尾行
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あれから十数日が経った。試験が近づいていたこともあって、なかなか時間が取れなかったのでわたしは、今までのことを諒に報告している。今の今まで報告しなかったのは決して嫌だったわけではない、断じて。
結果的に諒を放置した状態だったので、会う約束をした時点で何か言われると思っていたが、何も嫌味も言われなかった。むしろ嬉しそうだった、なんで?
「思った以上に展開が早いですね」
諒がティーポットを持ち、意外そうな声を出して言った。
確かに、春名と主人公の仲は、急激に発展していると思う。もう告白しても大丈夫じゃないか、と思えるくらいに。ゲームの世界ならば、ギリのギリまで引っ張るのにな。
わたしはお気に入りの紅茶を飲みながら、もう終盤に来ていることを実感する。まあ、春名は攻略キャラじゃなくてモブ扱いだからどうひっくり返るか、わからないけど。正直、予想がつかない。
「試験が終わって落ち着いたら、出かけるそうですよ。今日、試験が終わったばかりなので、今すぐというわけではないでしょう。しかも、わたしのお手伝いもありますから、必ず休みを取るはずなので、そこが狙い目ですね」
「では、それに向けてまた考えねばなりません」
諒は終始にこにことしている。そんなに作戦を考えるのが楽しいのだろうか、そんなキャラだった?
わたしが言った通り、春名は休みを取っていくはずなのでどの日なのかわかりやすい。
しかし、日が分かったらどうしようか。やはり、後をつけて観察するか? それとも、「あとは若いお二人で」ということにしてそっとしておくか?
「お嬢様、令嬢が尾行などいけませんよ?」
なんでわかったし!? 心の声が読めるの? と、訝しげに見ていると、諒はにこりと笑みを浮かべた。
「声が出ています」
「え」
浮かれてしまっているのだろうか、本来あるまじき姿だったと思い、両手を口にあててこれ以上しゃべらないように物理的に塞いでしまう。
「私が手配してご報告いたしますので、お嬢様はじっとしておいてください」
諒に釘を刺され、「…はぁい」とわたしは小さく返事をするのだった。
その数日後に春名から休暇申請があったので、わたしはにやにやしたい気持ちを抑えながら許可を出し、念のために諒にも手紙でそのことを知らせた。いよいよ佳境に向かっていることを改めて実感し、手に力が入ってしまっていた。
「………気になる」
とうとう二人が出かける休日になった。諒は「報告はするから待っていてください」と念押ししてきたのだが、ずっと二人をくっつけようとしていた身としては、のぞき…見届けたいと思うのが正当な欲求だろう。
午前中は七宮家に来ていつも通り仕事をし、お昼になると代わりの者と交代してそのまま帰っていった。ということは、今から主人公と出かけるのだろう。
諒は駄目だと言ったけれど、気になるものは気になる。
そうか! 変装していったらばれないのでは? とてもいい案じゃないか!
そう考えると、早速自室にあるクローゼットを開け、中を物色した。かなり奥の方から漆黒の色をしたウィッグを取り出した。これにサングラスなどをかけたらボブヘアーなこともありぱっと見、優樹菜とは分からないだろう。長い髪をまとめ、ウィッグをかぶり、サングラスをかけて、鏡の前に立ってみた。
…うん、いける! どう見ても優樹菜ってわからない、わからない!
納得のいく変装に満足して、すぐにウィッグとサングラスを外し、手提げ袋を取り出して中に入れた。そして、もう一度髪を整えて、学校の制服を着る。ついでに、地味目のパンツと無地のTシャツも取り、手提げ袋に入れておいた。次は、外出する口実を作らなければならない。そう考えて、扉の外にいる春名の代わりのお手伝いに声をかける。
「出かけます。車をお願いできる?」
「どちらに?」
「学校です。図書館に用事がありまして」
「かしこまりました」
お手伝いは一つ礼をすると、車の手配をしに行った。あとは、どう振り切るか考えよう。わたしは、そのまま玄関口の方へと向かった。
「着きました」
車のドアが開き、目の前には学校の正門が広がる。わたしは、「ありがとう」と声をかけて降りた。
「わたしは今から、図書館に籠ろうと思います。学校なので貴女は入れないでしょうし、帰る頃になったら連絡しますので家で待機しておいてください」
わたしは学校へ向かうまでの間、必死で考えた口実を付いてきたお手伝いに伝えると、あっさりと「かしこまりました。連絡お待ちしております」と引き下がった。思ったより早く片が付いたので面食らってしまったが、わたしは一旦校舎に入ることにした。見られているし。
校舎に入り、様子を窺うと、七宮家の車は消えていたので、無事に帰っていったのだろう。わたしは、ほっと一息つき、持っていた手提げ袋の中身をもう一度確認する。あとはどこかで着替えて、あの二人を追ったらいい。わたしは人目のつかないトイレに駆け込んだ。
