6話 宿場町の竜 その6
『フィズ、お前に話したいことがある』
父は改まった様子で、私に話かけてくる。
『何でしょう、お父さま』
『お前と、この私についてだ……』
そう言うと、父は私にこう告げるのだった。
『お前は、私の娘ではないのだ。』
「ここは、……ッ!」
目が覚めると同時に、左肩に痛みが走った。体を起こして確認してみると、左肩には包帯が巻かれており、微かに独特な薬の独特な匂いが漂ってくる。
「私、ケガしちゃったんだ」
あれからどうしたんだっけ、……女の子を見かけた直後の記憶が曖昧だ。
どれ位の時間が経っているのだろうか。月明りで微かに見える部屋には、私の持っていた大きな荷物が照らしだされていた。
部屋の中には、誰かいる様子もない。……アズサさんは、自分の部屋で休んでいるのだろうか。それとも夜の見回りをしているのだろうか。
はぁ……とため息をつくと、布団にくるまり、倒れこむように横になった。勝手に手伝うと約束して、勝手にケガして、おそらく包帯を巻いてくれたのもアズサさんだろう。
「……心配かけちゃったかな」
そんな思いが、頭の中で渦を巻いていた。
キィ……と扉の開く音がした。誰かが入ってきたのだろうか。
「……」
無言のまま、コツコツと足音を立てて近づいてくる。誰か確認をしたいが、もしアズサさんだったらと思うとちょっと目を合わせにくい。……ても、何やら香しい匂いが。
「折角おいしい料理持ってきたのにもったいないねぇ」
案の定アズサさんだった。あぁ、香りにつられてお腹が。
「……ほら、起きてるんなら食べな。どうせ気を遣わせたとかそう思っているんだろう? 人なんてそういう生き物さね。生きている以上、誰かに迷惑をかけるなんて当たり前なのさ。迷惑をかけて、かけられて、時には笑ったり泣いたり」
……。
「……それに、謝らないといけないのは私の方さね。勝手に他人を巻き込んで、大怪我させて。アンタには悪いことをして、」
「そんな事ないですよ」
私はごろんと寝がえりをうち、アズサさんの紅い瞳を見つめながらそう言った。
亜人の私を対等に扱ってくれた人は、身内以外に誰も居なかった。故郷では大人や子供に罵られ、旅立って初めて訪れた村でも邪険に扱われ、この街でも……。
「アズサさんに出会わなかったら、きっと故郷を出たことを後悔していました」
だから、私は……。
「私と一緒に、旅をしませんか?」
私の父はこう言った。
『お前は、私の娘ではないのだ。だが、血のつながりなどどうでもいい。お前を娘にして良かったと心から思っている。これは私のエゴなのかもしれないが……。この国の人は亜人を快く思っていない人が大勢居る。時には暴力だって振るわれるかもしれない。だが、いつかお前にも、友と呼べるような人が出来るだろう。その時には……』
絶対に大切にするんだぞ。
「フィズ、荷物は持ったかい?」
胡桃屋の入り口に、少し大きめの巾着袋をぶら下げるアズサさんが立っていた。私は枯れ葉色の大きなカバンを背負い階段を転げないようゆっくりと降りていく。
「ええ、準備できたわよ」
「お前さんたち、もう行くのかい?」
宿の奥から亭主が現れた。手には小さな袋を持っている。
「ほら、選別だ。昼飯の足しにはなるだろ」
中にはご飯を丸めたようなものが入っていた。
「これは何ですか?」
「昔旅人から教わってな、おにぎりっていう代物らしい。」
お米自体、この国では比較的貴重なものだ。寒い時期に、故郷でメイドさんに暖かいドリアを1度だけ作ってもらって食べたくらいだ。
「……機会があれば、また寄ってくれ。」
「ああ、その時はまた用心棒でもするさ」
「そうだ。お前に届け物だ」
亭主は、エプロンのポケットから手紙を取り出した。
「中身は読んじゃいねぇが、お前が助けた女の子からだ」
正直記憶があいまいで覚えていないが、あの後爆発があり、とっさに私が庇ったらしい。この街の人からは私が爆発させたと思われているらしいが。
手紙の内容はこうだ。
『助けてくれてありがとう。大人の人は悪い人だって言っていたけど、私はあなたがとっても優しい人だと思ってます。私もいつか、お姉ちゃんみたいに強くてかっこいい旅人になりたいです。町の外で見つけました、お守りに使ってください』
と、一緒に四枚の葉がついた押し花のしおりが入っていた。
「……うん、大切にするね」
しおりをカバンの奥にしまうと、それを背負った。
「さて、そろそろ行くとするさね」
「うん、行こう。新しい冒険に」
初めての友人と、ほんの少しだけ増えた大切な荷物と共に。
そして私は、旅をする。