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説得

「え、勉強ですか?」


 目をぱちくりとしながら春名が聞き直してきた。


「ええ、もう少ししたら試験でしょう?」


「そうですが…、お嬢様と勉強ですか…」


 そう言うと春名は下を向く。何か不満なことがあるのだろうか。表情が心なしかどんよりとしている。


「何か不満でも?」


「学年1位のお嬢様と勉強となると、兄が…」


「ああ…春名諒(はるなりょう)か…」


 春名諒はそのままで春名の兄だ。ゲームには全く出てこなかったので(というか関係ないので)転生してからはじめて存在を知った。歳の離れた兄なのでもう成人している。七宮家に仕えているが、優樹菜とはあまり関わりがない。どちらかと言うと父様の部下だ。

 この諒はなかなか曲者で、七宮家第一主義者筆頭だ。害になるもの、曲がりくねって敵になるものすべて排除する冷徹な人。それはもちろん春名に対しても。優樹菜の害となりうれば妹でも排除する。ゲームの世界では優樹菜ルートのエンディングで春名は何故か消える。そして終盤のイベントで「お嬢様の幸せが私の幸せなので、守ってくださいね」と悲しい笑顔で門矢に言った春名の台詞。名家である七宮家の跡取りの優樹菜と結ばれるその辺の一般人、主人公・門矢。点と点を繋ぐと何となくだが、分かることがある。おそらく春名はただの一般人である門矢との恋を斡旋したことで外されてしまったのだと思う。実際にゲームでは斡旋していたし。ただ外されるならまあ良いのだが、春名家の家庭環境、というか兄環境は控えめに言っても良くない。春名のやることなすことを監視して、助言という名の釘差しをしてくる。そう考えると外された春名の扱いは良いものではないだろう。


「お嬢様の邪魔になることなので…、兄からお嬢様が責められます。申し訳ないです」


「いいえ、ちょうどいい機会なので、わたしから諒に話しましょう」


「いいえ!そんな!お嬢様の手を煩わせるわけには!」


「ねえ、春名。諒のことがなければ、あなたは勉強会に参加してくれるかしら?」


「……それは、本当にありがたいことですが…」


 実現は難しいでしょう、という顔をしている春名を見て、何とかしてやりたい気持ちが湧いてくる。


「大丈夫です。わたしが諒にきちんと話を通します。春名が嫌な思いをしないようにじゅーぶんに!!」


 ふん!と鼻息荒く言うが、宣言された春名の方は苦笑いだ。まあ、いつか向き合わなければならなかった問題ではあるので気にしないことにした。

 では、あまり乗り気ではないが、諒に会って話をすることにするか。






「ということなので、わたしのためにも春名のためにも良いでしょう?」


 熱弁した先にいるのは、例の春名諒。春名に似た美形の諒は女子が一目見ると惚れてしまいそうな極上の笑みを貼り付けている。わたしは正直、春名が幸せであればいいのでどうでもいい。


「勉強会というのはお嬢様の学力向上と真琴(まこと)の試験対策を兼ねていると」


 真琴、というのは春名の下の名前だ。ゲームでは「春名」としか呼ばれていなかったためとても新鮮な感じがする。わたしも正直、真琴って呼びたい。自分の欲望に忠実な考えが浮かぶが、理性でぽいっとしておく。


「ええ!春名の成績が上がれば、あなたも兄として誇らしいでしょう」


 だから異論はないでしょう?と暗に言う。現にわたしの成績のためなら、七宮家第一主義の諒の主義に反していないし問題ないだろう。


「お嬢様は今まで今の成績を保持されていたでしょう。なので学力向上には問題ありませんし、真琴の成績は真琴が何とかしなければなりません。春名家として恥ずかしい限りです」


 諒がそう言うと近くにいた春名がぐっと唇を嚙みしめて下を向く。あああああ、もう!こうやって春名の気持ちを突き落とす!いらっとした気持ちをぐっと飲みこんだ。ここで怒りを出してしまっては諒のペースになってしまう。


