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確認と独走

「今日はありがとうございました、お嬢様。試験も何とかなりそうです」


 ふわふわで触りたくなるような茶色の髪を揺らしながら、春名は一つ美しい礼をした。胸に参考書とノート、そして主人公から教えてもらった時に使った紙類をきゅっと抱きしめる様子は、天使かと思えるくらい可愛い。

 はあああああ、これが見たかったんだよ。この乙女の表情! やっぱり、推しだわ。

 自分がやったことに満足しながら、「どういたしまして」と心の興奮は隠しながら言う。心の声を出してしまう優樹菜はキャラじゃないよね。気を付けないと。

 あの後、扉でこっそりと、かつ心行くまで覗いたら、諒を連れて普通に入室した。諒は何か考え込んでいる様子だったが、その後邪魔をしてくることはなくなったので、スルーして勉強するふりを続けた。たまに席を外しながら、二人っきりの時間もつくるようにもして。あ、もちろん邪魔な諒も連れて行ってね。諒は何だかずっと笑顔だったけど。つつがなく勉強会は終了し、主人公は帰っていった。あまり話せなかったので、学校で謝っておこう。まあ、主人公自身あんまり気にしてない感じだったけど。

 その甲斐あってか、若干二人の雰囲気が変わったように感じた。ギャルゲー専門で極めていたわたしの勘だけど。春名は主人公と話す時、ぴりっと引き締まった雰囲気ではなく、ふんわりとした柔らかいものになっているし、主人公は主人公でそわそわとしている感じがある。

 …いい感じじゃないか? このまま、幸せそうな春名を見ることができる&侍女から外れるのを回避できるじゃない!!

 スキップしたくなるような衝動を抑え、春名を連れて自分の部屋に戻ろうとすると、諒が出てきて声をかけてきた。


「お嬢様、少々時間をいただいてもよろしいですか?」


「はい?」


 もうやりたいことをやり切ったので、春名下げの諒とは関わる必要はない、というか、遠慮させていただきたい。でも、春名の兄だから今後、関わることはあるのかもしれない。


「真琴にとって、メリットのある話です」


 嫌そうな表情をしてしまっていたのか、諒は笑顔のままわたしに近づき、こっそり耳打ちしてきた。後ろで春名が「兄様!」と窘めていたが、諒はこれっぽっちも気にしていない。春名にとって良い話なら、春名下げではなさそう。それなら、話くらいは聞いていいかな。


「わかりました。春名、少し席を外してくれる?」


「そういうことだ、真琴。少し待っていてくれ」


 嬉しそうに話す諒は無視して、わたしは春名に「すぐに終わりますから」と声をかけた。春名は少し考えたと思ったら真剣な顔をして、「外におりますから、何かありましたら大きな声で私を呼んでください」とこっそり耳打ちしてきた。

 大きな声…? 何も危険なことはないのだけど…。

 ぽかんとしたわたしの表情を見て、春名はにこりと微笑むと、諒の方に向き、同じように耳打ちした。まさか春名から来るとは思わなかったのか、諒は驚いた表情からすぐに耳を赤くした。


「そんなこと、まだしない!!」


 不機嫌そうに春名を追い払いながら、諒は柄になく言い切った。…あら、珍しい。

 興奮を誤魔化すかのように、わたしの部屋の扉を開けて、諒はわたしの入室を促した。わたしは「では、終わりましたら声を掛けますね」と春名に一言言ってから入室した。後に諒が続き、ぱたんと扉を閉める。


「では、話とは何でしょうか?」


 さっさと終わらせたいので、すぐに話をするように諒を促す。諒は女の子が見たら目がくらむような笑顔を向けてきた。…わたしは枯れ女だから、意味ないけどね。


「真琴の話の前に、お嬢様に一つ聞きたいことがあります」


「なんでしょう?」


 早く春名の話をしろよ、と心の中で突っ込みをしつつ、とりあえず話を聞くことにする。


「お嬢様は、門矢のことを好きなのですか?」


「はい?」


 突然のぶっ飛び質問で、思わず聞き返してしまった。

 なぜ、そうなる? 今日のわたしと主人公の様子見てたよね? しかも、ほとんど話してなかったじゃん、主人公と。


「おかしいです! なぜそんな話になるのですか!」


「そういう風に反応なさるということは、そういうことではなさそうですね」


 とても嬉しそうに諒が言うのを、睨みつけた。諒はその様子にも全く気にすることなく、話を続ける。


「これが分かっただけでも十分な収穫です。さて、お嬢様。私が見たところ、お嬢様は真琴と門矢をくっつけようとしていませんか?」


「……」


「沈黙を肯定と受け取っておきましょう。結論から言うと、真琴は少なからず門矢を好いてはいますよ」


 思わずがばっと身を乗り出してしまった。反応してしまったことで、完全に肯定したことと見なされたのだろう、諒は自分の考えが当たっていたことに満足しているかのように、笑みを浮かべた。


「理由を伺っても?」


「真琴が持っているペンです。あれは、門矢から贈られたものでしょう。あれをずっと大切に持ち、触れています。本人が自覚しているかは分かりませんが、真琴は大切なものほど身近に置き、守ろうとする癖があります。物に執着することはなかったのですが、あの様子からあの贈られたペンは相当大切なものなのでしょう」


 よく春名のことを見ているな、さすが兄弟といったところか。じゃあ、なぜ春名下げなの? という疑問が湧くが、諒はそのまま話を続ける。


「あとは門矢の気持ち次第かと。お嬢様がなぜ、そのような行動をなさるのかは存じませんが、それならば私もお手伝いさせていただきます」


「はあ? なぜ?」


 今までの春名への態度を思い返しながら、諒の提案に首を傾げる。


「お嬢様に害がないのならば、お嬢様の願いを叶えるのは私の役目だからです」


 いやいや、それ建前じゃん、としれっと言う諒に突っ込みを入れる。絶対それって違うよね? 否定するのも面倒くさいので、スルーしておこう。わたしの華麗なスルーを了解と受け止めたのか、諒は満足そうにまた笑みを浮かべた。


「お嬢様が門矢のことを気にかけていましたので気になってはおりましたが、杞憂でした。まあ、もしお気持ちが門矢にいっておられたなら、責任問題として真琴を問い詰めておりました。良かったです」


 え、今聞き捨てならないこと聞こえたよ? やっぱり、ゲームでの春名は諒が関わって、わたしの外れてたんだ!!

 ぼそっと言った諒の意地の悪い言葉に驚きながら、春名が悲しむようなルートを回避できたことに安堵した。


 …諒という、面倒くさい仲間ができましたが。


読んでいただき、ありがとうございます。

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