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素直に

読んでいただき、ありがとうございます!

「ここでございます」


 諒はある扉の前で立ち止まって言った。真実お爺様の部屋と比べると簡素な扉だ。

 諒は懐から鍵の束を取り出すと、鍵穴に差し込んで回した。がちゃりと音を立てて開錠する。わたしは扉の前に立ち、ノックしようとしてぐっと躊躇ってしまった。

 …緊張する。でも、ここまで頑張ってやってきたんだ。きちんと伝えたいことは伝えないと…!

 わたしは一呼吸おいてからノックをした。


「わたしです。入りますね」


「……お嬢様?」


 春名の柔らかい声が聞こえ、弱っていないことが確認できて少し安堵する。わたしは、そのままドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開いた。

 ―――とても広いとは言えない部屋だった。書机と備え付けの椅子、一人用のベッド、簡易的なクローゼットくらいしか調度品は見当たらない。まるで使用人部屋を見ているようだ。春名は椅子に座っていたが、わたしを見た瞬間に立ち上がった。思いがけない訪問者に驚いたのだろう。

 しかし、はっと春名は我に返ると、ばつが悪そうに顔を背けてしまった。


「お嬢様…、私はお嬢様と顔を合わせる資格がありません…」


 弱弱しく洩らす春名の声は苦しそうに聞こえる。わたしは春名に駆け寄ると、ゆっくりと春名の手に自分の手を伸ばした。

 春名の手はとても冷たかった。氷のような冷たい手を温めるように包み込む。


「もう…いいのです…。わたしは何も腹立ててはいません」


 ゆっくりと諭すようにわたしが言うと、春名は首を横に振った。


「ですが、わたしはお嬢様を裏切り続けてきました。すぐにお嬢様に打ち明けることもできたのに、ここまで伸ばしに伸ばしてしまった私は弱いのです」


 わたしの手の中にある春名の手が小さく震えている。春名のこれまでの罪悪感と苦しみが伝わってくるようだ。


「本当に弱い人は弱さを認めることさえできないのです。春名は己の弱さと向き合い、そして何とかしようと動いたのです。それが弱いと言えるでしょうか? わたしは春名を弱いとは思いません」


 きっぱりと言い切るわたしを見て、春名は大きな瞳いっぱいに涙をためている。一度瞬くと零れ落ち、涙がぽろぽろと足元に落ちてゆく。


「わたしはそんな春名を誇りに思います。そして、必要としています。わたしにとって大切な貴女がいなければ、わたしは―――辛い」


「お嬢様…!」


 春名の体は崩れ落ち、瞳から次々と真珠のような大粒の涙が零れていく。とても、とても美しい。わたしもその場に座り込み、春名の体を自分の内側へと引き寄せた。軽い体は簡単にわたしの胸の中へと収まる。


「わたしの下から去らないで、ずっと一緒にいてほしい。わたしにとって、貴女は…真琴は、とても大切な存在なの」


「私がお傍にいても良いのですか…?」


 わたしも真琴も涙声になりながらも抱き合う。真琴の顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。きっと、わたしも。でも、真琴にしっかりと気持ちを伝える方が大切だ。わたしは腕に力を入れた。


「わたしは、真琴がいいのです! 大切な友達第一号なのですから」


「…っ! ありが、とう…ございます!」


 真琴は泣きながらも花が咲くような笑顔を見せてくれた。わたしも嬉しくて、一緒になって笑顔になれた。

 気持ち、伝わってよかった―――。






「…お嬢様。涙をこれでお拭きください」


 しばらくしてから、気持ちを伝えられて安堵しているわたしに、後ろに控えていた諒がハンカチを差し出してきたので、わたしはお礼を言って素直に受け取った。染み一つない真っ白なハンカチは触るだけで上質なことが分かる。これで、真琴の涙を拭いてあげた。


「お嬢様っ…!」


 真琴が申し訳なさそうに制しようとしたが、わたしは気にせず拭った。

 すると、真琴も自分のポケットから白のレースのハンカチを取り出すと、わたしの涙を拭ってくれた。真琴の目は赤いが、微笑んでいる顔はとても可愛らしかった。


「……真琴」


 ずっと見守ってくれていた諒が真琴の傍に寄る。真琴に何かを言うのかと思い、わたしは身構える。

 しかし、諒は真琴の目の前に来て、片膝をつくと、ぽんと真琴の頭に手をのせた。


「…兄様」


「私はお前がしたことを許すことはできない。しかし、お嬢様はすべてを受け入れてくださった。お前はその気持ちにこれから、答えていかなければならないのだよ」


 そう言って頭をわしゃわしゃと撫でた。今までにそんな諒を見たことがなかったので驚く。

 真琴は少し固まっていたが、小さく「はい」と答える。


「私は今まで、真琴はお嬢様のために何の努力もしていないと思っていた。けれど、決してそうではなかった。葛藤し苦しんでいたお前を見ようともしなかった。私もきちんと向き合わなければならないと思ったのだ」


「諒…」


 今までにないくらい柔らかく優しい声色で真琴に話しかける諒。わたしはとても嬉しくなった。


「諒はとても、素晴らしいですね…」


 そう自然と自分の気持ちを吐露すると、諒は顔を真っ赤にした。

 …わたし、何か怒らせるようなこと言ったかな?


「兄様は分かりやすいですね。ですが、まだまだ前途多難なようです」


 思い当たる節はないと首をひねるわたしを他所に、真琴はくすくすと笑っていた。いつもの真琴の笑顔を見ることができて、「まあいいか」と考えるのをやめることにした。

 諒は「余計なことを言うな、真琴っ!」と真琴に迫っていたが、その真琴は可愛らしい顔で笑っていた。兄妹がここまで良い意味で関わることなんてなかったので、わたしはとても嬉しくなった。


 よかった…。


 そう二人を見ていて思った。

諒は真琴にずっといろんな意味で嫉妬していました。けれど、優樹菜を通して真琴の苦悩を知ると少々気持ちに変化がありました。

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