1話 宿場町の竜 その1
「すまねぇが、他をあたってくれ」
とある街の宿屋、店主にそう言われて追い出される。これで何件目だろうか。
思わずため息が出そうになる。
月も、もうあんなに高い場所にある。
夜中ではあるが、満月の明るさで少しは見渡せるのが不幸中の幸いだろうか。
「うぅ……。早く宿探さないと……」
夜風が凄く冷たい。もう雪は溶けたとはいえ、まだ夜は冷える。
私は寒さに弱い。最も冷え性だとか、温かいのが好きだとかそういう事ではなく、そもそも寒さで動けなくなるのだ。
私の下半身には足がない。鱗に覆われた皮膚が腰から伸び、蛇のような姿をしている。
私はいわゆるラミアなのだ。
『魔族・亜人お断り』
王都に近いこの街には、そのような看板が多くの店の前に掲げられている。
看板がない宿屋でも、難癖をつけられて追い返される始末だ。
「はぁ……。今日も野宿かぁ」
そんな事を呟きながら、自分の尾を巻き、椅子代わりに座った。
この町の地図は、確かポケットに入れていたはずだけど。取り出して開こうとしても、この悴んだ手ではどうにも開きにくい。
この【宿場街オレイア】は、名前の通り宿屋が他の町に比べて多い事が特徴である。
街は外壁に囲まれており、大きな門が二箇所取り付けられている。その門と門を繋ぐ大きな通りは、昼間には露店が立ち並ぶらしいのだが、明日行って見てみよう。
活気が溢れる町ではあるのだが、大通りから離れれば離れるほど建物の数が少なくなっているように思える。
一応小さな路地はあるのだが、利便性の問題だろうか? 場所によっては空白になって箇所もある。
寝るだけなら好都合ではあるのだけど。
「仕方ない、ここにするか」
私は野宿のために、地図の空白の部分を目指すことにした。
◆
「これ、一体何が……」
私が訪れたその場所は、想像していたものとは全く違う場所だった。
てっきり建物がない、草木で覆われた場所だとは思っていたのだけれど。
そこにあったのは、崩れた家と焼け焦げた瓦礫の山だった。
「まぁ、寝れないって訳ではないけど。……他の人も寝てるし」
……微かに感じる人のような熱源は、私と同じように野宿をしようとしているからであろうか。
「ここは、少し前に魔物に襲撃されたのさ」
背後から、若い女性の声が聞こえた。
振り向いた先に居た女性は、月明かりと夜風によって黒曜石のように輝く髪をなびかせていた。
年齢は私と同じくらい……いや、少し年上かもしれない。
服装もこちらでは見慣れないものだ。恐らく異国から来た人なのだろう。
「あの、あなたは?」
「私はアズサ、ただの流れ者さ。今はこの街で用心棒の真似事をしている」
アズサさんは、紅に輝く瞳でこちらを見つめる。
「その様子だと、泊まるとこが無かったんだろう?」
「どうしてそれを」
「宿から見ていたから、気になって見に来たって訳さ。アンタみたいなのは寒さに弱い。そのうえ……」
彼女は鋭い目付きで、自身の後方を睨みつけていた。
そこから現れたのは、下劣な笑みを浮かべているような、明らかにガラの悪い男達だった。
なるほど、私が感じていた熱源は、この人達だったようだ。
男達は武器を持っており、あるものは両の手に嵌めた鉄甲を激しく打ち付け合う。心臓にまで響くような、鈍く、重い金属音を放っている。
そしてあるものは剣を持ち、その刃先を怪しく光らせていた。
「ケッ……、バレちまったか。まぁいい、金目のものは全部置いていきな」
「バカだねぇ。私が来なかったらどうなって居たと思う?……翌朝ここにあるのは身包み剥がされたこの娘じゃない。お前達の死体の山さ」
「何抜かしてやがる!やっちまえ!」
男達が彼女に向かって飛びかかっていく。
彼女は腰に差していた剣の鞘を左手で支え、右手で今にも抜こうかという構えをしていた。
私も応戦しなければ、と小さな投げナイフを構え……。
「アンタは手を出すんじゃないよ」
すぅ……。と彼女は呼吸を整える。
「覚悟は良いかいアンタ達。ここから先は……」
それは、瞬きをする間も無いほどの一瞬の出来事だった。白銀に輝く何かが、彼女の目の前にあるものを薙ぎ払っていく。
「私の領域さね!」
吹き飛ばされた者の多くは、衝撃で壁がへこむほど、強く叩きつけられ気絶していた。
その光景を目の当たりにした彼らも、何が起ったのか理解出来ずに居るようだ。
「すごい……」
思わず魅入ってしまっていた。
素早く、力強く、そして美しく。まさに、嵐と呼んでも良いほどの一撃だった。
私のお父さんでも、同じ様な芸当は出来ないかもしれない。
「安心しな、峰打ちだよ。怪我人を増やしたくなかったらさっさと去りな!」
その一言で、その場に居た人達は、皆一目散に逃げ去っていった。
「あの、ありがとうございます。私、危ない人って全然気付かなくて」
「なに礼はいいさ。私はちょいと騎士団のところに行ってくるから、アンタはこれ持って『胡桃屋』って宿屋に先に行って待っててくれないかい?」
と、模様が付いた円盤のようなものを渡された。これは一体何だろうか?
「そうだ、アンタ。名前を聞いてなかったね。何て言うんだい?」
「私は……。私の名前は、フィズ。フィズ・グランベールです」