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9. リューと夕ご飯とお風呂と

 午後も世界史の教科書とか、その他の教科書を読んで過ごしたよ。とにかくこの世界について勉強しないとだからね。興味深いことがたくさん、思わず読み進めちゃった。

 本ばかり読んでいると、さすがに眠くなってくるよ。そしてまたお腹が空いてきた。そこまで食べたい、渇望している訳じゃないけれど。お腹がぐーぐー鳴っている。ということは、たぶんそろそろあれだね。

「ご飯ですよ」

「はーい」


 階下に下りる。食卓に向かうと、朝食、昼食にも増して豪華な食事が並んでいる。じっくり眺めるその前に。食事の前は、

「いただきます」

 うん、ちゃんと覚えたよ、不自然にならないようにね。


 そーっと目を開ける。まず目につくのは、各人に取り分けられた、山盛りのサラダ。緑色のレタスに、見たこともない黄色いつぶつぶの野菜、真っ赤な丸い実。生野菜ってちょっと怖いけど、とっても色鮮やか、おいしそう。そして真ん中に盛られているのは、……お肉だよね。ゆでられている。とっても贅沢だ。ってことは、今日は何かの行事の日?

 父親がつぶやく。

「また鶏肉か」


「 ま た 鶏 肉 か !」


 思わず叫んじゃったよ。

「悪かったわね、昨日も今日も鶏肉で」

「昨日も鶏肉!」

 え、え、え、2日続けてお肉!?

「昨日のご飯も忘れたの?」

「そんなことないよ!」

 元の世界だと、お肉なんて年に数回のお祭りのときしか食べられなかったよ。特別な食事。新鮮な野菜にお肉を乗せてって、どれだけ贅沢なんだ。それも2日続けて。


 驚いて目が点になってたけど。これどうやって食べるんだろ。食卓の上には、朝食のときにあった2本1組の木の棒が置いてあるだけだ。

 まわりを見回すと、父親と母親は、その木の棒を手に持って、器用につまんで料理を口に運んでいる。使い方が分からない、どうしよう。まさか手づかみで食べるわけにもいかないし。とりあえず、手で握って、尖っている方で突き刺してみる。

「おい、何やってるんだ。行儀が悪いにも程がある。箸の使い方は教えただろう」

 聞けないね、もう仕方ない。だいぶ不自然だけれど、とにかくよく見て使い方を真似るしかない。じっと見る。うん、ペンを持つみたいに中指、人差し指、親指の先で上の方の一本目を支えて。その下に二本目を入れて薬指で支えるんだね。

 さて、これをどう動かすか、だけれど。あれ、持ってみると案外動く。手になじんでるというか。つまむのもできるよ。これ、体が覚えてるってやつだ。ほら、歩き方、走り方、最初はできないけれど、覚えれば意識しなくてもできるっていうの。この体、運動神経悪いから不器用かと思ったけれど、こんな繊細な動作も体で覚えてくれていてよかった。じゃなかったら、食事のたびに恥をさらすことになってたよ。

 料理を口に運ぶ。ああ、美味しい。年に数度のごちそうの味。生の野菜は怖かったけれど、食べてみるとシャキシャキしておいしい。


 ふと目を移す。

「ん、この白く山の形に盛ってあるのは何?」

 あ、まずい。またやっちゃった。この世界での「当たり前」を聞いちゃうやつ。

「ご飯じゃない」

「『ご飯』って食事って意味じゃ」

「リュウ、ふざけるにも程がある。お米を炊いたのがご飯、それを主食に食べるから食事のことをご飯っていうんじゃないか。異世界人ごっこはもうやめだ。これ以上やったらお父さん怒るぞ」

「はい」


 できるだけ目を合わせないように食事を進める。

 ご飯って食べ物、もちもち、噛めば噛むほど甘みが出てきて、こんなにおいしい穀物食べたことないって感想。だけど、これを声に出せばまた怒られるに違いない。喉につっかえさせないようにしながらかきこんでいく。

