3. 子供部屋のリュー
「痛い」
額に軽い痛みが走る。
まぶしい。視界が光で満たされている。何が起こっているんだろう。
ええと、召喚の儀式、魔法陣の中に入って、平伏して、不思議な呪文が唱えられて、魔法陣が光り始めて。そのあと記憶が無いや。光に満たされた場所、ってことは、ここは天国かな。意識があるってことは、魂を消されることはなかったみたい。天国ってことは、神様がいらっしゃるのかな、どんな人なんだろう。
顔を上げる。まぶしい! 思わず、また顔を下げて目を閉じる。今度はそーっと細く目を開けながら頭を上げる。少しずつ、まぶしさに目が慣れてくる。
光の源は、白い球、こぶしほどの大きさで、ちょうど目の前にある。それは銀色の柱に支えられていて、と。その先に目を移していく。
木の板だ。その上には、軽く光沢のある、直方体の何かがあって、手元には、平べったい白い何かが敷かれている。右手には、棒のような細い何か。一方の端はするどく尖っていて、本体は透明で、これまた光沢がある。
うーん、と頭を動かす。あれ、いつの間にか、座った姿勢になっている。さっきまで平伏していたよね。気が付けば、首のまわりがすーすーする。とっさに手をやる。髪がない! ハーフエルフ自慢の銀髪、長く伸ばしていたはずなのに。髪の毛は短くなっていて、手で触れると、先端がちくちくとする。
まわした腕はなんだか重い。前の方に戻してみると、太く、茶色っぽくなっている。
「え?」
上がった声は低く、太い。あれ、僕こんな声だったっけ?
「体が変わっちゃった?」
そして広がる薄暗い空間。
「どうやらここは天国じゃないみたい」
僕、どうなってしまったんだろう。
改めて、まわりを見回してみる。
まず、視界にあるものは木の板。座った姿勢で前にあるからテーブルか机かな? 奥の方、少し光沢のあるものには、なにか文字のようなものが書かれている。そして、手前に広げられた白いもの。真ん中に縦に溝があって、薄いものが積み重なっている。これ、紙かな、随分と白いけど。
足元に目を移す。これまた光沢のある、足の幅ほどの木目のある物が並んでいる。木目があるから木の板なんだろうけど、なんだか模様を絵に描いたように見えてくる。
頭を上げ、横方向に視線を動かす。今いるのは四角い空間みたいだ。
壁には2か所、大きなものがかかっているところがある。ひとつは、ひだになっていて、よく見ると織り目が見える。布、だよね。こんなに大きな布、とっても高価そう。
もうひとつは、色鮮やかに描かれた女の人の絵。一目見たときは、人物の絵だって分からなかった。だって強調されすぎているんだもん。目、口、髪、そして、うーんと……胸。脚は信じられないくらい露わだし、肩も、首回りも肌が見えすぎている。風変わりだ。
壁には、他にも何か所か、数段の棚が設けられていて、色とりどりの四角くて細長いものがびっしりと立てて詰め込まれている。どれも、長い文字の列が書かれているみたい。
最後に、もう一つ椅子があって、その前に、銀色の棚がある。ちょうど机の高さくらいの段に、白い額縁が立てられている。絵かな、とも思ったけれど、内側はただ黒いだけだ。
ここ、どこか雑然としてて物が多い。そしてちょっと埃っぽい。
「誰かの部屋、なのかな?」
ちょっと立ち上がってよく見てみよう。
「わあ!」
どすん、と足をついて、なんとか踏みとどまった。危なかった。なんたって立ち上がっただけで。
「この体、運動神経悪いみたい」
後ろを見る。椅子が回ってる! こんな機械仕掛け初めて見た。この雑然とした部屋に、こんな高度な作りの物が。
「いったい、どんな世界に来ちゃったんだろう。ん、別の世界?」
「そのようですね」
「あ、シャリア」
「はい、リュー」
「ついてきたんだ」
「もちろん。私はリューに付き従うように、と大魔導師様から仰せつかっていますから」
「そういえばそうだったね」
「とりあえず、休みましょう。だいぶ気力を使っていますから」
うん、くたくただ。朝からずっと起きている。昨日は本当にいろいろあったから。初めての王宮、豪華なもてなし、そして召喚の儀式。
いったん寝て、疲れを取ろう。
部屋の隅を見ると、布で覆われた、大きな台があった。王宮で見たベッドみたい。近づいてみる。人の寝床のにおいがする。ここで休もう。そっと腰掛け、体を横たえる。柔らかい。ずっと気を張り詰めていた。ふう、さて眠ろう。
うーん、眠れない。あの、机の上の白い球からの光がまぶしすぎる。いつも夜は真っ暗な中で寝ていたから。それから、外から、ざー、というか、ごー、というか、音が絶えず聞こえてくる。時々、 ざー、と大きくなって。何かが移動するように場所を変えながら。
故郷の村だと、窓から差し込む月明かり、ふくろうの声や、虫の音、ときどきねずみが走る音、そんなのはあったけれど、こんな刺激の多い中で寝るのは初めてだ。
そして、何といっても寒い。壁の上の方に付けられた、横長の箱から、絶えず、氷のように冷たい風が吹き出してくるんだ。深い洞窟にでもつながっているのかと思うほど冷たい。
「寒い。眠れないよ」
凍えそう。
「足の方に毛布がありますよ」
足を動かすと、ふわふわとした物に当たる。そのまま体の方に引っ張り上げて、のばして中にもぐり込む。今まで体験したことのないやわらかさ。ちくちくしない。そして温かい。
やっと眠れる。
そう思うけれど。
やっぱり、いろんな思いがこみ上げてくるよ。突然別れた母さん。冷たくなった妹、行方の知れない父さん、黒焦げになった故郷。やめよう、悲しくなるだけだ。
楽しかった出来事を思い出そう。寒い冬、父さんが割っておいてくれた薪を燃やして、母さんが作ってくれたスープ、おいしかったなあ。とても温かかった。
うん、意識がまどろんできた。もうすぐ夢の中だ。
台所に集まって、かまどの火で暖まった。僕も火の番をすることもあって、目の前に見ているよう、いつだったかはたくさんくべすぎてかまどから炎があふれて、あれ、炎がどんどん大きくなってくる。熱い、熱い、熱い。
けれど意識は、眠りの中へと落ち込んでゆくよ。