104話 祭り
翌日、俺は変装した状態で街に出ていた。
黒髪にメガネ、柄物のシャツとジーパンを着ている俺に話しかける人は誰もいない。
昨日は散々だった。
怒っているのかこちらに顔を合わせようとしない二人と別れた後、理紗から一通のメールが届く。
内容は単純で、明日変装を忘れないようにといった忠告がひらがなで書かれてあった。
その文面からは彼女の感情を察することは出来ないが、せめてこれ以上怒らせることのないように、今日は大人しく見回ろうと思う。
近場の公園で祭りが行われているらしい。
子供たちが綺麗な服を身につけて、水風船片手に走り回っている。
「へいらっしゃい! そこの兄ちゃん、うちで何か買ってかないか?」
「俺か?」
「そうそう、あんただよ! うちのタレは特製でね。他じゃ食えねえぞ」
金属のヘラ片手に店主は手招きする。
言葉通り、熱い鉄板の上で焼かれている料理の暴力的な香りは、生唾を飲み込んでしまうほど魅力的だった。
今日のために、ギルドにある銀行から十万ほど現金を下ろしてきている。
店主に確認すると、メニューは焼きそばとお好み焼きと呼ばれる料理だけのようだ。
「五つ欲しい」
「あいよ! お好み焼きと焼きそばどれが欲しいんだ」
「両方五つだ」
その言葉に店主は目をきょとんとさせる。
「兄ちゃん探索者か?」
「そうだが。それが何かあるのか」
「なら四百円で構わんよ。探索者は大変な仕事だからな、うちの料理でも食べて労ってくれ。そんなに買うってことはアイテムボックス持ちか?」
「収納は出来るな」
ダンジョンから与えられる力であるアイテムボックスとは少し違うが、まあ似たようなものだろう。
それを聞いた店主は料理を紙で作られた箱に入れるとこちらに手渡してくる。
これはさっき作ってた焼きそばか……。
残りを今から作り始める。
「最近物騒なニュースを聞いたんだよ。何やら新人の探索者が凄腕の探索者に絡まれたって話だ」
「そりゃ大変だな」
凄腕の探索者が新人に絡んでも小金稼ぎにもならないだろうに……。
店主の言葉に相槌を打ちながら会計を済ませる。
立ち食いで焼きそばを一口頬張る。
美味い。
タレの味はもちろん、野菜や肉もたくさん入っている。
これが五百円なら普段でも買いに行きたいくらいだ。
これを一度で食べ切るのは少しもったいなく感じ、一つ分を平らげ、残りは亜空間にしまっていく。
その間に店主はお好み焼きの調理に取り掛かっている。
「兄ちゃんはどこまで潜ってんだ?」
「俺はまだ中層までだな。それも最近中層に入ったばっかりだ」
「前衛で中層まで潜れるんだったら上等だって。どれだけいい魔法使いに出会えるか、みたいなところだからな」
世間では収納持ちは、前衛職といった認識が広がっているらしい。
紬のような魔法使いでありながら、収納ができるような人は本当に数少ない存在なんだと、以前自慢気に語っていた。
「あんまり上は目指さない方がいいと思うぞ」
「どうしてだ? そっちの方が金が稼げるじゃないか」
「……これは噂なんだが、下層はモンスター以外の危険がかなり多いらしい」
「罠とかか?」
ダンジョンを潜るにつれて罠の危険度は増していく。
しかし、デスパレード中の戦闘を見た理紗から、あの攻撃で無傷なら、大抵の罠は踏み抜けると謎のお墨付きをもらっていた。
今後、罠を探知できる人間を追加で雇うことはあるかもしれないが、切羽詰まったような問題ではない。
だが店主は俺の言葉に首を振る。
「……人だよ。下層からダンジョン配信の義務は無くなるのは知ってるだろ? 人目につかない場所で高価な武器や魔石を持ってる人間がいれば、魔が差しちまう奴も出てくるんだろうさ」
「知り合いに犠牲者でもいるのか?」
店主の言葉は憎しみに満ちたものだった。
「息子が、いたんだ。兄ちゃんと同じ前衛をやっててね。それがとあるパーティーに移籍して二日で……いや、なんの話をしてんだろうな俺は……」
目を潤ませた男は焼き上がったお好み焼き焼きをこちらに手渡す。
「ありがとう。大事に食べるよ」
「すまねえな、俺のつまらん話に付き合ってくれて。兄ちゃんは長生きしろよ! そんでまた、俺が作る料理を食いに来い!」
渡された袋を亜空間に収納すると、次の店へと向かった。
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