つまらない会話
カフェの奥の席で向かい合って座る二人の男。
片方があくびをした。
B「どうした?寝不足か?」
A「うん。ここ最近ゆっくり寝れてねえんだよな」
B「良くねえなあ。いいか。睡眠をおろそかにするということは、生活をおろそかにする、もっと言うと、人生をおろそかにするのと同じなんだ」
Bはそれを自分の過去の経験から学んだらしく、その話を始めた。
B「俺もつい最近、1ヵ月くらい前かな。3連休があったから、そこに昼のバイトを全部入れたんだ。3連休を3連勤にしたわけ。でも友達は3連休のままだから、夜更かしして皆でゲームとかしてるんだよ。俺が3連勤になったことも知らないで」
Aは打つべきところでしっかりと相槌を打っている。
B「もう二日目のバイトの時点で超眠いの。作業としては簡単なはずなのにミスしまくりで」
A「え、お前も夜更かししたの?」
B「うん。みんなで楽しんでゲームやるの、やっぱり好きなんだよね」
A「まあそれは分かるけど。ちなみに、バイトって何のバイト?」
B「交通量調査」
A「え、交通量調査って、そんな連続的に調査しないとダメなの?」
B「え?ああ、そっか。違う違う。俺、そういう、交通量調査のバイトだけを取り扱ってる会社に、所属?みたいなのしてるから。だから、3日とも違う場所で調査してたんだよ」
一か月前は6月。
そもそも3連休になる理由が分からないし、雨の日の可能性が高い期間に交通量を調査させる企業もどうかと思うが、その企業に「3日間暇になったので、働かせてください」と手を挙げることのできるBも変な奴だ。
A「なるほどね。じゃあ、ミスっていうのはカウンターの押し間違いのこと?」
B「大正解。眠すぎて何をどうカウントし間違えたのか覚えてないけど、後々偉い人に怒られたのは覚えてるよ。しかも理詰めで。考えられるか?交通量を知りたがってた人が、怒るときに感情をそのままぶつける人じゃなくて、論理を組み立てて反省させてやろうって人だったってこと」
A「十分考えられるだろ」
B「まあとにかく、どんな理由であろうと、夜更かしってのは人生の大敵だ。これだけは肝に銘じろよ」
A「そう言われてもねえ」Aはストローに口を付ける。
Aは時計を確認した。23時59分。50秒。
A「でも、俺の夜更かしにはもっとちゃんとした理由があるんだよ。お前のより格別なやつがな」
B「知らねえよ。分かってねえな。聞いてたか?俺の話を。どんな理由があろうと、夜更かしはよくない、って話だよ」
A「いいや、お前はこの理由を聞いたら、きっと『それなら、仕方ないか』って答えるね」午前0時0分。12秒。
Aはカバンから袋を取り出す。可愛い袋にピンクのリボンが結ばれており、髭を蓄えているAの姿からは想像できないラッピングだった。
B「え、なにこれ。どこから盗んだの?」
A「違うよ。プレゼントだよ。携帯見てみろ」
0時00分。ちょうどBの誕生日が訪れたのだ。
B「あ、そっか。俺誕生日だったわ。え、じゃあ、誕生日プレゼント?」
A「そうだよ。おめでとう」
B「うわあ、ありがとう。開けていい?」
A「いいよ。中身はね、手編みのセーターだよ」
B「あ、開ける前に教えちゃうんだね」
A「え?」
B「いや、まあいいや。なんでもない」
B「ん?手編みのセーター?」
A「そう。俺不器用だからさ、作るのにマジで時間かかっちゃって」
B「そうだな。不器用だよな、お前って。そこしか気になってねえよ、俺は。本当に大丈夫なのか?」
A「大丈夫だよ。それと、俺、この作業のおかげで、特技身についたんだよ」
B「まさか、手編みで何か作るのに目覚めたのか?ハンドメイドの店、開くのか?」
A「そんなんじゃないよ。不器用だし。でも寝不足の話に戻るけど、それこそ、俺の特技ってのは睡眠に関することだ」
B「お前、まさか、夢のショートスリーパーになったのか?」
A「惜しいけど違う。なんだよ、夢のショートスリーパーって」
B「俺の唯一叶えられない願いなんだよ、ショートスリーパーは。じゃあなんだよ、特技って?」
A「実はな、半身だけ起こして、もう半身だけで寝かせることができるようになったんだ」
B「はぁ?馬鹿言うな。クジラやマグロじゃねえんだから」
A「ああ、違うよ。クジラやマグロみたいな、左半身、右半身じゃないよ。上半身だけ、下半身だけを寝かせられるようになったんだよ」
B「はあ?そっちの方がよっぽど現実的じゃねえよ。下半身だけ起きてるってどういうことだよ。下ネタか?」
A「ちげえよ。でも本当なんだよ。だから、そのセーターも、上半身が寝てるときは下半身で編んだんだよ」
Bは一度言葉を失う。
少しの沈黙が流れる。
A「どうだ。プレゼント、喜んでくれたか?」
B「いやそれどころじゃねえよ。お前の新しい特技に対する疑問点が多すぎて、年齢が一つ増えたことなんてどうでもいいわ。じゃあ、足で編んでるときは、目はどうなってんだよ。上半身寝てるんだから、なんも見えねえじゃねえか」
A「じゃあ、お前は、目をつむってシャンプーが出来ないのか?目をつむって歯磨きが出来ないか?目をつむって爪を切れないのか?」
B「それは、自分の体を触ってるんだから、編み物とは少し違うだろ。それに、爪切りはさすがに見ねえと出来ねえだろ」
A「細かいことはいいんだよ。とにかく、俺は下半身だけ起きて、セーター編むことが出来たんだよ。実際編んでるんだからいいだろ?」
B「うーん、まあいいや。どうでも」
Bは袋を開け、中からセーターを取り出した。
A「どうだ、俺の手編みのセーターは」
B「手編みというか、手足編みだけどな」
セーターは、シンプルなデザインだった。「誕生日おめでとう」といった文字が入ってるわけでもなく、ろうそくの灯ったケーキが入ってるわけでもない、何の文字も絵もないシンプルなセーター。ただ、
B「ボーダーなのかよ。無地でよかっただろ」
A「いやあ、下半身はどうやら黒が好きらしくて。起きたら下半身が編んでる部分だけ黒くなっちゃってたから、仕方ない、もうボーダーにするか。って」
B「なるほど、黒は下半身が担当してたんだな。どおりでボーダーの幅がバラバラなわけだ」
その後、二人はカフェを出た。その日の最後から二番目の客だった。
一人は空のバッグを持ち、もう一人は、季節外れも甚だしい白と黒のセーターを腕にかけていた。




