閑話 苦悩と嫉妬 諒視点
私は、春名諒。名家である七宮家に仕える24歳だ。
春名家は代々七宮家に仕え、業務をサポートしてきた。私の両親も七宮家の当主に仕えている。私自身も今は当主に仕えているが、行く行くは次期当主の方に仕えることは内定している。
次期当主は、七宮優樹菜様。美しい夜空の色の髪に、微かに輝く茶色の瞳。道を歩く姿は百合のような方だ。次期当主であることに対して思い上がることもなく、幼少期の頃から日々努力をされる。そんなお嬢様だからこそ、私は幼少期から見守っていて、これからもずっと傍にお仕えしたいと思っている。できれば、早くお仕えできたらと思っている。
しかし、七宮家の業務補佐をするためには知っておかねばならないことが多い。だから、なかなかお嬢様にお仕えすることができない。両親は、「優樹菜お嬢様には真琴がいるから、そんなに焦る必要はない」と言うが、正直腹立たしく思う。今後、真琴も七宮家の中枢にいくことが決まっているのにも関わらず、それに釣り合う努力をしようとする姿が見られない。それならば、私が真琴に代わり支えていきたいと思うのに。両親もそのことに関しては一貫して、「まだ時でない」と言うのだ。何を考えているのか、私には理解できないし、何の障害もなくお嬢様の傍にいることができる真琴を妬ましく思う。
「編入生だと?」
二学期が始まり、真琴から本日の報告を受ける。お嬢様のクラスに編入生が入ってきたようだ。聖コバルト学院高校に編入するためには相当な学力が必要であるが、それをパスしたということはその編入生も学力が高いのだろう。ただし、お嬢様の成績ほどではないと思うが。お嬢様は、高校入学時に高校で履修する内容をすべて終えている。相当の努力が必要なはずだが、お嬢様は辛そうな顔一つせず終えられた。本当にお嬢様は素晴らしい。私が窓の外をじっと見つめていると、真琴は続けた。
「はい、門矢匠様です。持ち物がきちんとそろえられていないくらい急な編入だったようです。そのことに対して、お嬢様は気になさられて、今日の午後に買い出しへ行かれました」
「なんだと?」
私はお嬢様が取られた行動に驚く。お嬢様は他人に対して心を開くということに時間がかかるため、ほとんどの人に興味を示すということがない。そんなお嬢様がその日に出会った人物に手を差し伸べるだと…!?
「お前は特に害は感じなかったのか?」
「はい。門矢様は七宮家、そしてお嬢様に害を加えようとする素振りも見せませんでした。そして、今後も…」
そう言いながら真琴が左胸ポケットに手を触れているのが窓に映った。
「下がっていい。今後も編入生を監視し、報告しなさい」
後ろを振り返ると、真琴がびくりと体を震わせた。左胸ポケットに当てられていた手は下ろされていた。
…あれは、ただのペンか。なぜ、それを気にするのか…。
そんなことに気を取られているうちに、真琴は「はい」と無機質な声で返事をすると、部屋を去っていった。そして、私は携帯を取り出し、電話を掛けた。
「…私だ。一つ、聞きたいことがある」
相手は、お嬢様と同じクラスの男子生徒だ。いろいろと縁があって情報をもらっている。
男子生徒が言うには、確かに編入生と午後、買い物に行かれたそうだ。そして、初めの学校案内もお嬢様自ら提案し、されたそうだ。これは真琴からの報告になかった。クラスは別といえ、同じ学院にいるのだから調べるなりしておかなければならないのではないか? 私は苛立ちを隠せないまま、今後の協力を頼んで雑に電話を切った。
そこまでお嬢様が気にする編入生…、今後何かあるに違いない。
私はそう確信して、編入生・門矢匠の情報を調べることにした。情報は多いことに越したことはない。
門矢匠のことを調べ始めて数日が経った。
真琴の報告通り、門矢は両親の急な転勤で編入してきたようだ。両親ともに一般的な会社に勤める方のようで、人間性・社会性に問題があるわけではない。門矢本人も前の学校でも模範生徒だったようだが、特筆すべきことはない。お嬢様が気になさった理由が全く分からない状態だった。