さて…、あの二人はどこにいったのだろう。情報収集をきちんとしておけばよかった…。
学校内でさっと着替え、ウィッグを被った状態にして学校を出た。休みでも部活動で出てくる生徒は多いのにもかかわらず、誰一人すれ違うことはなかった。自分の情報収集不足さにがっかりしつつ、持っていたサングラスをかける。これで、優樹菜とはわからないだろう。
あの二人が行きそうなところ、というより、ゲームのことを思い出す。一応、二人で出かけるイベントは用意されていた。
そう、好感度MAX時の誕生日プレゼント選びデート(命名 紫)だ。出かけるならば雑貨類を買えるようなその店に行くに違いない! そう確信して、店に向かった。春名が出ていってから結構な時間が経っているから見つかるだろうか。少し不安になってきた。
店に到着するも二人の姿は見えなかった。中をぐるっと見渡しても、女性のグループやペアが多く、男性の姿は見えない。
ふと目線を落とすと、ハーバリウムのコーナーに目がいった。そこには、ピンク、オレンジ、黄色、青の色とりどりのハーバリウムが売られている。
「……」
ある一つハーバリウムを手に取る。細長いビンの中には黄色いミモザの花や葉が螺旋状に連なっており、所々に小粒の白のライトストーンが散りばめられている。シンプルだがとても可愛らしい逸品である。
これは、ゲームの中で主人公が優樹菜に贈るプレゼントだ。アクセサリー類はつけてしまうと人目に付きやすいこともあり、限られた人間しか入れない優樹菜の自室にも飾ることができるハーバリウムとなっている。
…これ、選択肢間違えると、優樹菜と友情エンドで終わっちゃうんだよな。だから、それを知っている春名必須なんだよ。ゲームの世界通りだったら、わたしにはこれが主人公から贈られていたのかな。
今が全く違う状態になっていることをしみじみと感じながら、手に取ったハーバリウムを元の場所に戻した。所詮枯れ女なので、誰かと結ばれるという感覚にウキウキする年齢でもない。春名のためにしていることがわたしにとっての最良だ。そう思いながら、目当ての二人は見つからなかったので店を出た。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
聞き慣れた声がする方向を見ると、ずっと探していた二人が見つかる。わたしは、そのまま店の中に引き返し、店のガラス越しに二人の様子を窺った。ガラス越しなので何を言っているのかわからないが、近くのカフェを指さし、そちらに向かって歩いていく。おそらく、カフェに入るのだろう。
わたしはサングラスがきちんとかかっているか確認し、だいぶ後ろの方から二人の後を追っていく。すると予想通りカフェに入っていった。
わたしは二人が入ってしばらく待ってから中に入る。入ると、席の案内に来た店員がやってくる。二人はどこかと、視線をさまよわせると奥の方にいた。わたしは店員に「あのあたりで…」と場所を指定すると、その場所まで案内してくれた。二人が座っている席のちょうど手前側だった。
「これ、良かったら…、今日付き合ってくれたお礼」
席に着くと、主人公が春名に向けて話しかけている声が聞こえた。背を向けた状態なので、二人が何をしているのかは見えない。とりあえず店員がまだいたので、ホットコーヒーを注文しておいた。
「これは…ブレスレットですか?」
「うん。これなら仕事してても邪魔になりにくいし、シンプルだから春名さんによく似合うな…て」
「ありがとうございます…」
照れているであろう主人公と喜びを噛みしめるかのような春名の声。その後がさがさと物音がする。
「私も門矢様に。勉強会では大変お世話になりました」
「俺に?」
「はい、門矢様に似合うもので考えました…。受け取っていただけると嬉しい…です」
「……もちろんだよ、ありがとう!」
そう嬉しそうな主人公の声を聞いてわたしはほっと胸をなでおろす。
「あと…、できればでいいんだけど、『門矢様』じゃなくて『匠』って呼んでほしい」
「え!?」
「い、嫌ならいいんだ! ちょっと『門矢様』だと距離があるような…」
「ふふっ、分かりました。匠様、私のことも『真琴』と呼んでください」
これは百点満点じゃないか? デートをして、プレゼントを贈り合って、そしてお互いの呼び方まで変わる。これは、もういけたようなものじゃないか! 実際、声からでもわかる春名の幸せそうな声から、春名を幸福にさせることができたと改めて実感する。
…もう大丈夫そう。
わたしはちょうどコーヒーを運んできた店員に謝罪をしながら、席を立った。
「…わたし、実はお話したいこと…」
微かに春名がそう言っているのが聞こえたような気がした。
黄色のミモザの花言葉は、『秘密の恋』だそうです。
ゲーム内では一応、主人公と優樹菜は内緒内緒のお付き合いをしている設定でした。