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テンプレ転生(?)恋愛譚 ~異世界育ちのオレ様主人公は現実世界転生(?)でどうなっちゃうの~テンプレ転生顛末記・スピンオフ短編~

作者: なにわさぬき

『はじめまして』の方がほとんどだと思います。

よろしくお願いします。

今長編処女作の投稿を続ける傍ら、短編を初投稿します。

短編ですので一度きりのお付き合いになるかも知れませんが、ブックマーク登録いただけるとありがたいです。


沢山の誤字連絡いただき、助かりました。ありがとうございます!

「私の事は放っておいてよ」


 毎日顔を見せるのは婚約者としての義務感に過ぎないが、そんな対してマリアンヌの反応は毎回にべもない。


 それも無理もない事で何しろ形の上では彼女の国をウチの国が滅ぼしてしまったからだ。


 俺たちが婚約している状況から察してもらえる様に、ウチとマリアンヌの国の間は上手く行っていた。

問題はこの2国に隣接する第三国がマリアンヌの国に攻め入った事に端を発する。

周到に準備された奇襲に為す術もなく攻め込まれ、公都陥落の憂き目に遭ったマリアンヌの親族一同は一団となって我が国を目指していた。


「マリアンヌ。あの事は本当に済まなかった。許して欲しいんだ」

「だから放っておいてって言っているでしょう」

「しかし」

「仕方ない事だとは分かっているわ。でも私が許せないのはそんな事じゃない」


 友好国の危機に父上は急ぎ救援軍を組織し差し向けた。

3国の国境が交わる辺りで敵軍と接触した我が軍は、初戦を完勝し勢いに乗って追撃を開始しする。

追撃先がマリアンヌの国に入り込んだ谷あいに差し掛かると、敵は谷の入り口に防衛陣を敷いた。

防衛陣後方の谷間に敵の侵攻主力が潜んでいると察した我が軍は一気呵成に谷間に攻め込んだ。


「こんなところに閉じこもっていないで、一緒に君の国の事を考えよう」

「あなたの言う事は尤もだけれど、あなたの言葉はそれだけなのよ」


 我軍の幹部が異常に気が付いたのは、谷あいにいた全ての存在を蹂躙し尽くした後だった。

そこには逃げ込んた敵だけではなく、公都から退避中だったマリアンヌの親族全てが倒れていた。


 お互いの間に敵軍を挟みそれぞれを認知出来ない状況に誘い込み同士討ちをさせる。

敵の策略はまんまと功を奏し、公都陥落で勢力を失っていたマリアンヌの親族側が一方的な壊滅に追い込まれた。

今で云うところの王族級魔力の流れ弾で弱兵に大きな被害を出し危機感を抱いた我が軍が、侯爵伯爵級の集中攻撃で一人を倒す多勢に無勢の戦術で実力者全てを抹殺してしまったのだ。