真琴は当たり障りのないことばかり報告してくるが、別の報告によればなかなか親しい間柄のようだ。一部の女子生徒からは「付き合っているのでは?」と揶揄されるほど、一緒に行動しているようである。もちろん、そこには真琴もいるのだ。真琴からはそのような報告は上がっていないので、余計に腹立たしい。
もしかすると、お嬢様は門矢のことが…。
そう考えて、すぐに頭を振る。そんなことを考えたくないし、正直馬鹿馬鹿しいにもほどがある。低俗な考えを振り払って、スーツの襟を直した。今から久しぶりにお嬢様が見えるのだ。真琴が報告時に面会を求めてきたので、即返事をした。中学生になられてからお嬢様とお会いすることがほとんどなかったため、面会を求められたことは正直嬉しい。
しかし、その喜びはすぐに打ち消されることとなったのは言うまでもない。
「ええ!春名の成績が上がれば、あなたも兄として誇らしいでしょう」
嬉しそうに話すお嬢様の姿に正直、腹が立った。面会の内容は、あの門矢と真琴との勉強会開催の許可だった。あれだけ親しくしている門矢と真琴がいるとはいえ、プライベートでも会わせたくない。
「お嬢様は今まで今の成績を保持されていたでしょう。なので学力向上には問題ありませんし、真琴の成績は真琴が何とかしなければなりません。春名家として恥ずかしい限りです」
お嬢様はむっとした表情をする。言葉の通り、お嬢様は他人と時間を共有して勉強する必要性はない。真琴自身もお嬢様の侍女として相応しいように努力をしなかったので、当然である。正直、お嬢様が怒りをあらわにする理由が見えない。
そこまで、門矢のことを気にするのか…?
「お嬢様は今までそのような戯言を言われたことはありませんでしたよね。ああ、最近、新しくお友達ができたようですが、それと何か関係はありますか?」
「は?」
ふつふつと沸く怒りを隠しきれず、思わず言葉出てしまった。なぜ知っている? というぽかんとした顔をなさるお嬢様が可愛らしくて、くすりと笑みが漏れてしまう。
「この情報をなぜ知っているという顔ですね。お嬢様の周りのことを真琴に一任していては何かあった時に困りますから、他の情報を得る手段があるのですよ」
お嬢様のためならどのような人脈も使う。だから、私が気になることもここで聞き出し、必要ならば排除させてもらおう。
「お嬢様が何を考えて行動しているのか分かりませんが、今後七宮家を背負うのですからお友達はきちんと選んだ方がよろしいのでは? 真琴にも言っているのですがね。”思惑がないとは言えない”と。それを見抜けないなんて我が妹ながら恥ずかしい」
お嬢様の目がかっと吊り上がるのが分かる。さすがに言い過ぎただろうか? しかし、お嬢様のためなら自分が悪役になってでも止めなければならないこともある。自分の言った言葉に対して考え込んでいると、
「…へえ、春名家次期当主は学院生活にまで口をはさむということですか」
というお嬢様にしては低い声が響いた。鬼の顔で迫ってくるお嬢様に驚いてしまった。
「成績を保持しているし、品行方正に勤めているわたしに対して『友達を選べ』ですって?そこまで言う権利があなたにあって?」
「わたしは七宮家に在る者。七宮家にとって良となるものの道をつくって差し上げるのが「だから、わたしの友達を春名家が選ぶということかしら」
お嬢様のためなのですよ、と伝えようとしてもお嬢様にさえぎられてしまった。しかし、こんなに感情のままに話してくれるお嬢様は見たことがない。少々嬉しいところもある。なかなか見られない姿だ。
「ただ学生生活の一環として勉強会がしたいと言っているだけですわ。恋人とデートしたいと言っているわけではないのですよ。本当に過保護ですわね」
恋人…? やはり、門矢と…? レア度が高いお嬢様をもう少し堪能したかったが、この言葉を聞いていろいろと吹き飛んだ。真琴は何を考えているのだ!? このような状況なのにも関わらず、黙殺していたのか!? やはり、真琴に任せておくべきでなかった!! それならば、やはり私自身のこの目で監視し、情報を集めるしかない。
そう考え、私は”ただの勉強会”に潜り込んで、お嬢様と門矢がどのような関係なのか確信を得ること、そして思った関係ならば断ち切ることを決意する。
「ではただの勉強会ですから、私もお手伝いさせていただきますね」
思った通りにはいきませんよ、お嬢様。
なんということ