4話 宿場町の竜 その4
私は部屋に戻り、外壁回りを調査しに出かける準備をしていた。……もしかしたら戦う事になるかもしれない。いつも常備している投げナイフも手入れは出来ている。……念のために色々なものを持っていくべきか。いやそれとも、
「お父さんなら、どうしたんだろう。」
私の父は、この国の英雄だった。父の友人から色んな事を教えてくれたのだ。色々な街を訪れては人助けをし、ある時は凶暴なドラゴンと戦い、討ち勝った。そしてある時はその力を振るい、戦争を終わらせた。
幼い頃からそんな話を聞いていた私は、いつしか父に憧れるようになっていった。
「私も、いつかお父さんみたいに……」
すると突然、扉をノックする音が聞こえた。知らないうちに、かなり時間が経っていたみたいだ。
「もう少し掛かりそうかい?」
「すみません、アズサさん。すぐに出ます!」
ナイフをいつもの所にしまって、緊急用の道具も……いや、必要そうなのは全部持って……。って、いっっったーッ!また頭打っちゃった。
「お、おいアンタ。大丈夫かい?部屋からもの凄い音が、」
「はぁ……はぁ……、大丈夫です。じゅ、準備出来ました。」
「本当に、大丈夫かい?」
街の大通り、とりわけ人の往来があるこの場所には露天や行商の店が立ち並ぶ。もちろん美味しそうな料理屋もあって、いい匂いが漂ってきて……。おっと、よだれが。
「ふふっ、後で買ってみるかい?」
また恥ずかしいところを見られてしまった。今の私の顔は間違いなく、熟したトマトよりも紅いことだろう。
それよりも、周りの視線が私に向いてきている。……ずっと味わってきた蔑むような、目線だ。それと同時に、小声で話しているような声も聞こえている。……それでも石を投げられないだけマシではあったが。
何だろうか、こういう事は慣れているはずなのに……尾が、いつもより重く感じる。
「……いえ、大丈夫です。それよりも目的地に」
「キャア――ッ!」
その時だった。周囲の雑音を消し去らんばかりの悲鳴がこだました。あれだけ騒がしかった大通りが、空間が凍りついたかのように静まり返っている。何だろう、やたら声が近かったような。ピリピリと伝わってくる熱源と、それにまるで何かが崩れるような音も聞こえてきて、それが段々と……。
「……!?みんな、逃げて――ッ!」
私は叫ぶ。それが近づいているのを知らせるために。そして、それの正体が分かってしまったから……。ただ、回りを巻き込まないためには、そうするしか無かった。
そしてそれは、建物の壁を突き破り姿を人々の前に表した。人の3倍以上はあるであろう巨体に大きな口と牙、そしてまるで爬虫類のような鱗を持つそれは私達はそう呼んでいた。
「……ドラゴン。」
私とアズサさんは、そのドラゴンを見据えていた。周りに居た人は全員逃げれただろうか。
「アズサさんは、ドラゴンと戦った経験はありますか?」
「ちょっとヤンチャしてた時に、返り討ちにされた時くらいさね。アンタはどうだい?」
「私は初めてです……。でも、勝ち目ならあります!」
【グランド・ドラゴン】強さで言えばドラゴンの中でも一番弱い部類に入る。見た目はドラゴンそのものであるが、羽が無く、走って移動する様子からその名前がつけられている。大丈夫だ、きっと勝てる。
「ふふっ、そうかい。それじゃあ派手に暴れるとするさね。」
アズサさんは、左足で大地を踏みしめる。
「秘技、『桜花・荒東風の閃』」
爆風を巻き起こしながら、まるで瞬間移動でもしたかのように駆け抜け、白銀の一閃をドラゴンに浴びせた。……傷は出来ていたが、まだ浅いみたいだ。今の一撃ならある程度の魔物なら倒せていたはずだ。
「さすがに、ドラゴンはタフだねぇ。」
「アズサさん。低級と言っても……。」
「それはドラゴンの中の話で、魔物の中では上位って訳かい。」
怒りであろうか、ドラゴンは街中に響き渡るような咆哮を上げアズサさんを凝視する。その口の中から焼き焦げるような熱を感じる。……まさか!