「僕はこれからの皆の事を考えているんだ」

「そうね。あなたはいつも冷静。でもそれは本当に皆のためなの?」


 知らせが届いた時、マリアンヌは僕達家族と一緒に屋敷のバルコニーで親族一同の到着を待っていた。

馬で掛け込む伝令の姿をバルコニーから確認してから家令が報告に来るまでやけに長い間があった。


「少なくとも僕はその積りだよ。この国を継ぐ者としてね」

「あなたはそう思いたいだけなのよ」


 家令の報告はマリアンヌの親族全てが戦死したという悲惨な物だった。

それを聴いた瞬間、マリアンヌはその場に崩れ落ち気を失った。


「君は僕にどうしろと言うんだ?」

「だから放っておいて。あなたは皆のため私のためと言いながら結局は自分が楽になりたいだけなの」


 マリアンヌが目覚めたのは公都を占領した敵軍を我が軍が追い出した後だった。

敵軍が攻めた時より多くの民に被害が及んだようだが仕方が無い事だ。

事の次第を知ったマリアンヌは屋敷の離れに閉じこもって出て来なくなった。


「君が何を言いたいのか解らないよ」

「あなただけじゃ無いわ。この国を治める人は皆自分の事しか考えていない。家族が居なくなって、そんな人達と一緒に生きていく自信が無くなったの」


 そう。確かに俺は自分が大好きだ。

マリアンヌの事は嫌いでは無いが、自分より大事なんてあり得ない。

俺様、アンソニーはこの国を治める両親の長男で3年後に成人を迎える。

弟が1人居るが、俺が跡を継ぐのは間違いない。

俺は自分の評価が高くなるように努めているから跡継ぎから降ろされる訳が無いのだ。


 そんな俺でもマリアンヌの事は大事だ。

マリアンヌには俺の子供を産んでもらわないといけない。

我が家がこの国を治め続けるために俺より高い魔力を持つマリアンヌとの結婚は絶対なのだ。


 この世界にかってあった『超魔道文明』を壊滅させた『大災厄』から人々を救った『皇帝ジュリウス』の子孫の力が衰え、各地に配された執政官がそれぞれ独立して公国を名乗るようになった。

ジュリウスの子孫はいつの間にか市井に埋もれて行ったそうだ。

ウチの国もそんな公国の1つだ。

子孫の力が衰えない様に務めるのが俺の大きな仕事だと思っている。


「そんな事言わずに一緒に君の国を建て直そう」

「あれだけ私の家族や公都の民を犠牲にしても心からの痛みを感じない。そんな貴方達と一緒に行ってもきっと民は喜ばないわ」


 困った。

このままではマリアンヌは俺と結婚しないだろう。

『何とかしないと』と思うが何も思い浮かばない。

当然だ、今まで表面さえ取り繕えば周りの皆は認めてくれたのだから。


 『どうしよう』考えていると頭がくらくらして来る。

そう云えば朝から調子が良くなかった。

どんどん『くらくら』が酷くなる。

とうとう俺は倒れてしまう。

意識はあるが全く身動きできない……


 マリアンヌが外に控えていた衛士を呼び、家族がやって来た。

自室に運ばれ医者が呼ばれたが、医者にも原因は判らないようだ。

俺は一昼夜寝込み、とうとうそのまま意識を失った。



     *

     *

     *



「さぁて。アントニオ君どうする? このまま死んでしまっても良いのかな」

「…………」


 ここは何だ? 真っ白な空間。

声を掛けたのは誰だ? 姿は見えない。


「君の世界には『テンプレ』と云う概念が無いから分からないだろう。僕の事は神のような物だと思ってくれたまえ」

「神様ですか」

「あぁ」

「私は死ぬのですか」

「このままだとね」



 神様だとぉ。

俺は神を信じた事は無い。

ついでに言えば他人ひとを信じた事も無い。

しかし、ここで頼れるのは『神様』だけらしい。


「どうすれば助かるのでしょうか?」

「君が変わらなければ何をしても結果は同じだろう」

「何をすれば良いのか見当もつきません」

「だろうね。まぁ何とかなるかもね。僕に任せてみるかい」

「はい。お願いします」


 しようがない。

自分では何も出来ないのだ。

再び意識が遠のいて行く…………




 『ここで詳細を描き出すとこれは長編小説になってしまう』うん?これは誰の意識?




