3.何もない【拳】と【戦い】
「父さん.....」
壁にもたれかかったままの彼に涙とともに黙とうをささげる。
冒険者が死んだらその死体を処理するのが決まり。なぜならそのままにして放置すれば、ゾンビとなり他の冒険者を襲うから。
だから適切に処理をし、魂を弔わなければならない。
なのだが。
ダンジョン内の壁や床は固く、破壊することは不可能。
だから、地面にの下に寝かせることはできない。
火葬しようにも、今の彼の持ち物は何もない。
火属性の魔法で燃やそうにも彼は魔法自体が使えない。
いつかここで朽ち果て、消えるまでこのまま。
悲しい記憶のまま。ここに残る。
何もかも失った、武器も、食料も、家族すらも。
のこっているのは僕だけ。
一人ぼっちだ。
冷たい壁が彼女を包む。
呆然と座り込むシェリー。
ぼーっと、遠くを見ていた彼女は一本の剣が落ちていることに気がついた。
「あれは...」
そうか、男たちが落としていったのか。
僕は立ち上がると、ゆっくり近づき地面に落ちた剣を拾い上げる。
ショートソードよりも短い、彼女の丈にあった剣。
柄の部分を確認するとそこには『シェリー』という文字が書かれている。
これは、王都で父さんに早めの誕生日プレゼントとして買ってもらったものだった。
「これだけは、残ってたんだ」
鞘から刀身を出し、優しくなでる。
ふふ、どうせ僕はもうここで死ぬだろう。
きっと、冒険者の街に戻っても、さっきみたいな目に合うんだろう。だから、だったらいっそ。
剣を思い切り鞘から引き抜き、自分の首元に近づける。
ーいいか、シェリー。いつかお前も独り立ちすることがあるだろう。その時はー
「こいつで、命を守れ」
はは、そういえばそうだった。
お父さんは、こいつを使って自分の命を守れって。
思い出し、思わず剣を手放す。
固い土にカランカランと乾いた鉄検の音が鳴り響く。
「何やってんだろ、僕。わがまま言って、ついてきて....お父さんが死ぬ原因作ったの僕じゃないか。そして、勝手に父さんに期待して。ずっと父さんに苦労かけて....そして、命がけで守ってくれたのに」
ぼろぼろと涙がこぼれ、地面にシミを作る。
泣くことしかできなくて、今も一歩も踏み出せないで。
そんなんじゃ、父さんが報われないよ。
シェリーは言葉を吐き捨てると、剣と鞘を拾い上げると、それを背中に括り付ける。
行かなきゃ、生きなきゃ。特に生きる意味は今は持てないけど。
彼は一度袖で目をぬぐうと洞窟の奥へ向けて歩き出す。
悲しいけど、泣きたくてここで今にも崩れ去りたくなるけど。
シェリーは一度自分の心臓を握りしめる。
服がくしゃりとゆがむ。
お父さんが、守ってくれた命。今ここで失うわけにはいかない。意地でも。
「意地でも、この世界で。命を懸けて抗ってやる」
『そして、父さんを殺した。あいつらを。見つけ出して殺してやる。』
今ここにシェリーの戦いが始まった。
ざっざっという足音を立てて進むシェリー。
薄暗い中、壁にかかった魔法水晶式の松明を頼りに進む。
これからどうしよう。まずは地上に、いや。
僕の脳内に先ほどの冒険者たちの姿が思い出される。
憧れていた彼らの最低最悪な姿。
それは僕の頭にしみついている。
『あいつらはいつか殺す。だが、今じゃない。
今あいつらと戦ったって絶対倒せない。むしろこっちが倒され、奴隷として売られてしまう。いや、もしかしたら殺されてしまうことだってあり得る。』
「なら」
僕はダンジョンの奥を見やる。
黒い闇が僕を誘うようにその咢を開いて待っている。
このダンジョンの最下層はいくつかのダンジョンと交わる地点だ。
そこから、別の街へと行く。あいつらに見つからないように。
....無論、それは到底簡単な道じゃない。
いくつもの困難が待ち受けるだろう。だが、今引き返すより、ずっと生き残れるだろう。
