彼女が死んだ。なのに僕の隣にいる。どうやら異世界に行ってきたみたいだけど、それは僕しか知らない
パッと思いついた短編です。
六月十五日。朝。
僕の目の前で彼女が刺された。
相手が誰かなんて分からない。見たことも無い。どこにでもいそうでどこにもいないような狂った目で、僕の彼女である矢下優乃の腹部を刺した。
その足元には血が流れ落ち、出来た水溜まりに血の雫が落ちて波紋を作っているのが見える。
「ひ……なた……にげ……て」
優乃が僕の名前を呼んで逃げるように言ってくる。それだけ言った後、糸が切れた操り人形のように男に寄りかかるけど、男はそんな優乃を殴って地面に転がした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
僕は声をあげて足を動かそうとする。
だけど動かない。逃げるために動かそうとしているのか、優乃を刺した男に憎しみをぶつける為なのかですらもわからない。
そんな中、男が泣きながら僕の目の前にくる。
なんで泣いてるんだよ。それはこっちの方だって言うのに。
そんな事が頭によぎった時、僕、佐久間日向の視界は紅く染まった。
◇◇◇
目が覚めた時、僕は自分の部屋にいた。
いつも着ているパジャマを着て、ベッドの中で目が覚める。
あんな事があったのに、僕はいつも通り過ごしたのか? 記憶がない。ないけど自分の行動が信じられない。
大好きで大切な恋人の優乃が死んだっていうのに。
「ううっ……! 優乃っ! うあ……あぁぁぁぁっ!」
体を起こす気にもなれず、そのまま布団の中で泣く。泣き続ける。
泣いても泣いても涙なんて枯れることなく流れ続ける。いっそこのまま自身の命も枯れてしまってもいいと思いながら泣く。
そんな時、僕の部屋のドアがノックされる。
「日向? 起きなさい。学校は〜?」
母さんの声だ。
学校? そんなの今行けるわけないじゃないか。それに母さんだって優乃と仲良かったはずだろ? その優乃がいなくなったんだぞ? なんでそんなのんきな声で言えるんだよ。
「日向〜?」
「行かない」
僕は部屋の鍵をかけてそれだけ言うと布団に潜り込む。
行かない。行くわけが無い。行って優乃が座っていた席に優乃がいないのを見るのが耐えられない。
だからもう二度と行かない。
「え? ちょっと? 行かないってどういうこと? ちょっと日向?」
ガンッ!
「っ!」
それでもそんな事を言ってくる母さんに対して僕は、近くにあったスマホをドアに向けて投げつける。
それでやっと階段を降りていく音が聞こえた。
スマホも壊れた。もういいよ。どうでもいいんだ。
下から何か話し声が聞こえるけど、きっと僕の事を言ってるんだろう。知らないよ。
だけどそのすぐ後、また母さんの声がする。
「日向? 優乃ちゃんが迎えに来てくれたのよ? だから出てきて?」
また何を言ってるんだ? 優乃はもういないのに。
あぁ分かった。そういえば僕が怒って部屋から出てくると思ったんだ。そんなわけない。馬鹿にするな。だから無視して布団を頭から被る。
しばらくすると階段を降りていく音が聞こえ、その音が聞こえなくなってから顔だけ出してドアを見つめた。
その時──
「ひなたっ!」
聞き覚えのある、間違えようが無い声と共にドアが割れて足が飛び出てきた。
「へっ!?」
僕が驚いているとその足はドアの向こうに消え、代わりに白い腕が出てくる。その腕はバタバタと動き、ドアノブを見つけると鍵を開けてすぐに引っ込む。