 次に気が付くと俺は誰かの意識の中に入っていた。

どうやら俺は『斧篠昇ふしののぼる』と云う幼児の中に閉じ込められている。

『君が変われば』あの言葉が上手く行って、俺はこの幼児として一生を経験出来るようになったのだろう。

本人の意識があるようで自分だけの物では無いがあのまま死んでしまうよりずっとましだ。

信じた訳では無いが神に頼んで良かったんだろう。




 斧篠昇は姉1人弟2人の4人兄弟で、短命な家系らしく祖父や祖母は他界しているが両親はまだ健在だ。

弟が二人いても昇もまだ幼く、俺がここに来てからまだ外の世界に出ていないが、家の中だけでも驚く物で溢れていた。

昭和十年一月二十八日……『日めくり』と言うらしい物に記されているのが今日の日付のようだ。


 外に出ると益々驚きの連続だ。

金属の塊が人や荷物を載せ大きな音を立てて道を走っている。

輪を二つ繋いだ乗り物で移動する人も多い。

描写き出すとキリが無い。


『俺は超魔導文明の時代に飛ばされたのだろうか?』と思ったが、どうも違うようだ。


 この世界はあまりに魔力が少なかった。




 少し大きくなると昇は『尋常小学校』に入学した。

そこで学ぶ『勉強』を昇はさして得意では無かったが、『体育』だけは誰にも負けなかった。

『勉強』も苦手な訳では無く兄貴肌の昇は『同学年』の中心的な存在の1人になった。


 尋常小学校時代に昇は運命的な出会いを果たす。

どんな運動も得意な昇だったが、近くに道場がある柔術を知ってのめり込んで行った。

世の中は『富国強兵』の風潮にあり、武道に夢中になる昇を止める者は居なかった。


 昇が尋常小学校に通ううちに世間は『戦争』に巻き込まれて行く。

『富国強兵』が益々幅を利かせ、昇も大きく成れば『兵隊さん』になると思っていたし、『俺』もそれが当然だと思った。


 はじめ勢いが良かった世間はある時期から厳しい状況に追い込まれ、昇達の生活もどんどん切り詰めた物に成っていく。

そしてとうとう昇が兵隊になる前に敗戦の日を迎えた。

『終戦』の後に巻き起こった『変革』は怒涛の勢いで昇たちを呑み込んで行った。


 暫くして父親の死亡が伝えられた。

南方の戦場で病に倒れてそのまま亡くなったようで『戦死よりは病死に近いな』と昇たちは思った。

短命の家系で祖父も父親と同じ様な歳で亡くなったと聞かされていた事もあり、悲嘆に暮れるより今をどう生きるかが大事だった。

幸いな事に家屋敷を含め先祖から引き継いだ財産は、贅沢さえしなければ子供たちが独立するまで不自由なく暮らせるだけの物だった。


 教育制度が一新され、昇は『高等学校』に通う事も出来たが、のめり込んだ武道の道に進む事を決めた。

自分なりの流儀を完成させたいと昇は様々な武道の門を叩き、驚くべき早さでそれを習得していった。


 実はそれには『俺』の思いが絡んでいる。

俺はこの十数年昇の目を通してずっとこの世界を眺めて来た。

そしてこの世界にも微弱ながら『魔力』が存在する事に気が付いていた。

この魔力は『魔法』を使うには微弱過ぎるが、人の『意思』や『思い』を体現したり、周囲からの『学び』を身に付けるのには非常に有用だった。

この世界の人々はそれを『気』と呼んでいるが、俺と違って魔力の存在を知らない彼等にその本質が解る訳もない。



 俺が『気』の流れをコントロールする事で『達人』への道を歩み続ける昇に2つ目の出会いが訪れる。


 『天地流てんちりゅう』宗家……本当の事を言えば、宗主の一人娘『天地遙香あまちはるか』との出会いだ。


 実家と同県ではあるがそれぞれ他県との県境に近く殆ど交流の無い地区だったため、昇が『天地流』の存在を知ったのは20代半ばになってからだった。

急速に体系付けられて来た『剣道』『柔道』や『拳法』の類を習得しながらも違和感を禁じ得なかった昇は20歳前後から『古武術』の流派を渡り歩く事になる。

俺がコントロールしている『気』との相性を何かしら感じ始めていたようだ。


 そんな中叩いた門の1つに『天地流』があった。

昔まだこの世の中に『領主』がいた時代。この地域の『領主』の剣術指南が、剣術でも達人だった当時の『天地流』宗家だったそうで、いまだに道場を兼ねた大きな屋敷とかなり広い土地を所有している。

