101話 勇者くらいになれば言葉のチョイスも超一流
「遠慮しとく。理紗! 紬! 晩ごはんはどうするんだ? 何か食べて帰るのか?」
男にそう返答すると、何故か頭を抱えている二人の元に歩みよる。
通り過ぎる時、男のこちらに向けている紙がぷるぷると震えていたが、そんなにショックだったのだろうか?
「……レオさん。その、あれでいいの?」
「あれって何が?」
「いや、その……さっきの勧誘の話。あんなに即決で答え出しても良いのかなって」
「普通は二、三日、時間をおいて答えを出すものなのよ?」
紬と理紗の言葉はこちらの常識なのかもしれないが、組む予定のない人間なのに、返答を先延ばしにするのは相手が可哀想だ。
それにこんな時に断れと言ってきたのは理紗の方ではないか?
「おい! お前、何のつもりだ!」
男は逆上した様子でこちらに詰め寄ってくる。
先程まで軽薄そうな目つきから一変、憎しみに満ちた視線を送ってきた。
男はそのままの勢いで俺の胸ぐらを掴もうとするが、後ろに軽く跳んで退避。
……これはもしや正当防衛というやつが成り立つのでは?
理紗の方に顔を向ける。
「喉──」
「駄目」
「手足の──」
「絶対駄目」
俺の言葉を遮るように理紗から制止の言葉がかかる。
まだ大人しく対話しろということらしい。
「僕を無視して意味の分からない会話をしている? お前、答えろ。何で僕の勧誘を断った? そんなに悪い提案ではないと思うんだけどな。僕はそこにいる二人より階層を進めているし、力もある」
そうなのか?
男を見ても理紗たちより優れているようには思えない。
理紗は流石元魔王と言うべきか、魔法の発動速度は目を見張るものがあるし、空気中に漏れ出す余剰魔力がほとんどないため、攻撃の予測が難しい。
紬も珍しい回復魔法使い。
空を飛ぶ魔法は本気で鍛えれば、前衛の真似事も出来るようになるだろう。
男の雰囲気はエアリアルでたまに見かける新人の探索者に良く似ていた。
身の丈に合わない力を持ってしまったが故の増長。
男は返答しない俺を見て嫌な笑みを浮かべる。
「まあ、言わなくても分かっているよ。チームの移動は仲間に止められているんだろ? そのための報酬は何をもらっている? 金か? 女か?」
「──ちょっと! いい加減なこと言わないでください!」
理紗が男を睨むが、男はどこ吹く風で鼻を鳴らす。
紬も男に見られないような角度で、こっそり中指を立てていた。
男は本気でそう思っているんだろう。
俺が理紗と契約を結んで一緒にいると。
始まりはそうだったのかもしれない。
だが今は?
「早く答えたらどうなんだ? 女の許可がないと喋ることも出来ないのか?」
「もういいから行こうレオ! こんな会話に付き合う必要はないわよ」
理紗が俺の右手を引いて入り口の扉に誘導する。
紬も左手を握って出て行こうとするが、俺が立ち止まったことによって転びそうになる。
「どうしたのレオ?」
「早く帰ろうレオさん?」
「ちょっと言っておかないといけないと思ってな。おい! そこの男。確かに理紗は口酸っぱく俺を注意することがあるけどな、パーティーを離れることを禁止したことは一度もないぞ」
その言葉を聞いても男は自信満々に言い返す。
「口では何とでも言えるさ。今の状況を考えてみろ。格上の探索者からの勧誘を断って、その二人と探索することを選ぶのか?」
「勧誘? 押し売りの間違いだろ?」
男の表情が固まった。
「何が言いたい? 僕のパーティーがこの二人に劣っているとでも? その二人を選ぶというのなら、明確な理由を述べてくれ。まさか言えないんじゃ──」
「俺の言葉として言うのなら……そうだな、お前にはそそる匂いがしなかった。ただそれだけだ」
腕利きや手練れといった相手を見つけるのは得意だ。
襲いくる相手の中で、強力な力を持つ相手を、いち早く見つけなければいけなかったから……。
強者の気配、それを男からは感じられなかった。
狼狽える男を無視して出口に歩き出す。
カメラで配信を撮られているのならば、変装や魔法の絨毯の隠蔽は使わない方が良いだろう。
二人は俺の後を着いてきてはいるが、俯いており表情が分からない。
……俺の発言に怒っているのだろうか?
不安になった俺は二人に話しかけることができず、二人も固く口を閉ざしていた。
まるで他人のように無言で俺たちは歩き続ける。
ギルドに到着するまでの五分ほど、地獄のような時間を過ごす羽目になってしまった。
今書いている途中ですが、今日の夜か明日の夜に、異世界恋愛の短編を公開する予定です。
初めての短編執筆になるのでよければ感想いただけると嬉しいです。