15. リューとスマートフォン
「ねえ、シャリア、スマートフォンって何だろう」
スマートフォン、この体の元の持ち主はそれをよく触っていたらしい。ということは、それを触っていれば、「元に戻った」ように見せかけられるかも。
「何でしょうね。リュー。聞いたことがないから、元の世界だと見かけなかったものでしょう」
そんなこと言ったって、この家は見慣れないものだらけだ。
「よく触っていた、というのがヒントかもしれないです」
そうか、よく触っていたなら、きっと目立つところにあるはず、探してみるよ。どこだろ、どこだろ。
あった、これかも。ベッドから手が届く棚の上に何かある。小指の幅ほどの厚みのある板状のもの。光沢のある黒いガラスみたいな面と、銀色の金属っぽい面がある。黒いガラス面には、たくさんの指紋と手の脂がついている。よく触っていた証拠だ。って、ちょっと、元の持ち主不潔じゃない? まあ、おかげで見つけるのに役立ったんだけれどね。
見たことのない形、よく使っていた形跡、これで間違いない。
さてと。見つけたのはいいけれど、これ、どうやって使うんだろ。よく観察してみるよ。黒い面を表にして、裏の銀色の面にリングがついている。これに指を通して持つのかな。
次、上端と下端の面にいくつか穴がある。見てみると、何かをつなげるようだ。何もつながっていないし、つなぐものも見当たらないことからみて、これを使う訳ではなさそう。
あとは、右側に出っ張りが3つほど並んでいる。これ押してみよっと。
ぽち。
「わ、光った」
ガラスの面が光っているよ、まぶしい。そっと見ると、ガラスの面には文字が表示されている。
『スマートフォンはロックされています。解除するには画面を上にスワイプ』
“□□□□□□□ is locked. Swipe to unlock.”
下の方には↑(上矢印)が表示されている。鍵がかかっていて使えないということらしい。
「指を↑の部分に触れて、そのまま上に滑らせてみてください」
シャリアが言うので、その通りにする。すっ、指を滑らせる。
光が強くなる。
「模様が変わった!」
表示される文字も変わるよ。
『パスワードを入力、または顔認証で解除』
「パスワードなんて分からないよ」
「顔認証を使いましょう」
「顔認証ってことは、同じ顔の人、つまり本人しか鍵を開けられないってことでしょ。どうするの?」
「大丈夫です。リューの今の体は、このスマートフォンの持ち主の体なのです。同じ顔ですから開きますよ」
そうだった。僕は新しい体になったんだった。この、ぱっとしない、ぶよぶよの体になってしまったのは悲しいけれど、受け入れるしかない。
「この、上の方についている、黒い点を見つめてください」
見つめると、また模様が変わったよ
『顔認証が一致しました。ロックを解除します』
どうやら使えるようになったみたい。
そのまま新しい画面へ。色々な四角い模様が並ぶよ。
緑の四角、下にはL*N*、水色の鳥のマークの下にはTw*tt*r、dのサインの下にはd*c*m*、左向き三角の下にはG**glePl*y。
どうやら、下の文字は、四角い模様の名前みたい。
さて、ここからどうしよう。
ブブ、びっくり、スマートフォンがふるえたよ。『使い方のヒント』顔みたいな白い四角い模様から吹き出しが出てくる。
『検索窓横のマイクボタンをタップして、検索したいことを話しかけてみましょう』
『タップ』ってなんだ? 光る画面の上の方、横に細長い模様の、右端の模様が動く。どうすればいいんだろう、とりあえず触れてみよ。
触れると、今度は画面が白く光る。表示される文字は、
『(例)今日の天気』『話しかけてください』
“Ex)Today’s weather” “Talk to the □□□□□□□”
じゃ、さっそく話してみよ。
「今日の天気」
「今日の○○市の天気は晴れのち曇り、最高気温は30度、最低気温は23度、降水確率は20パーセント……」
「機械がしゃべった!」
光るガラスに文字が次々表示されるだけでもびっくりなのに、人間の声で話すなんて。魔法としか思えないよ。しかもこの機械、今日の天気を知っている。ふう、びっくりして叫んじゃうところだった。
よく見ると、右端、『→検索』の印の左横に『今日の天気』と書かれている。下の方には、太陽の模様が並んでいて、数字がいくつか。
「リュー、指を画面に触れて、そのまま上に移動させてみてください」
やってみるよ。
今まで下の方にあった絵や模様が上の方に移動していって、下に新しい文字列が出てくる。横棒でいくつかに区切られていて、それぞれの部分に、みんな、『天気』という言葉が入っている。
「もしかして、この機械が『天気』について調べてくる?」
じゃ、試してみよ、他の言葉っと。
「今いる場所」
「現在地は○○市○○ X丁目X番X号……」
声が聞こえてきて、画面には、読み上げられただろう地名が表示されるよ。最初の複雑な文字は読めないけれど、最後の方の数字が一緒だから、きっとそうなんだと思う。
そして、すっごく細かくて正確そうな地図も表示される。やっぱり、この機械、話しかけられたことについて調べてくるんだ。仕組みは想像もつかないけれど。