 やっと平らげたときにはお腹いっぱい、これ以上食べられない。けど、この体、またすぐお腹空くんだろうな。


「食べ終わったら、早くお風呂入っちゃいなさいよ」

「はーい」

 ここで聞いてしまったらおしまいだ。自室に戻ってシャリアを呼ぶ。

「お風呂って何?」

「体をきれいにして、疲れを取るためにお湯につかること、およびそのための設備や部屋のことです」

「水浴びをお湯でする?」

「そのようなものです」

 お湯で水浴び、しかもそのための部屋が家の中にあるなんて。

「こちらです、探してあります。お父さんが入っているのを見ておきました」

「ちょっと、他人の裸見るのって」

「やり方を説明しなくてはいけませんから、リューとも一緒に入らなくては」

「恥ずかしい!」

「ご家族に入り方を聞いてまた怒られますか」

 かなり抵抗あるけど、仕方ないね。


 朝着替えた寝間着と似た服と、下着が、きれいにたたまれて部屋の隅に置いてある。朝母親が持ってきたものだ。片付ける場所が分からなかったから、放置していたんだ。それら一式を持って、階段を下りる。

 1階、廊下の突き当りに扉がある。そこを開けると。ん? すっごく大きな陶器が備え付けられている。顔を洗うくらいならよさそうだけれど。

「違いますよ。リュー」

 その横を見る。白い大きな箱。おへその高さくらいはあるかな。上面に開かれた蓋があって、中には、金属でできた大きな槽が。

「!?」

 人がすっぽり入れそうだけど。

「これにお湯をためて入る?」

「いえ、これは服を洗うための機……、い、いえ、汚れた服を入れるかごです」

 かごにしては大きすぎる気もするけど。のぞくと、確かに父親の服が入っている。僕も着ていた下着を入れる。

「あれ、上着はそんなに汚れていないけれど、どこに置けばいいの?」

「一緒に入れてしまって大丈夫です」

「洗うの大変じゃ」

「いいんです」


「つぎ、今度こそお風呂ですよ。この戸を開けて」

 横にあるすべり戸を開けると、暖かく湿った空気が流れてくる。

「この、蓋がのせてあるところが浴槽です。開けてみましょう」

 蓋を開けると。たくさんのお湯、お湯、お湯。横になって足を伸ばしても入れるような浴槽にお湯がいっぱい。

「入る前に体を洗いましょう」

 シャリアが何やら壁から出ている銀色のもののところへ飛んでいく。

「これ、水栓です。ひねると、横から延びている紐のようなものの先から、雨みたいにお湯が出てきます。シャワーといいます」

 さっそくやってみる。ざー。熱いお湯が降ってくる。お手洗いのときの手洗いでいきなりお湯が出てびっくりしたけれど、お湯が出る仕掛けもあるんだね。びっくり。湯気とともにシャワーが体に当たる。温かい雨なんて初めて。不思議な感覚。

 シャリアは次のところに飛んでいく。

「これ、せっけんといいます。こすると泡が出てくるので、それで洗って体の汚れを落とします。次、この入れ物に入っているのがシャンプー。髪を洗います。上の部分を押すと液体が出てくるので、それを髪につけて……」

 言われたとおりにする。果物のような、花のような香りがお風呂中に広がって、とってもいい匂い。泡がこんなに長く持つって不思議な感じ。ほら、水の泡っていうでしょ。シャワーを浴びて汚れを落とす。すっきり、さっぱり。こんな快適な習慣があるんだ。


 浴槽に入るよ。

「熱い!」

 思わず大きな声を出して慌てる。お湯の中に入るのなんて初めてだもん。

 ちょっとして体が慣れる。温まってくる。体がふわりと浮くような感覚。不思議、気持ちいい。

「はあ~」

 にしたって、このたくさんのお湯、いつの間にどうやって沸かしたんだろう。お湯を沸かす魔法を使ったって大変だよ。そもそも、こんな量の水が使えるって、どこから運んだんだろう。

 温かくてふらっとするくらいになって、シャリアに導かれてお風呂を出る。シャリアは壁に掛けられた大きな布に向かって飛んでいく。

「これを使って体を拭きます」

 柔らかくて、水をよく吸う。高価なんだろうな、この布。

 ぽかぽかしたまま2階に上がる。


 とっても眠い。体温が下がるとともに、眠さが強まってくるよ。

 今日はいろいろあったからね。見知らぬ世界に飛ばされて、驚くことばかりで。

 とっても疲れた。天上の明かり、電気を消す。あ、つけ方、消し方は、母親の動きを見て覚えたよ。壁にある「スイッチ」を押すんだ。また「当たり前」を聞いて怒られるわけにはいかないからね。


 ベッドに横になる。気持ちいい、ベッドって快適。

 けれど気になるんだよね。何なのかはよく分からないけど。強いて言えば驚き過ぎっていうか。

 うーん、今日はまず眠ろう。考えるのは、明日。

「おやすみなさい、シャリア」

「おやすみなさい、リュー」


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