第36話:回復術師は豪遊する
◇
フェンリルの件をギルドに報告した後、報酬を受け取った。
金額は今回も金貨1500枚。現在地方ギルドで出せる限界がこの金額らしく、クラインは『王国と掛け合ってみる』と言ってくれたが、これでも俺たちにとっては十分すぎる金額だ。
フェンリルの暴走を止めたのは俺が思っていたより評価されているらしい。
しかも、前回ガーゴイルを倒したときの報酬と一緒にもらったから合計で金貨3000枚にもなる。
美味しい依頼で荒稼ぎしているSランク冒険者やトップクラスの商人と比べれば大した金額ではないが、これでもかなり金持ちの部類にはなる。
普通の村人が10年は慎ましく暮らせるだろう。
——ということで、これからは豪遊だ。
「す、すごいです……! こんなに広い宿初めてです……」
「さすがはサンヴィル村で最高級だな。人気があるわけだ」
ちなみに、とくに冒険者用というわけではない。
豪奢な設備類に、キラキラの内装。
場違いな気すらしてくる。
「でも、大丈夫なんですか……? 報酬は一時的なものですし、ここ一泊で金貨10枚ですよね……」
リーナが心配するのも当然だ。
いくら金貨3000枚の報酬があったとしても、活動資金としてパーティで1500枚を留保し、残りは俺とリーナで2分割している。
お金が足りなかった時期に有耶無耶になっていた分を活動資金から補填する形で返したりなどで、実際の資金は少し少なかったりもする。
この辺の報酬分配のやり方はパーティによって異なるが、俺は一定額をパーティにプールしておくのが好みだ。
他にも装備やアイテムを整えたり移動をしたりなどであっという間に消えていくから、お金が入ったとしてもしばらくは慎ましく生活するのが道理なのだろう。
しかし——
「問題ない。足りなくなった分はまた稼げばいいんだからな」
「な、なるほど? さすがユージです!」
当たり前のことを言っているようだが、意外と見落としがちな部分だ。
冒険者は常に攻めの姿勢で臨まないと一瞬で飲まれてしまう。毎年新しい冒険者が続々と出てくるのだから、現状維持に甘んじている余裕はない。
ある程度お金が絡むことで人間は必死になれるし、生活レベルを上げ続けることで常に上を見ることができる。
「それに、最高のパフォーマンスを発揮するには、最高の環境を整えるところからって言うしな」
「……? 初めて聞いた言葉です」
「ああ、俺の故郷の言葉だよ。根性だけじゃなく環境にも目を配れってことだな。良い住環境で過ごせば疲れが残りにくいし、ストレスも溜まりにくい。それが相乗効果を生んでさらに高みを目指せるってわけだよ。間違っても野宿なんかしちゃいけないと思う」
「野宿なんてしていたら次の日も疲れが取れなくて冒険者としては致命的ですよね……。ずっと負のループにハマってしまいそうです。でも些か贅沢な気もしますけどね!」
「ま、さすがに資金が少なくなったら色々考えるけどな。でも一度最上級の生活をしてみるのも悪くはないと思うぞ」
今日一日で色々なことがあった。
朝からギルドマスターと決闘することなり、フェンリルの洞窟へ——
やっと落ち着けそうだ。
回想にふけっているうちに日が沈み、夜がやってきた。
「そろそろ夜ご飯だな。一度宿を出てどこかに食べにいくか? 部屋に届けてもらってもいいけど」
「うーん、どうしましょう?」
——と、言いながらリーナはある方向をジーっと興味津々の眼差しで見ていた。
リーナの目線の先にあるものから、何を言わんとしているのかは簡単に分かった。
「各部屋にキッチンがついてるのも、高級宿の特権だな。リーナは自炊をしたいのか?」
「あんまり自信はないんですけど、やってみたい……です」
「そうか、なら今日はそうしよう。せっかくの機会だしな。確か、宿の受付で希望の食材を頼めばすぐに届けてくれるって話だったはずだ。希望の食材を教えてくれるか?」
「わかりました! えっと——」
リーナから聞いた希望の食材リストのメモを取り、俺は部屋を出た。
ちなみに、どんな料理を作るのかは聞いていない。あくまでも食材だけ。この方がワクワクして楽しいからな。
しかも食材からある程度どんなものを作るのか予想できてしまうのが普通なのだが、リーナの場合にはこの組み合わせでどんなものを作るのか全く予想ができない。
こんなことは初めてだ。
おそらく創作料理か何かなんだろう。
手伝えることは手伝うとして、今から完成が楽しみだ。
第二章開始です!
今のところ二章は各2000字前後で6万字前後の構成になりそうです。(第一章と同じくらいの分量と思っていただければ大丈夫です)