道場に通う門下生は多いが、宗家は既に老齢に達した宗主と彼が年老いて生まれた一人娘だけだった。妻は数年前に病死したと聞いた。


 十代から独立して武道を学びつつ『コーチ』として自活していた昇は周りの同僚と酒の席に出る事も厭わなかった。

未成年を理由に酒を飲まない昇だが、豪放磊落な性格と端正な外見で年上の同僚に好かれ、誘われる事が多かったのだ。


 そんな席では年上の女性から誘われる事も少なからずあった。

何事も経験と相手が未経験で無い事を確認して男女の関係になる事も多々あったが、我を忘れるような事は一切無かった。



 そんな昇が『天地流』の道場から招き入れられた天地家で、遙香を一目見た瞬間に恋に落ちた。

なかに居る『俺』が言うのだから間違いない。


 その日の内に昇は天地流に入門し、老境に入った宗主から天地流の全てを貪り尽した。

さほどの時を経ずに宗主からも門下生からも認められ、昇は『師範代』となる。


 今まで数多あまたの女性との付き合いでも自分からアプローチを図った事が無い昇は、遙香に対しても一線を崩さなかった。

『恋に落ちたと言ってもこんなものだ』と俺は自分の価値観と違わない昇に安心していた。


 ある日道場を昇に任せきりになっていた宗主が昇を呼びつけた。

「なぁ昇。遙香の事をどう思う」

昇の胸が――俺の耳に響く位に――高鳴った。

「…………」

「遙香もお前の事を嫌っては居ないようだが、付き合ってみる気は無いか」

「…………」

「お前も遙香を好いておると思ったのは儂の眼鏡違いかな。嫌なら無理強いはせんが」

「いいぇ! 遙香さんさえ良ければ是非お付き合いしたいです!!」

焦りのあまり裏返った声で返事をする昇を俺は意外に感じた。

 


