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17.リューと魔法のない世界

17.リューと魔法のない世界


『化学』の教科書を読んでいくよ

「エントロピー増大」

質量保存(しつりょうほぞん)の法則」


 どれどれ。前後、分からないところはスマートフォンで調べながら読んでいくと。

 エントロピーの増大、熱や物質の状態は、乱雑さが増大する方に進んでいく。つまり、混じり合った液体はどんどん混ざっていくし、熱は高いところから低いところへと流れていく。逆の流れを起こすには、専用の装置を作ってエネルギーを与えなくてはいけない。

 質量保存の法則、反応の前後、いや、どんなときでも、『質量』は変わらない。つまり、何もないところから物が現れたり、何かの反応で物を消し去ったりすることはできないということだ。他にもいろいろ読んでみるけど……。

「ってことは……、魔法がない!」

 この世界には魔法はない。僕のもとの世界では、魔法があるのは当たり前だった。魔力を使って火を起こす魔法、熱を取り除いて物を冷やす魔法、有害な物を浄化する魔法、色々な魔法が日々の暮らしを支えていた。というより、魔法がなかったら、ほとんど暮らしが成り立たなかったといってもいい。医術が発達してないから、治癒術師に病人を託すのは当たり前。怨霊がでないように、聖魔法の体系もしっかり整えられていた。魔法を使えることは、僕らの世界では際立った才能の一つとして尊敬されていた。僕らの世界は魔法が文明の根幹を成すと言っても言い過ぎじゃないと思う。といっても、魔法を使えるのは一部の人たちだけだったから、なかなか目覚ましい進歩はなかったけれど。

 それなのに、この世界は! 今まで見てきたような、便利でへんてこりんな暮らしは、全て自然の法則を応用したものなんだ。魔法がないってことは、この世界、いろんなことを魔法で都合よく解決ってことはできない。それなのに、元いた世界とは比べ物にならないくらい豊かなこの暮らし。くらくらする。こんな複雑な社会を、途方もない時間と労力をかけて作り上げたんだ!


「あれ、シャリア。さっきから気になってたけど。話してる言葉と文字が対応してないよね。スマートフォンで音声認識ができたってことは、この世界の書物は、僕らの世界みたいに書物用の言葉を使うんじゃなくて、話している言葉をそのまま文字にしてるみたい。けど、僕、明らかに文字とかけ離れた発音をしているのに音声認識はできたし話も通じる。普通に考えると、音声認識をしたら、僕らの使ってる言葉が発音通り表示されるよね。いったいどういうこと?」

「言い出せずにいましたが。異世界に飛ばされるにあたって、リューの意識に魔法をかけて、言葉が通じるようにしておきました。王宮で召喚の儀式の前に行った儀式がそれです。発音や聞き取りは転移先の体の機能を使って、それと意識を通訳する魔法です。それで、言葉が翻訳されているのです」

「この世界に魔法はないんじゃないの?」

「魔法をかけたのはリューの意識、それも元の世界で、ですから」

「なんだか都合がいい気がするけれど……。言葉が通じてよかった」


 ブーブブ。スマートフォンが震えるよ。画面中央に文字が出てくる。

『美佳 おとといはごめん。返事もらったけど、何て返していいか分からなくて……』

 何だろう、文字列をタップしてみるよ。画面が変わる。

 一番下には、先ほどの言葉、

『美佳 おとといはごめん。返事もらったけど……』

 そこから上に向かって、同じような言葉が、『美佳』と書かれた丸い絵の右側に並ぶ。その上には、色付きの吹き出しに、

『今日はごめんなさい。約束破ってしまって。せっかく準備してもらったのに……。実は放課後、呼び出しを食らって行けなくて』

 どうやらメッセージのやり取りみたい。この機械、メッセージのやり取りもできるんだ。

 って、それより、

「何回も謝ってもらって。返事しないとなんだろうけど。この体の元の持ち主の友達だよね、話してる相手。いったいどうしてこうなったのかよく分からないよ、今の状態じゃ。たぶん大事な会話だろうから、下手なこと返せないよ。」

「ここはしばしおいておくしかないですね」

「うん、仕方ない。そうし……」

 ブー。またスマートフォンが震える。

『電池残量が残り10%です、充電してください』

「シャリア、これどういうこと?」

「電気、ええと、この機械を動かす力の源が残り少ないということです。このままでは使えなくなってしまいます」

「それは困る!」

「大丈夫です。このヒモをスマートフォンにつないでください」

 言って、壁からつながる、ヒモのようなもののところに飛んでいく。僕はあわててスマートフォンの穴にそれを差し込む。

 ピロン、『充電を開始します』

 僕はほっと一息つく。

 それにしても、あの、『美佳』という人との、互いに謝り続ける会話、何なんだろう。もやもやするなあ。


 ぐう、お腹が鳴る。ふと時計を見るよ。短い針は7のところを指している。

「もうこんな時間!」

 窓の外は暗くなり始めている。

「ご飯ですよ」

 母親の声が聞こえてくる。

「はーい」

 今日も料理のいい匂いがしてくるよ。僕は階下へと下りていく。


言語と思考は、実際には分かちがたく結びついていて、瞬時に翻訳なんてことは簡単にはできないのですが。ナーロッパの魔法ということで見逃してください……。

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