ。絶対死ぬんじゃねえぞ」
夢見が悪くなるからな、と冗談混じりに話す。
俺が頷くと店主は避難するべく駆け出して行った。
「さて、俺も行くか」
ダンジョンがある方向に体を向けて呟く。
スタンピードの特徴はいくつかあるが、大事なのは、階層移動中の共食いによって普段より魔物が強化されること。
もう一つは外に出たモンスターが残した影響は、モンスターを討伐しても残ってしまうことだ。
例えば、俺がデスパレードで倒した毒持ちの大きな蛾のモンスター。
あいつのようなモンスターが出てきてしまうと、討伐に成功しても毒が残留してしまう。
それを防ぐために、ギルドはモンスターをダンジョンの一階で押し留めることを目標にするのだ、と鏡花は言っていたが……。
モンスターが出てくるのであれば、大勢の探索者が集まってくるだろう。
そこで何が起きるのか、俺には良く分かる。
討伐したモンスターの体は死後も残留する。
……つまりは肉の取り放題。
こんなお得な現象、他の探索者が放っておくはずがない。
防具を装着する時間すら惜しい。
急がなければ。
肉が無くなる前に……。
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