「アズサさん、避けて!」
ドラゴンの口から炎が噴射された。アズサさんは飛び散る火の粉を振り払い、間一髪で回避出来たが。
「全く厄介だねぇ、あれは。」
周りには木造の建物もある。燃えてしまっては一大事だ。
「アズサさん、引きつけてもらっていいですか?私は『これ』と魔法で援護します。」
腰に巻きつけた道具入れからスクロールと、ワイヤーのついた投げナイフ取り出す。スクロールには魔法が封じられており、唱えることで発動する仕組みだ。
「了解さね。」
そう言い、アズサさんは再び一撃を与える。アズサさんでも浅い攻撃しか入っていない。だが、私にとってはその傷口の浅さは関係ない。攻撃が入ってしまえば……蛇に巻き付かれた獲物と同じだ。
「狙うのはアズサさんがつけた傷口……。」
ワイヤーつきナイフの射程は5m、暴れているドラゴンに向かって投げつけなければならない。……緊張で手と下半身が震えている。大丈夫だ、いけるっ!怖がるなっ!前を見ろっ!例えラミアだからと何を言われようと。
「私は、お父さんのような英雄になるんだ―――ッ!」
ナイフは一直線にドラゴンへと飛んでいき、そして……。グサリ。と傷口に突き刺さった。
「……刺さったか。これからが私の本番さね。」
私はスクロールを開き、呪文を唱える。
「彼の者に力の祝福を与えよ、『ヒートアップ』ッ!」
私が唱えた魔法、それは与えた者の力を底上げする魔法である。そしてその対象は……。
「グォオオ―――ッ!」
あのドラゴンである。
力が増幅したドラゴンは先程よりも活発になっていく。アズサさんはまだ余裕そうな表情ではあったが、どう抑えるか苦戦している様だった。
ひたすら暴れ、壊し、咆哮し、それはやがて苦しみもがくような姿に変わっていく。そしてドラゴンは崩れ落ちるように倒れていった。呼吸をしているのでやっとのようだ。
「……倒せた?」
「倒してはいるが、まだ息がある。止めをさした方が、」
「あれをお嬢ちゃん達が倒したぞーッ!」
遮るように、遠くで見ていた男性が歓喜の声をあげると、あちらこちらから人が集まってきた。
「君はこの街の救世主だ!」
「ぜひ我々の護衛として雇い入れたい。」
「いや、私のところに!」
グイグイとくる人達に、アズサさんはやれやれという表情をしていた。
「いや、あの竜は私は倒した訳じゃなく……」
私はそっと抜け出し、ドラゴンの様子を確認することにした。
先程よりも弱っているようだ。私は刺さったナイフを引き、あれ、引き抜けな……。
「うわっ!」
スポンッ!と抜けた表紙にまた転んでしまった。ナイフには無数に細かい溝が彫られている。その部分には毒が流れるようになっており、溝の部分が少し変色している。
この毒は即効性はあるが、あの巨体に回りきるには時間がかかる。そのため用意した手段が、魔法で血液を循環させて毒を回らせるというものだった。
「本当は自分に使うつもりで買ったのに、ちょっと勿体なかったかなぁ。」
魔法のスクロールはそう安いものじゃない。なけなしのお小遣いで買った大事なものだったが、まぁこうして役にたったから良しとしよう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
転んだままの私をじっと見つめている。……恥ずかしいとこ見られちゃった。今の私はしっぽの先まで真っ赤になっている事だろう。
「う、うん。大丈夫だよ。」
起き上がった私は、少女にそう返した。
「お姉ちゃん、すっごく格好良かったよ!」
ちょっと照れちゃう。まるで焼け焦げるように暑さを感じて……。感じ……。これ、さっきと同じ感覚だ。……まさかっ!
ドラゴンが口を大きく開き、炎を吐き出そうとしていた。
咄嗟に私は少女を抱える。持っていたナイフを投げ、ワイヤーを口の周りに巻き付けて少女をかばいながら思いっきり引っ張る。
耳をつんざくような爆発音が響く。そしてそのまま、私は気を失ってしまった。