 それからの昇は人が変わったようで、何もかもが遙香第一になった。

もちろん道場の運営も天地流の稽古も今まで以上に頑張るのだが、その全ての目的が『遙香の幸せ』になった。

甘い言葉や『プレゼント』がある訳では無いが、昇の気持ちは伝わっているようで遙香も幸せそうだ。


 昇の肩書から『代』の字が消え、暫くして2人の婚約が発表された。

昇は宗主に休みを願い出て、遙香と初めての旅行に出掛ける。

近県で一泊だけの旅だが、この辺りでは有数の豪勢な温泉旅館を予約した。

温泉の周りの寺社を巡って紅葉を楽しんだ後、宿に入ったのは既に夕暮れ時だった。


 上等な和室に通されて今日観た事を話し合ているとあっと言う間に夕餉時分だ。

仲居さんから声が掛かり、上げ膳据え膳の贅沢な夕食を頂いた。

膳が片付いて暫く話の続きを楽しむ。

そろそろ腹もこなれて来た。


「折角だから温泉を頂いて来ようか」

「はい」


 それぞれ浴衣と羽織を抱えて大浴場へと向かった。

掛流しの岩風呂でじっくり体を温め、部屋に戻って遙香を待った。

昇の鼓動が高鳴る。

風呂を使っている間に仲居が敷いてくれた布団がぴたりと寄り添っている。


 部屋の灯りを小さくした。

わざとらしいだろうか。

いやらしいと思われないかな。

益々胸が高鳴り痛いほどだ。


 やがて遙香が戻って来た。

部屋の様子を見ても何も言わず、昇の傍に座り寄り添った。


     *

     *

     *


 昇はその夜、人生で一番の幸福を味わった。

そしてその幸福を決して色褪せさせないと心に誓ったのだ。



 その思いの通りに数年を経た今も昇の幸せは色褪せない。

遙香の顔を見る度に、話す度に、触れる度に、新たな喜びが溢れて来る。


『何故だろう』俺には分からない。

俺にとって自分より誰かが大切になる事はあるのだろうか。

その人が傍にいるだけで幸せを感じる時が来るのだろうか。

俺と昇の違いは何なのだろう。




 昇の幸せが衰えを見せる事は無かったが終焉は突然に訪れた。


 遙香が病に倒れ運ばれた病院でそのまま亡くなった。

おそらく心臓の病だが詳細が判明し治療するには医学の力が及ばなかった。


     *

     *

     *


 病院で妻の死を知らされた昇はまるで魂が抜け落ちたようだ。

俺がなかから見ても凍ったように心に動きが無い。

隣の宗主、遙香の父親も同様だ。

彼の事は外からしか分からないが瞳の暗さは昇以上に思えた。


 病院の事務手続きの声が掛かる。

2人に反応は無い。――仕方が無い――俺は昇の『気』を揺り動かした。


 病院の始末と遙香の葬儀は無事終わった。

凍てつきを脱した昇は雑事に追われ心が凍けきらぬまま動き続けた。


 雑事に追われる昇と異なり、宗主は心の凍てつきに体が耐えられなかった。

娘の後を追うように数日後寝床の中で彼は生涯を終える。




 妻に続き、義父の葬儀そして相続の手続きと昇は休む間も無い。

周りから押し付けられる雑用が昇をこの世に繋いでいる。


『何故だろう』俺には分からない。

俺はこれほど1人の女に思い入れる事ができるのだろうか。

心が凍るほどの悲しみを感じる事ができるのだろうか。

そもそも俺は人を愛する事ができるのか。


     *

     *

     *


 様々な手続きを終えた昇が一息つく暇も無く、またも身内の不幸が昇を襲う。

少し前に入院した末弟の徹が闘病の末に亡くなった。


 暗澹たる思いで葬儀に向かった先にはまだ若く美しい徹の妻とその妻に似て愛らしい聡と云う一人息子が悲しみに震えていた。


 徹は、俺がこの世に来てからずっと見ていた昇の身内だ。

俺もさすがに見捨てては置けず昇の『気』を揺り動かそうとした時、それより早く昇の『義侠心』がむっくりと身を起こした。


 それからの昇は見違える様だ。

最低限しかしなかった修練を本格的に再開した。

閉めていた道場を開け、門弟達の承認を得て宗主の座に就いた。

忙しい道場運営の合間に時間が取れれば聡母子の様子を見に行った。


 皆の顔に笑顔が戻りつつあった時またも不幸の陰が彼等を蔽いつくした。


 徹の妻が仕事先の事故に巻き込まれて死んでしまった。


 本当にあっけなく人は逝ってしまう。

何故か俺は呆然として少し休みたいと思った。


 昇がすっくと立ち上がった。

俺は何もしていない。

いいゃ、何も出来なかった。

昇を突き動かしたの何なのだろう。


 父の死は母が、母の死は姉が喪主を務めた。

昇は妻と義父に続いて3度目の葬儀を差配した。


 葬儀の後、昇は目を『喝』と見開き立ち上がる。

その視線の先にはあの時の自分と同じ『聡』がいた。

年端のいかない聡に自分は重ならない、重ねる事は出来ない。


「なぁ聡。お前は今日から昇伯父さんの子だ。うちへ帰ろう。」

 聡の目線まで蹲って語りかけた昇に聡はしがみ付いた。

それまで心が凍り付いて流れる事が無かった涙が堰を切った。

大声を出して泣き始めた聡を抱き上げて昇は家路についた。


 それから昇は聡と2人の生活を始める。

父親が亡くなってから足繫く面倒を見に来てくれた昇に聡は懐いていた。

保育園から小学高学年まで2人の暮らしは続く。

その間2人は親子のように、兄弟のように、親友のように心を許し合い過ごした。


 世間から見れば聡は昇にとってのお荷物だが、昇は聡に救われている。

聡の面倒を見て話をし、聡の前で修練を積む事が昇の生き甲斐になった。

聡が笑うと昇も楽しく、聡が喜ぶと昇も嬉しかった。


 『何故だろう』俺には分からない。

身内とは云え、人の楽しみを自分の喜びに、人の喜びを自分の幸福と感じる事は俺には出来なかった。

人の為に尽くし、人の為に生きる事も俺には出来なかった。

俺と昇の違いは俺には分かり様がないのだろうか。


     *

     *

     *


 昇が体調を崩した。

これまでほとんど寝込む事が無かった昇が起き上がる事が出来なくなった。

昇のなかに居ても体の事は俺にも分からない。

救急車が運び込んだ病院での診断は重度の肝臓病だった。


 医者は詳しい事は言わなかったが昇は死を覚悟したようだ。

俺はそれも良いと思った。

昇と過ごした数十年。

贅沢もしなかった。

遊ぶことも殆ど無かった。いや、武道がおれの遊びだったか?