「お嬢様は今までそのような戯言を言われたことはありませんでしたよね。ああ、最近、新しくお友達ができたようですが、それと何か関係はありますか?」


「は?」


 ぐっとこらえていた怒りが真っ白になった。こんなことを報告できるのは春名しかないが、そのようなことをこの諒にするはずがない。わたしの驚きが顔に出ていたのか、澄ました笑顔で諒は手を口元に当ててクスリと笑った。


「この情報をなぜ知っているという顔ですね。お嬢様の周りのことを真琴に一任していては何かあった時に困りますから、他の情報を得る手段があるのですよ」


 やろうとしていることはすべてお見通しなのですよ、という副音声付きの言葉にわたしは固まる。態度は何とか取り繕えていると思うが、正直パニック状態だ。それも見透かして、畳みかけるように諒は続ける。


「お嬢様が何を考えて行動しているのか分かりませんが、今後七宮家を背負うのですからお友達はきちんと選んだ方がよろしいのでは」


 一般人の主人公と付き合うのはやめなさい、と暗に聞こえる。


「真琴にも言っているのですがね。”思惑がないとは言えない”と。それを見抜けないなんて我が妹ながら恥ずかしい」


 はあ、とため息をつく諒を見ていると、我慢していた怒りがひょいと顔を出していた。

 …なんでここまで言われなきゃいけないかなあ!学校生活にまで口を出されるわたしと、妹下げをされている春名。なんか悪いことをしているならまあ百歩譲っても仕方がないが、今は恋愛も絡んでないし、お金を使っているわけでもない。ただただ友達と勉強会がしたいだけと言っているだけなのだ。

 こんにちはしてしまった怒りを押さえきれず、どんどん笑顔になってくる。


「…へえ、春名家次期当主は学院生活にまで口をはさむということですか」


 気付けばそんな言葉が漏れていた。今までの優樹菜ならまずこんなこと自体しない。それは分かっているが、分かっているが!!

 それは置いておくとして、ほとんど反論をすることがない優樹菜がぽろりと言ったことに、諒は少しばかり驚いているようだった。


「成績を保持しているし、品行方正に勤めているわたしに対して『友達を選べ』ですって?そこまで言う権利があなたにあって?」


「わたしは七宮家に在る者。七宮家にとって良となるものの道をつくって差し上げるのが「だから、わたしの友達を春名家が選ぶということかしら」


 言葉を被せて言う。こんな感情的な優樹菜はないだろう。キャラ崩壊甚だしいが、もう気にしない。


「ただ学生生活の一環として勉強会がしたいと言っているだけですわ。恋人とデートしたいと言っているわけではないのですよ。本当に過保護ですわね」


「……」


 笑顔のまま黙る諒。というより、反論してきた娘に対してだいぶ処理落ちしているみたいだ。ああー、マジですっきり。澄ました顔をして、本当に嫌だったんだよ。春名、家族とはいえよく頑張ってるわ。

 春名の頑張りをしみじみと感じていると、諒はじっとこちらを見つめて言った。


「ではお嬢様は今回の勉強会は、本当に勉強会だと?」


「ええ、そう言っているでしょ」


「左様でございましたか」


 若干声が急に明るくなったような気がするが気のせいだろう。諒は極上の笑顔をまた貼り付ける。本当にその笑顔、違う人に向けたらいいのに。


「春名家として真琴は不出来な妹ですが、お嬢様が勉強を見ていただけるのなら頼もしい限りです」


「何を言っているの?春名はよく頑張っているわ」


「お嬢様の手を煩わせる時点で不出来です」


 ぴしゃりと言い切る諒にイライラする。勉強会が良いとなったので押し込めておくが、春名は可愛くて有能で諒と違って人の心があるのだから十分出来ている子だからね!そんな突込みを心でかましつつ、諒を睨む。睨み顔をものともせず、笑顔で返された。


「ではただの勉強会ですから、私もお手伝いさせていただきますね」


「は?」


 思わず声が漏れた。

やっと出せました。あと、春名の名前は、真琴でした。

兄弟で一応、似た意味になっています。

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