そして、カチャって音と共にゆっくりとドアが開かれた。
「ひなた? 登校拒否するなんて、何があったのですか? 電話しても繋がりませんし、嫌われたかと思いました」
「ゆ、優乃……なの?」
「はい。あなたの恋人、優乃ですよ?」
「なっ……!」
そこに現れたのは死んだはずの優乃。長い黒髪に優しそうな大きな瞳。その目が僕を見ている。なんで? どうして? わけがわからない。
そもそも優乃はドアを蹴破れるような子じゃない。だけど僕の視線の先にいるのは紛れもなく優乃の姿だ。
とうとう僕は頭がおかしくなったのか。
「どうしたんですか? そんな驚いた様子で……あ」
優乃は何かを思い出した様な顔になると、すぐに優しく微笑んで僕の目の前に来る。
そして、クラスの中でも大きい方のその胸に、僕の頭を抱き寄せて包み込んだ。
その時、頭の上で何かが光った様な気がするけどきっと気のせいだろう。
「優乃!?」
「ごめんなさい、ひなた。そうでした。つい、《《この世界に戻った》》喜びで忘れていました。とは言っても戻ったのはついさっきなんですけどね。ひなた、大丈夫ですよ? 私はちゃんと生きています。私は矢下優乃本人です」
「せ、世界? 戻る? いったい何を言ってるんだ?」
「そうですねぇ。話すと長くなるので、歩きながら説明しますね。ですからひなた? まずは着替えて朝ごはんを食べましょう」
そう言って一人下に降りていく優乃。僕は混乱した頭のままで制服に着替えて下に降りる。
母さんは、「母親じゃなくて彼女の言うことなら聞くなんてねー」って言って笑ってたけど、優乃は「はうぅっ! 彼氏の制服姿がまた見れるなんて……尊い……」って言いながら涙を流して僕の口にパンを突っ込んでくる。
わけがわからない。
確かに目の前にいて、母さんと会話もしているから幽霊なんかじゃないんだろう。もしかしてアレは夢? だけどあんなリアルな絶望が夢とは思えない。
なら、今見ているのが夢?
そんなことを考えながら口に入れられたパンを咀嚼していると、テレビからこんな声が聞こえた。
『本日、六月十五日の運勢は〜……』
……え? 六月十五日? そんな馬鹿な! その日は《《昨日》》だったはず! だから今日は十六日じゃなきゃおかしいんだ。
「ひなた、そろそろ家出ないと遅刻です。行きましょう」
「え、あ、うん。でも……」
「大丈夫です。今日が十五日な理由も説明しますから」
「!?」
「ふふっ、びっくりした顔してますが、もっとびっくりするかも知れませんよ?」
その後、僕と優乃は母さんに見送られながら家を出た。こうしてまた並んで歩けるとは思ってなかったな……。
と、そこで僕は辺りを見回す。この場所は……っ!
「優乃! 逃げよう! ここにいたら危ない!」
この場所は優乃が刺された場所。そして今日は六月十五日。これが例え夢だとしてもまた優乃が刺されるところなんて見たくないっ!
「大丈夫ですよ。私は《《もう死なない》》ですから」
「優乃? 何を言ってるんだ!? 《《もう》》ってどういうことなの!?」
「それは……来ましたね」
優乃が何かを言いかけて視線を前に送る。
するとそこには、あの男が薄気味悪い笑顔で立っていた。手には大きなナイフ。アレだ。あれで優乃は刺されたんだ!
「ゆ、優乃! はやく逃げないと!」
僕がそう言った時にはもう、男はナイフを持ってこっちに走ってきていた。間に合わないっ!
