3話 宿場町の竜 その3
これはいつの頃だろうか。確か、私が森の中で迷ってしまって、魔物に襲われた時だった。
私に襲いかかってきた魔物を、一撃で倒したのだ。
『すごーい、お父さんはどうしてそんなに強いの?』
『そうだな。……フィズ、お前が居るからかもしれないな』
『どうして私が居ると、お父さんが強くなるの?』
『それはな、フィズ。……』
◆
「おーい、朝だぞ。早くしないと、アンタの分の朝飯冷めちまうよ」
……アズサさんの声がする。あれ? 私、さっきまでお父さんと一緒に居て。
……そうか、夢だったのか。何だか懐かしい夢だ。まだ旅に出て少ししか経ってないけど、今頃どうしてるかな。
「それとも、私が食べてしまおうか?」
今はそれよりも、急いでごはん食べなきゃ無くなっちゃう!
◆
「いただきまーす!」
パンを一口頬張る。うん、とっても美味しい。焼きたてだろうか、微かに芳ばしい香りがする。こっちのスープは、野菜の風味がたっぷりと……。
って、何故かアズサさんに凄く見られてるような。
「あの、どうかしました?」
「いや、美味しそうに食べるなって思って。今朝も慌てて頭打ったみたいだし、そんなに楽しみだったかい?」
「そんなんじゃないです! アズサさんが急かすからベッドから落ちちゃったんです!」
医者にかかるほどでは無かったが、凄く痛かった。ぶつけた頭が、まだじんわりと痛む。
「まぁ、そこまで大した事無くて良かったじゃないか。領主のお嬢様の顔に傷でも付いたら大変だからね」
もう、他人事だと思って。……って、あれ?
「私、そんな事言いましたっけ」
「昨日自分から名乗ったじゃないかい。フィズ・グランべールって」
そう言えばそうだった。
「グランベールって言えば、例の戦争の時活躍したリンドヴルムの元英雄って言われる程の豪傑の名前。今は葡萄の名産地で知られてる【クロッツ】の領主だった筈さね」
「……よく知ってますね」
「私はただ、酒が好きってだけさね。酒場で飲んでいると、色々噂が入って来るのさ」
噂か。私にもよく噂が入ってくる。父に対する悪い噂だ……。
「まぁ、噂なんて尾ひれ背びれがつくもんさ。別に気にする必要は無いさね。」
……そういうものだろうか。そう思いながら私は食べかけのパンを再び頬張った。
「それに、もう一つ知ってる事もある」
「何ですか?」
「クロッツ産のぶどう酒は美味いって事さね」
ちょっと聞いて損した。
「それはそれとして。噂と言えば、例の魔物の件だ。前に襲撃された時に生き残ってたヤツが、大きな龍に襲われたって言ってたらしい」
それこそ、尾ひれ背びれがついた話に聞こえる。龍が襲ってきて、あれだけで済むとは思えない。それに、大きな体をしていて隠れられる場所があるのだろうか。
「まだ、被害自体は収まってないんですよね?」
「あぁ。アンタが昨日居た場所は一番最初に襲撃があった場所さ」
そう言って、彼女は自分の持っていた地図を広げる。恐らく襲撃があったであろう箇所に、マークを数カ所につけてあった。……どれも街の外壁に近い場所だ。
「これ、偶然ですかね?」
「いや、恐らく違う。もしかしたら、この外壁の近くに住処があるかもしれないね」
アズサさんは胸元に地図をしまう。そして、笑みを含んだ表情で、
「食べ終わったら行ってみるかい?」
と、私に言った。