「奥へ進む、それしかない」
無論、シェリーはダンジョンを甘く見ているわけじゃない。ちゃんとした考えがあってのことだ。
先ほど起こったゾンビたちの隊群。あれは通称【魔物暴走】と呼ばれる現象だ。あれが起こった後、ダンジョン内の奥地の魔物は圧倒的に少なくなる。
そして、入り口は魔物の群れであふれかえる。つまり、入り口は危険地帯になっている。
そのことも知っているため、彼は奥へ進むことに決めたのだ。
息をひそめ、静かに行動する。
比較的少なくなるといっても魔物すべてがいなくなるわけじゃない。
魔物は、沸きでてくるのだ。
これはダンジョン特有の現象で、原因はいまだ解明されていない。
シェリーが何度目か分からない角を曲がろうとした時だった。
からからという乾いた音がし彼女はつばを飲み込む。
「....もしかして、やっぱり」
気配を殺し、顔だけ角から出して見やるとそこには一体の白骨がいた。
だがそれはただの白骨化した哀れな犠牲者ではない。なぜならそいつは今も二本足で立ち、ダンジョンを徘徊しているのだ。
【スケルトン】それがやつらの名前だ。
冒険者たちから骨野郎と称される白骨の魔物。
だが、そんな恐ろしい見た目に反して危険度はそんなに高くない。
その理由は、力がそこまで強くなく移動速度が遅く、さらに脆い。だから、油断しなければそうそう死ぬことはない。一体だけならば...
「だけど、その能力は厄介...だったよね」
今なら奇襲できる
【スケルトン】が背中を見せているのを確認した彼はゆっくりと近づく。
まだ、遠い。もう少し....もう少し....あと一歩
ゆっくり、ゆっくり。息を殺し近づく。
シェリーの剣は短い。そのため、普通よりも距離を詰めなければ、剣が当たらないどころか下手したらかすりもしない可能性がある。
一撃で決める、そう思ってごくりと彼がつばを飲み込んだその時、足に何かがぶつかりスケルトンの方へ転がっていった。
しまっ⁉
静かなダンジョンの中にこつんと小さな音が鳴る。
二人の間に無言の空間が広がる。
....ごくり。
【スケルトン】に目を向ける。
ばれて、ない?そうほっとした瞬間だった。
「ガタガタガタガタガタ」
「キャ⁉」
【スケルトン】が歯を打ち鳴らしながら振り向いた。
不気味な顔面に潜む真っ黒い瞳孔が僕を見下ろす。
ばれた⁉
「くっ...」
鈍感なスケルトンの腕を躱す。
そして、剣を引き抜く。
ふぅ、奇襲は失敗したかぁ。だけどま、問題はない。
シェリーは深呼吸をすると【スケルトン】へ向けて駆け出す。
バキッ。
それを見てもう一度殴りかかろうとする【スケルトン】の腕を切り落とす。
「はぁ!」
そして!もう一撃。
ギュッと地面を踏みしめ勢いをつける。
「これで、終わりだ!」
返す刃で【スケルトン】の脊髄を切断。
ゴキリという鈍い音がして首が吹き飛び、グシャリと転がる。
地面にたたきつけられた頭部が割れ、破片が飛び散る。
胴体は力を失い、地面に激突。骨が間接からバラバラになった。
「はぁ、はぁ」っと息を整えるシェリー。
ふぅ、実戦は初めてだったけど何とかなったな。これも父さんのおか...げ?
その様子を見てシェリーは胸をなでおろした。
その時だった。
「さてとこれで...っ⁉」
カラカラ....カラカラ....カツン、カツン、カツン、カツン
闇の中から聞こえてくる不気味な音。
一体じゃない、複数....そうだった!
【スケルトン】には厄介な【スキル】がある。それこそが【骨振動】。
いくつもの冒険者たちを葬ってきたその凶悪な能力の効果は....
「「「「カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ」」」」
「ひぃ!」
そう、やつらは自らの骨を打ち鳴らし仲間を呼び寄せるのだ。