報告 真琴視点
私は、春名真琴。お嬢様である、七宮優樹菜様に仕える、春名家の娘です。お嬢様とは本当に小さな頃からのお付き合いですので、私にとってお嬢様はとても大切な存在です。
今日は、お嬢様が私のために試験前の勉強会を開いてくださいました。本来はお嬢様の手を煩わせることなどあってはならないのに、私の勉学のことまで気にしてくださるなんて本当に素敵な方です。その勉強会には、お嬢様だけでなく、門矢様もいらしてくださりました。門矢様は、今学期よりお嬢様のクラスに編入された方です。編入ということもあり、大変優秀な方です。お嬢様だけでなく、私にも気をかけてくださいます。はじめは、お嬢様に近づき利用する存在だと疑っておりましたが、門矢様はそんなことを考えているわけではなく、ただ純粋にお嬢様をクラスメイトとして仲良くしたいと思っていらしただけでした。その証拠として、お嬢様に仕えるだけの私の他愛もない話にも一つ一つ、丁寧に聞いてくださり、笑いかけてくれます。お嬢様しかいなかった私にとって、新たにとても大切な存在となりました。
「真琴、家の方に行ってきなさい」
入浴を終えられ、あとは就寝の準備のみとなりましたが、兄様の手紙を受け取ったお嬢様は「あとは自分でできるので」と言って、私を退室させました。急に仕事がなくなったものですから、父様に報告に行くと、そう言われました。
「家ですか…、わかりました」
正直、気分は憂鬱です。本家は父様、母様、兄様、私の家族だけでなく、わたしのお爺様も暮らしています。私は、小さいころからお爺様が苦手で、七宮家の使用人部屋で寝起きをし、生活をしておりました。実際、お嬢様のお手伝いをするには、そこで暮らす方が便利なので、父様も兄様も了解しています。ちなみに父様たちは、仕事が立て込んだ時は使用人部屋を利用しているようですが、大半は家に帰っています。なので、私は家族と顔を合わす時が、七宮家にいる時しかありません。
そんな私に対して、「お役目があるから」と放任しているにも関わらず、急に家へと言いつけたのはなぜでしょう?
…きっと、お爺様がお呼びなのですね。要件はおそらく…。
行けば呼ばれた内容はわかるので、要件をあれこれと予想するのはやめることにしました。私は、七宮家の土地を出てすぐにある家に向かうことにしました。代々、七宮家に仕えていることで近くの土地に家を建てるのを優遇されたので、本当に近いところにあります。歩いて5分もかかりません。
「お爺様、ただいま戻りました」
あっという間に久しぶりの家に着き、私は奥の部屋にいるお爺様に声を掛けました。今の春名家の当主は父様なのですが、お爺様は先代の当主で、早めに隠居なさったので、直接七宮家に関わることはなくなりました。ただ、春名家の真の実権はお爺様が握られています。少し間があって、「ああ、入りなさい」という低めの声が聞こえたので、私は扉を開きました。
「久しぶりだのう。高校入学以来か」
大きな部屋ではありませんが、執務机と椅子、大きな本棚に入ったたくさんの本、私が幼いころに見た景色とほぼ変わっていません。その執務机の前に、お爺様がおられました。短い白髪をきちんと整えられ、昔と変わらない着物姿で私を出迎える様子も幼いころとほぼ変わっていません。
「はい、お爺様もお元気そうで。私を呼んでいると、父から聞いたのですが」
「ああ、そうだったな」
お爺様は一つ手を叩くと、私を呼び寄せました。
「…さて、役目はどうなっている? ここに寄り付くことも減ったので、報告もないからな」
「……」
「七宮家のご息女に感情移入してしまったか? 我々の役目は七宮家の発展のためにある。それではいけない」
「はい…」
「本来、諒が役目を引き受けるはずだったのだが、あれは男だ。七宮の家に一人娘しか生まれなかったから、七宮の分家からお前を引き取って育てたのだ。そのためにも、仕事はきちんとしなければならないのだよ」
お爺様は我儘を言う小さな子どもに言い聞かせるように言う。そう、父様、母様に兄様以外の子が産まれなかったために、私はお父さん、お母さんと離されて、ここに養子としてやってきたのだ。すべては、七宮家の一人娘であるお嬢様に使えるために。父様、母様、兄様は、遠い血がつながった存在でしかない。
「では、報告を聞こうか。七宮の次期当主の働きはどうだ? 春名家が支えるに値するか?」
私は、七宮の次期当主の監視を目的に配置された存在です。未成年であるからこそある程度行動に自由な部分があるため、その行動から次期当主として相応しいのか見極めるためなのです。私は、やり場のない自分自身への気持ちからぎゅっと手を握りしめていました。
「…はい。お嬢様はまだ実務には携わっておりません。現ご当主は卒業するまでは学ばせるつもりはないようです。ですが、勉学は優秀です。友人関係は広く浅く、特に親しいご友人はおられません。また、お嬢様はご友人に執着している様子もありません」
「ほう…、相変わらずのようだな。人脈は大切なのだから、重要視しなければならないと思うがな」
「そのあたりはおそらく、お嬢様も心得ておられると思います」
「そうか。…それで、一番弱みになりやすい異性関係はどうだ?」
ああ、きてしまいました。私は、この報告をするためにいるようなものです。お嬢様の知らない所で、このような報告をすること自体、裏切りではないでしょうか。ですが、報告をせねばなりません。……それが私の存在理由ですから。
「……最近お嬢様のクラスに編入生が入り、その方とよく交流を持たれています」
「ほう?」
お爺様は右手で顎を触り、興味深そうに聞き返してきました。やはり、婚姻にも影響してくる可能性もあるので、気になるところでしょう。お爺様は無言のままなので、続きを聞きたいのでしょうが、私は瞼を伏せました。
「その編入生とは?」
続きを言葉で促してきたので、私は視線をそらしながら続けました。
「一般家庭の方ですが、編入ということもあって優秀です。特筆すべきことは、お嬢様自ら声をかけられたことです」
「それは大きなことだな。もしかすると…という可能性もあるもやしれん…、調べておかねばならぬな」
お爺様は考え込みました。七宮の婚姻は今後のあり方を大きく左右します。政略結婚もあります。特に、お嬢様は一人娘なのでお相手は行く行くは七宮家の中枢に関わってくるでしょう。なので、支える春名家としては中枢に入る人間は重要視せざる得ません。
「ご息女は真琴と同い年だから、もう高校生だったな。婚約のことも進めていけば、今後都合が良いな」
「婚約…ですか?」
「春名家の在り方にも関わることだ。こちらの敵にならない者、そしてメリットとなる者と婚約を進めることも大切なことだ。…では、真琴。ご息女がその編入生に対して、どのような感情を持っているのか探りなさい」
「……はい」
お嬢様の今後がお嬢様が知りえない所で決まっていく、そんな聞いていて気分の良くないことが平気で進んでよいのでしょうか。私の強張った顔に気付いたお爺様は優しく微笑みかけました。
「真琴は優秀だな。この家の次期当主である諒はご息女を一番に考えておる故、お前がやっている役目はあやつには果たせなかった。息子たちもそれを理解しているから、まだご息女付きにはしないのだろう」
優しい言葉をかけてくれますが、私にとっては道具の性能を褒められたようにしか思えません。私は何も言わず、一つ礼をするとお爺様の部屋を後にしました。お爺様も引き留めることはしませんでした。
ああ、お嬢様。私はどうしたらいいのでしょう。お嬢様が知らぬところでお嬢様を裏切っていることになります。
私は答えが出ない問いに、答えを出すために考え続けるのでした。
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