愛した者に先立たれ、愛する者を置いて逝く。

決して人が羨む人生では無いと思う。


 しかし何故か俺は充実している。


 昇は次男のあきらを呼び、今後を託した。

相続人を聡と定めた手続きと、聡の後見人になる事だ。

彰は快く受けてくれる。


「でも兄貴はまだまだ元気だから、そんなのを杞憂って言うんだぜ」

「あぁ、念の為さ」


 相続の手続きが終わったと彰が報告に来た翌日。

病室でベットを囲む親族に見守られ、憂いの無い笑顔を浮かべた昇が今まさに逝こうとしている。


 俺も一緒に消えるんだろう。

確かに消えて行く。


     *


     *


     *


「長い間ご苦労様」


 あぁ、神様お久し振りです。


 とうとうこれでお別れですね。


 ありがとうございました。


     *


     *


     *


 そう、確かに消えた。


 消えたのは病室で不安そうに見守る人達。


 いゃ、不安そうに見守る人達は居る。


 でも部屋も人達も違う。


 ここは……


 数十年前に俺が死んで昇の世界に旅立った、俺の部屋じゃないか。




 目を見開いて周りを眺める俺に、俺の寝台を囲む全員が目を丸くしている。


「気が付いたのね、アンソニー」

 母が、瞳を見開いて視線を動かすだけの俺に語り掛けた。

涙声だった。


 母の隣に不安げな弟のルーサーがいる。

2人の斜め後ろにはなんとマリアンヌが佇んでいた。

彼女も心配そうな目をしている。


 両手で寝台から半身を起こした。

「あぁ、良かった。この一週間呼吸も浅くてぴくりとも動かないから、このまま意識が戻らなかったらどうしようかと心配で、心配で」


 どうやら此方こちらでは|一週(6日)間意識不明で寝たきりだったようだ。

「皆。心配かけたね。もう大丈夫だよ」


「おとう様も先程迄一緒だったのよ。今は仕事の手が離せなくて」

「大変な時期だから当たり前だよ。こんな時に倒れて申し訳なかったと思う」

「とにかく良かった。お医者様の見立てで意識さえ戻れば大丈夫とは言われているから、もう心配ないわ」




 昇と過ごした数十年、あれは一週の間に俺が見た夢だったのだろうか。

俺にはどうしてもそうは思えないが、今それを考え込んでも何も生まれない。

今出来る事を始めよう。


 俺は今まで見向きもしなかった民草の生活を視る為に市街に出向くようになった。

時には店に入って自分で物を買い、食事をした。

話をすると皆、力は弱いが普通の人達だった。まるで昇の周りにいた人々のように。


 父の部下達にも声を掛け色々な意見を聞くようにした。

それぞれ考え方には違いがあり意見を戦わせることもあるが、必ず何かしら得る物はあった。


 驚いた事に俺の魔力が強くなっている。

俺は薄々、昇のなかで数十年間『気』をコントロールしてきた成果ではないかと思っている。

やはり、昇と過ごした生涯は夢では無かった。


 昇の世界で見聞きした事で此方こちらで使えそうな物を考えてみた。

便利な道具は一杯あったが此方に帰れるとは思っていなかったので、残念な事に作り方を全く覚えていない。

でも、社会や政治の仕組みは色々と役立てる事ができそうだ。


 こちらには昇の世界と違って魔力があり、その力に人によって大きな差がある。

だから彼方あちらと同じ社会はすぐには作れない。

それでも人としての在り方や社会全体の考え方に学ぶべき事は多いと思う。


 俺はルーサーを捉まえて、見聞きした事それについて考えた事を話すようになった。

人に話すと考えが整理でき、話し合うとまた少し進展がある。

そのうちルーサーも俺と同じでは無いが色々と自分なりの学びを始めたようだ。

話し込むとそれが良く分かる。


     *


「あなた、倒れてから随分変わったわね」


 いつもの様に屋敷の離れにマリアンヌを訪れると、ある日こんな声を掛けられた。


「そうかな?」

「何だか別人のようだわ」

「うん、考え方は随分変わったかも知れないな」

「長続きすればいいのだけれど」


 その日はそれだけの会話だった。



 俺は父の仕事を手伝うようになった。