そして、っと。上の『→検索』の横には、『今いる場所』の文字。つまり、この機械に話しかけると、話しかけた言葉を文字に変換することができる。てことは、僕はこの世界の、くねくねした文字や、角ばった複雑な文字を知らないけれど、この機械に話しかけて文字を表示させて、それを書き写せば、書く方は何とかなるってことだ。読みは分からないけれど。
という訳で、次は読みだ。下の方にある、左向き三角形のマークに指がふれる。最初の、四角い模様がたくさん並んでいる画面に戻るよ。今度は、上の方の横長の四角に触れてみる。さっき触れた模様の左側だ。
下の方から、たくさん文字が並んだものが出てくる。見てみると、
あかさ
たなは
まやら
゛わ、
と並んでいる。よくわからないな。
「リュー、とりあえず、マスを1つずつ押してみましょう」
よし、『あかさたなはまやらわ』。画面の上の方に同じく『あかさたなはまやらわ』と表示される。
「右下に『検索』というマスがありますね。押してみましょう」
うん、ぽちっとな。
しばら待つと。横棒で区切られた画面に、くねくねした文字がたくさん並んだものが表示されたよ。青い文字で『五十音図』と書いてある。
「その、青い文字の部分、タップして、いえ、触れてみてください」
画面が変わるよ。
あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
や ゆ よ
らりるれろ
わ を
ん
うーん、たくさん。何か規則性は、っと。あれ、ひとつも重複して、かぶってないよ。ってことは、これはもしかして。
「くねくねした方の文字の一覧表だ」
a,b,cよりはだいぶ多いけれど、これを覚えれば書けるように。
って、やっぱり難しいよ。何か、規則性はないのかな。
「ちょっと、左上、『あ』のところを長押ししてみてください。」
シャリアが飛んでいく。よいしょっと、長押し。『あ』の文字の色が変わって、右側に新しくいくつかの文字の並びが現れる。その中に、『読み上げ』”read aloud”という言葉が。押してみるよ。
「あ」(a)スマートフォンから声がする。この文字は「あ」(a)と発音するらしい。次、『い』でやってみる。「い」(i)。その次は『う』『え』『お』でも。それぞれ(u)(e)(o)だ。
次は『か』。「か」(ka)と聞こえる。それじゃ、『き』は「き」(ki)、『く』は「く」(ku)……。
どうやら、このくねくねした文字――ひらがなというらしい――は、一文字で子音+母音か、母音を表すみたいだ。
しかもご丁寧に、『あ』の下の文字は全て母音が(a)、『い』の下の文字は全て母音が(i)だ。『う』『え』『お』も同じ。
『か』の横の文字は全て子音が(k)。同じように、『さ』の横の文字は、全て子音が(s)だ。
『た』以下も一緒、(t)(n)(h)(m)と、だいたい調音点が口の奥から前に向かうようにして、子音が並んでいく。『い』の下はちょっと子音が変わるけど、後はおおむね規則的。この表は、タテ、ヨコで母音と子音の組み合わせと、それに対応するひらがなを示していたんだ。
そしてふと気づく。『あ』の下、『か』『さ』『た』『な』……って、みんなどこかで見たよね。そうだ、2つ前の画面、マスに書かれた文字をひとつずつ押したときだ。下の方の左三角ボタンを押して戻るよ。
出た。
あかさ
たなは
まやら
゛わ、
「リュー、『あ』を長押ししてみてください。左に指を滑らせて、『い』です。上に滑らせて『う』、右に滑らせて『え』、下に滑らせて『お』」
順番に指を動かす。『あ』の行の文字が順に表示されていくよ。『か』のマスでもやってみる。
く
↑
き←か→け
↓
こ
『わ』のマスまでやった結果がこれ。
う く す
いあえ きかけ しさせ
お こ そ
つ ぬ ふ
ちたて になね ひはへ
と の ほ
む ゆ る
みまめ (や) りられ
も よ ろ
ん ?
をわー 。、!
~ …
これで、まずはひらがなの発音は分かったよ。スマートフォンへの入力もできる。
本を読んでいる中で出てきた分からない単語も、ひらがなで書かれていれば、スマートフォンに入力して調べられる。
さて、次は複雑な文字の方だけれど。文字の上に、読み方を示すひらがなが書いてあるときはラッキーだ。読み方を打ち込めば、画面中くらいのところの、『変換候補』に、その複雑な文字が表示される。
問題はひらがながないものだ。これはもう当たりをつけて読んでいくしかない。ふと気づく。
「これ、逆に、あいうえおのひらがなを入力して、変換される先の文字を全部、かな一文字ごとに暗記していけばいいんじゃない?」
「やってみますか、リュー」
試しに入力してみるよ。『い』。右下、『変換』のマスを押す。変換欄の右下に『↓』(下矢印)が出てくる。軽く触れるよ。ええと、変換候補は……。
『異』『移』『意』『射』『居』『矣』『伊』『医』『胃』『威』……。
こりゃ大変だ。「い」と読む角ばった文字だけでも数が多すぎる。ちょっと、変換候補を丸暗記して入力する作戦はできなそう。
とりあえず、スマートフォンの使い方も分かったところで、いままで分からなすぎて手を出せなかった教科書も開いてみよ。
僕は本棚に手を伸ばす。
このあとリューはカタカナも同じように覚えます。一日でひらがな、カタカナ覚えるなんて、賢くてかわいい子。