16.リュウと剣
16.リュウと剣
「うーん、どうしよう」
自室に戻ってIFを呼び出す。
「大変なことになりましたね」
「まずは、王様に、失礼なことをしたことを謝るところからかなあ」
「そうしましょう、リュウさん」
どうやって謝ろうかと考えていると、お姉さんが入ってくる。
さっきまで泣いていたからだよね、目は赤くなっている。それでも、いつも通り俺の身の周りの世話をしようとするお姉さん。
俺はそっと近寄って声をかける。
「あの、お願いがあるのですが」
「なんでしょう、リュー」
こちらを見る、泣き腫らしたお姉さんの顔に、俺は申し訳なさを感じる。
やることは決まっている。今回の失礼な振る舞いの件を、誰かを通じて王様に謝罪することだ。そのためには、うーんと、誰にお願いしたらいいんだろう。
そうだ。
「あの、俺の、いえ、私の訓練の師範のところに連れて行ってもらえないでしょうか」
師範なら、高位の人にもつながりがあるんじゃないかな。
「いったい、いきなり何を」
「いえ、あの、ちょっと、今回の件で」
しばしの沈黙。
「……。分かりました。お連れしましょう」
いろいろと中断して、俺たちは師範の元へ。
師範の部屋につくと、俺は真っ先に、今回の件を詫びる。そして、
「あの、どのようにしてか、大臣を通して、王様に、私の謝罪の言葉を伝えていただくことはできないでしょうか」
じっと俺の方を見る師範。どうしたものか、思案しているんだろう。熟考、額にしわを寄せている。さすがに無理か、いや、けれど。
「どうか、そこを」
やっと表情が変わる。
「大臣への取次ぎ、依頼してみよう」
扉を閉め、部屋を出ていく。
どうなるんだ、そわそわする。
だいぶ経って、伝令の兵士がやって来る。
「大臣より、陛下に奏上した。陛下より、直々にお言葉を賜うとのお達しだ」
え、嘘でしょ。非礼を詫びようとしたら、お言葉を頂く。身分と礼儀が絶対のこの世界で、そんなことってあるのか?
慌て始めたのはお姉さんだ。
「陛下にお目にかかるなら、相当の用意をしなくては。すぐに取り掛かりましょう」
急いで衣装部屋へと連れて行かれる。こちらの世界に召喚されたときの服が引っ張り出される。手際よく着付けていくお姉さん。ぴっしりした衣装に身を包まれ、俺は衣装部屋を出る。
自室で待っていると、数人の侍従だろう人たちがドアを叩く。
「それでは、リュー、陛下にはくれぐれも失礼のないよう」
室内に戻ろうとするお姉さんに声がかけられる。
「ルナ、そなたも参ぜよ」
え、と驚きを隠せないお姉さん。
「服はそのままでよい、陛下がお待ちだ」
うまく状況が呑み込めていないお姉さんと一緒に、俺は長い廊下を連れて行かれる。
まさか王冠をかぶった姿の王様に、玉座の間に通されて、なんてことはないよね、と思いながら歩いていくと、通されたのは予想よりはるかに小さな部屋。それでも、いつも食事を取っている部屋よりは数段大きい。お姉さんに言われて平伏して待つ。
「それでは、我らはこれで」
俺達を連れてきた侍従の人たち退出する。
「リュー、面を上げよ」
名前を呼ばれて顔を上げると、召喚の儀式のときに見た、王様と魔導師様が、数人の伴を従えて立っている。王冠を身につけて謁見に、という正装ではなくて、たぶん略装なんだろうけど、改めて見ると威厳を感じる。
侍従の一人が言う。
「ここにいる侍従は皆、勇者召喚について知っている者ばかりだ。隠さずともよいぞ」
話すよう促されて、俺は今日の非礼を謝罪する。
「俺、いや、わたくしは、勇者として召喚していただきましたが、王様に非礼な行いをしてしまいました。心より謝罪いたします」
「陛下、リューもこのように、どうか」
一緒に、深く、深く平伏するお姉さん。
一度不問に付すと言われているんだから、改めて罪に問われることはないよね。それでもそわそわする。
王様、やっと口を開く。
「リュー、異世界より召喚され、こちらの世界のことを知らなかったのは致し方あるまい。今回のことは赦す。証にそなたに剣を賜う。精進するがよい」
次の問題はお姉さんだ。お姉さん、俺を止められなかった、常識を教えなかった責任を問われることはないよね。
「ルナ、今回は、常識のない異世界の勇者の非礼、止めるのは困難だったであろう。そなたはしばらく勇者付きの世話係となるがよい。他の役務からは外そう。今回のことで、他の召使い達とは不和になっただろうゆえ」
「有難き幸せ」
泣きじゃくりそうになる声が聞こえるよ。
言い終えると、王様は侍従たちを従えて退出していく。
俺、顔を上げてお姉さんを見る。予想通り、今にも泣き出しそうだ。そりゃそうだよ、危うくまた罪に問われるところだった。それが今までの仕事は免除されるっていうんだから。けどね。それってつまり、今まで一緒に仕事をしてきた他の仲間の召使いさんとは、もう一緒に仕事できないってことだよね。お姉さん、心境どんななんだろう。
「さあ、居室、いえ、取次ぎをしていただいた師範のところへ行きましょう」
師範の部屋についてしばし、一人の兵士が剣を捧げ持ってやって来る。
「陛下より賜りし剣。授けよう」
俺、ひざまずいて受け取る。ずっしりと重いかと思いきや、あれ、案外軽いぞ。
兵士が出ていった後に、改めてよく眺めてみる。あれ、軽いだけじゃなくて、何だか短い。肘から手首くらいまでかな。
「あの、何か、剣というにはやけに短いんですけど」
「ダガーだな。諸刃のナイフの一種だ。小柄なお前にはこれがちょうどよいということだろう。なにより、初めての賜りものなのだから」
「そうかあ、どうせならもっとカッコイイやつがほしかったな」
「陛下から直々に宝物を賜るだけで、破格の待遇なのだぞ……」
聞きつつ、俺はダガーを腰にやり、柄に手をかける。
「えい!」
ガシャ。
「あれ、抜けないぞ」
ガシャガシャと何回か力を入れてみるけれど、全く抜ける気配がない。
「馬鹿、何やってるんだ」
「いや、剣もらったんだから、さっそく抜いてみないと」
「何言ってるんだ、その剣は儀礼用、普段は抜けないように留め具をかけてある」
「なんだか満足しないなあ」
「王宮の中でちょっとでも刃物を見せたら大逆罪だ。いざというときのために外し方は教えておいてやるが。次やったらその剣は自分に当てないといけなくなるからな」
「ひえ」
「あぶないところでしたね、リュウさん」
「本当に」
驚いて出てきたIFに返す。
「陛下から剣を賜ったということだ。今後は木刀を使って剣術の訓練を始めるぞ」
と、そんなこんなで師範と別れて部屋を出る。
「やっと異世界らしくなってきたな!」
心を弾ませながら俺は夕食へと向かう。