だから僕は優乃の前に体を投げ出し、身代わりになってでも守ろうとした。そしてナイフが僕の目の前まで迫ってきたその時、
「【拒界】」
後ろで優乃が何かを呟く。するとナイフは止まり、その切っ先を中心に空間が歪んで波を打ってるように見えた。
「私の事を守ろうとしてくれる愛しい人。その人に刃を向けた事を後悔しなさい──【顕現せよ。愛染月天 ガディ・ルナ】」
優乃がそう言うと、その手にはいつの間にか白銀の細身の剣が握られている。そしてそれを器用に手のひらで回して逆手に持ち、
「全てを忘れ無に還れ──オブリヴィオンサークル」
そう言って地面をトン、と突いた。
「わっ!」
その瞬間白銀の粒子が円形に拡がり、その眩しさに僕が目を閉じて再び開くとそこには、まるで赤ん坊のように泣きながら地面に転がる男の姿。
「なっ……! 今何が!? それにその剣はいったい……」
「ふふっ、驚きました?」
まるでイタズラが成功したかのような顔で僕の事を見てくるけど、はっきり言って驚くどころじゃない。何かを聞きたいけど何から聞けば良いのかわからず、口だけがパクパク動いてるのが自分でもわかる。開いた口が塞がらないって言うのはこの事を言うんだろう。
優乃はそんな僕の姿を見ると、剣を構えてポーズをとってこう言ったんだ。
「私、ちょっと異世界行ってきたんです♪」
僕はその姿を見て、可愛いでも綺麗でもなく……カッコイイと思ったんだ……。
◇◇◇
「と、言う訳でですね? あの時、私は確かに死んだんです。そして《《ひなたも》》。そして異世界に今の記憶を持ったまま転生しまして、そこで世界を救ったらご褒美に死ぬ前の元の世界に戻して貰えたんです。更に向こうの世界で身に付けた力もそのままで! どうですか? 凄くないですか? ひなたが読んでるラノベみたいですよね!」
「え、あ、うん。そだね……」
「それで早く《《また》》ひなたに会いたくなって迎えに行ったのに、ひなたが部屋から出てこないって言うじゃないですか! ですからちょっと強行突破させてもらいました。そうしたら落ち込んだひなたを見たら、私が死んだことで塞ぎこんでいたようなので、精神耐性を上げて、落ち着きを取り戻す魔法を使いました。ちなみにドアは今頃直ってると思いますよ? 自然修復の魔法をかけておいたので」
「あー、あの光ったのはそれかー。それであんなに頭がスッキリしてたのかー」
「……ひなた? どうしたんですか? 言葉に感情が乗ってませんよ?」
「ちょっと待って? 今頭の中整理してるから」
あの後、警察に通報した後すぐに僕達は学校に向かって歩き始めた。その道すがらにいろいろ説明をされたんだけど、なんていうかその……情報量が多すぎて頭が追いつかない!
えっとつまり、僕達が死ぬ前の時間に戻ったから今日が六月十五日って事なんだよね。うん、納得。
こんなに早く納得できるのも、その魔法のおかげなのかな? まぁいいや。
優乃も心配そうに僕の顔を覗き込んでくるし。心配させるわけにはいかもんね。
「ひなた?」
「ん、大丈夫だよ。優乃は優乃で変わらないんだもんね。それだけで僕は充分だよ」
「〜〜〜〜っ! 好き好きっ!」
人の往来がある場所だって言うのに、そんなのお構い無しに抱きついてくる優乃。いや、抱きついてるって言うよりは、僕が抱き寄せられてるって言った方が正しいかもしれない。
なぜなら、僕の顔は優乃の胸に押し付けられているから。
「っぷ! 優乃!? ちょっと苦しいよ!」
「ひなた、エッチしましょう!」
「なんで!?」
「したくないんですか?」
「いや、そういう訳じゃないけど、いきなりだったから……」
「私は前からしたかったですよ? だって私達《《まだ》》じゃないですか。それに、早くしないと彼女達が……」
「確かにまだだけど……ん? 彼女達?」
「あ、いえ、なんでもないです! さ、学校行きましょう!」
優乃はそう言うと僕の手を握って歩き出す。僕もそれに合わせて隣に並んで歩く。
まぁなんにしても、優乃が傍にいるならそれで幸せだからいっか!
「そういえば今日、小テストあるって言ってたね」
「え……私、結構長い間向こうにいたので勉強追いつけるでしょうか……」
「あ……」
なんてことを話しながら歩く。
その時はまだ、優乃の異世界での仲間達がこの世界に転生していたなんて知らないままで──。
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