よく意見を戦わせる父の部下が進言したようだ。

これまで考えた社会の在り方に近付けようと、自分が任された仕事から少しずつ少しずつ仕組み変えていった。


 いつものように街に出るとやはり大きな変化は観られないが、どこか人々の顔が少し明るくなった様にも感じられた。


     *


「すぐに元に戻ると思ったのに随分続いてるようね」


 マリアンヌは皮肉めかして言う。


「何だか少しずつ手応えが出て来てね」

「本当に変わったのかしら」

「どうだろうね。自分ではわからないよ」



 段々と任される仕事が多く大きくなってきた。

取り組む変革も1人では困難になり、個人的な話ではなく多くの人と意見を交換し、力を合わせて仕事をする様になった・


 街に出ると少し変化が目に付くようになった。

人々の顔がまた少し明るくなった気がする。

話を聞くと否定的な話もあり、それについても考えるようになった。


     *


「本当に変わってしまったのね」

「そう思うかい?嬉しいな」

「私もここを出て話に加わろうかしら」



 マリアンヌが離れを出て仕事の話に加わるようになった。

最初は参考意見を言うだけだが、何故か活き活きとして見えた。

ついでだからとルーサーも話に加えるようにした。



 しばらく様子を見て、マリアンヌとルーサーに小さな仕事を任せてみた。

期待通り一定の成果を上げてくれた。

絶大な成果は要らない、何事も小さな事の積み重ねなんだ。



「驚いたわ。こんな短期間で本当に人は変わる事が出来るのね」

「そんなに変わったかな」

「ええ、完全に別の人よ」

「それって喜んでいいのかな」

「もちろんよ」


 マリアンヌと2人で市街をに来ている。

並んで歩く2人の手が触れあった。

どちらからでもなく指先が絡まり手を繋いだ。

これなんだな、昇が大事にしたかったのは。

もちろんそれだけではないけれど、このぬくもりは大事にしよう。

どうしてもその気持ちを伝えたくなった。


「大好きな婚約者と手を繋げてとても嬉しいよ」

「あら、今でも婚約者と思っていてくれたの」

「当り前さ。僕の相手はマリアンヌだけだよ。これからもずっと」

「私もよ。アンソニー」


     *

     *

     *


 数年が過ぎた。

俺に続いてマリアンヌとルーサーが成人した。


 最近はそれぞれで仕事を動かしている。

俺達3人はそれぞれの仕事以外に1つの大きな仕事に取り組んできた。

それを急がなければならないようだ。



 このところ体調が優れなかった父の容体が急激に悪化している。

本当に時間が無くなった。

俺達は主な関係者に根回しを始めた。



 とうとう父が亡くなった。

葬儀を済ませると僕達は根回しの成果を実行に移した。


 父が2つの公国を統合して大公国を名乗ったこの国をまた2つの公国に分割する。

周りの公国とのバランスを考えて3人と周りの関係者達とで出した結論だ。

大国として力を誇示するのも1つのやり方だが、下手をすると周囲が団結して袋叩きに合う可能性もある。

それよりは2つの公国として団結を見せる方が問題が少ないと考えたのだ。


 この国は弟のルーサーが治める。

もう一つをマリアンヌと俺が治める。



「さぁ行こうか。マリアンヌ!」

「えぇ、私達の国へ!」


 俺が差し出した手をマリアンヌがしっかりと握る。

大事な大事な人の手だ。

これからも絶対に離さない。



 俺とマリアンヌは前を向いて歩き出した。

俺たちの国『ベルナッダ』とルーサーの国『アルテ』が手と手を携えて共に進める未来に向かって!!

お読みいただきありがとうございます。

★1つでも2つでも構いませんので、評価いただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。


長編の『テンプレ転生顛末記』を読んでみようかとお思いの方は「小説を読もう」のキーワード検索で「テンプレ転生」と打っていただくと上の方に現れますので、よろしくお願いします。

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