7話 その道中にて
森の中、命綱代わりに尾を木の幹に巻き付けながらゆっくりと登っていく。葉から滴る朝露に冷たさを感じながらも、悟られないように、息を殺しながらそのタイミングを計っていた。
「……。」
聴こえているのは風でざわめく木々と、森に居る生物の鳴き声のみだ。私は標的にゆっくり、じっくりと狙いを定めていく。
静かに……慎重に……冷静に…………。
……今だ!と私は手にしていたナイフをそれに目掛け、真っ直ぐ射抜くように投げ、突き刺した。
「アズサさん、今日のご飯獲ってきました」
まだ微かに温度を感じる解体したウサギの肉を、カバンから取り出したまな板の上に置く。
「近くに川があって良かったですよ。血抜きも出来ましたし絶対に美味しく……ってアズサさん。どうしたんですか?」
「……フィズ、アンタは解体は出来るんだね」
「解体の仕方は、お父さんの知り合いから教えて貰いましたからね」
「それでなんだが……、今日は私に作らせてくれないかい? 一緒に旅をしてるのに流石に何もしないって訳にはいかないさね」
胡桃屋を出てから約二日、とりあえずここから近い王都を目指して居たのだが。近いと言っても馬車で3時間はかかる距離だ。徒歩だとその十倍ほどの時間はかかる。そして夜の移動は危険だ。そのため、どうしても日中のみの移動になってしまう。
もちろん、道中アズサさんは何もしていないという訳ではない。危険な生物や盗賊から守ってくれたり、休憩しながら釣りで魚を獲ってきてくれたりしている。
「いえ、調理は私の担当です。大丈夫ですから待っていて下さいね?」
「いや、それは……。うぅ……、わかった。私はゆっくり休むことにするさね」
心なしかアズサさんの顔色が悪かったような気はするけど、多分旅で疲れているんだろう。よし、アズサさんのために頑張って作るぞ。
まず捌いた肉に塩を軽くまぶしていく。鉄串に肉と、森で採取したキノコ、胡桃屋の亭主から買ってきてもらったハバネロを刺していく。そして極めつけは私手作りの真っ赤なソースだ。
決して腐らず、味も刺激もバツグンだ。お父さんも屋敷に居たメイドも、このソースを味見して、涙が出るほど喜んでくれた一品だ。
このソースをヘラですくい、串に塗っていき、炙る。
辺り一面に肉とソースの焼ける香りが漂ってくる。……うん、いい香りだ。
焼き上げた串に最後の仕上げ、細かくすり潰した唐辛子をかけて完成だ。
「アズサさん、ご飯できました……ってどうしたんですか!?」
「ゲホッゲホッ! すまない、ちょっと目と喉に謎の痛みが……」
涙を流しながら咳き込むアズサさんだ。一体何故こんな事に……。
「大丈夫だ、問題ない。……少し疲れてるかもしれないからもう少し休むことにするさね」
「休むだけじゃダメです、しっかり栄養も摂らないと。はい、串焼きです。まずは食べて、それから休みましょう」
渋々とアズサさんは串を一口食べて……顔色がどんどん悪くなっていく。これは本当に休まないといけないかもしれない。
私は食べかけの二本目の串を置き、慌ててアズサさんの介抱をするのだった。
「待てッ! お前にいくらかかったと思ってるんだッ!」
とある街、逃げ回る狼の耳と尾を持つ少女の姿があった。
「貴様ッ、タダでは済まさんぞ。大人しく言うことを聞け!」
「逃げなきゃ、もうあんな所に居たくない。誰か、誰か助けてッ!」