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14. リュウと最初の気づき

 俺はやっと立ち上がったお姉さんを支えながら、暗い廊下を自室へと帰る。

 もちろん俺は帰り道が分からないから、道を指し示してもらいながらお姉さんを運んでいく。まさか、「信仰がない」って言葉だけで、ここまでショックを与えるとは。それもこんなに続くなんて、全くもう思ってもみなかったよ。

 昔、世界史の教科書で、中世の王様たちが破門されて、領地を寄進して赦しを乞うたと読んだけれど、中世って、宗教絶大だったんだな。


 てなことを考えながら進んでいくと、行きで通ったのとは明らかに違った廊下に出る。さてはお姉さん、道間違えたか。

 廊下の両側に灯火が並んでいる。お姉さん、はっと気が付く。

「ここは高貴な方々が通られる場所です。引き返しましょう」

「何をいきなり」

「灯火が並んでいるのが見えないのですか」

「それがまた」

 なんだか、次の会話の予想がつくようになってきた。

「灯火の燃料は菜種油です。菜の花の小さな種を集めて乾燥させ、力をかけて搾った後、また精製し……。とにかく貴重なのです。昼でもそれを使えるということは、よほど身分の高い方の通路、それもその方が近いうちに通られるということです」

「はあ」

 どこからか足音が聞こえてくる。

「端に寄りましょう。進路にいるのは失礼です」

 端に寄るや、足音は大勢のものであることに気付いた。

「この人数は陛下の行列に違いありません」

 そうなのかあ。お姉さんに跪くように言われてその通りにする。

 一度頭を下げ、その後行列を見る。2、3人を先に行かせ、その後ろを王様が歩いている。召喚の儀式のときはほとんど話せなかったな。礼も済ませたことだし、ちょっと挨拶しておこう。こういうときは何て言うんだろう。「こんにちは」はさすがにまずいよな。必死に頭を回転させて、

「ご機嫌麗しゅう、王様。この度は召喚して頂き」

 がつん、膝の裏に強烈な衝撃を感じ崩れ落ちる俺。お姉さん、俺の膝を殴りつけて、強制ヒザカックンさせたんだ。お姉さんに支えられてしりもちをつくことは避けられたけど。

「この度は、勇者リューの非礼、心より謝罪いたします。全て責は、世話を仰せつかっておりますわたくしめにあります。どうかリューには寛大なご処分を。勇者は王国の秘術、斬り捨てるならわたくしルナを!」

 平伏したまま大声で続けるお姉さん。

 気が付けば、護衛の兵士達が俺達の前に仁王立ちになっている。急いで平伏する俺。

「リューもこのように。どうかお赦しを」

 続く沈黙。

「よい、後にせよ」

 王様、前に向き直り、行列は再び進み始める。


 列の最後尾の人も遠く離れたところで、お姉さんやっと顔を上げ俺を見る。

「俺、そんなにマズいことしちゃった?」

「当たり前です。陛下の前に立ち、行く手を阻むなど。警護の衛士に捕縛されて当然の大罪です。陛下には君主の威光が」

 召喚されたときも、立ち上がろうとしたら、いきなり床に押さえつけられたもんな。今回は、

「そうだなあ。周りの兵士達は、俺が勇者だということ知らないからね。いきなり子供に話しかけられて応じていたら、王様の威光丸つぶれだ」

「そういう問題ではありません。この世界には身分というものが厳としてあります。王には王の身分があり、それに見合った行いが、臣下には臣下の身分があり、それに見合った行いが求められるのです」

「たとえリューが異世界から来た勇者だろうと、身分に応じた礼節に従うことが求められます。身分制が作る秩序によって、国が動いているのです。リューが非礼な行いをすれば、止められなかった周囲にも制裁があるのですよ」


 身分。そうだ、ここは中世封建制の異世界だ。時代劇であるじゃないか。延々続く大名行列に、庶民が平伏し続けるやつ。

「陛下に奏上したいことがある場合には、必ず平伏して従者に呼びかけ、陛下の許しがあってから頭を上げ話すのが、最低限の礼節です。たとえ武勲ある勇者になっても、膝をつけて、姿勢を低めるくらいはしていただかなければ」

 立ち上がり、居室へと戻る俺とお姉さん。

「裁きを待ちましょう」

 おい、俺、召喚早々一体どうなるんだよ。


 居室近くで昼の休みを過ごす。悪い話は広がるもので。通りがかる人、通りがかる人、皆俺の方に突き刺さる視線を投げつけてくる。そばにいるお姉さんに対してもそれは一緒だ。

 小一時間は待っただろうか、伝令の兵士がやって来る。持ってきた伝言は一つ。

「不問に付す」

 ほっと胸を撫でおろしたのはお姉さん。なんとか首はつながった。

 それでも、不問との処分が周りに伝わるまでには時間がかかる。痛い視線が投げつけられるのは止まない。耐えがたくなり、憔悴してきた俺にお姉さんは言う。

「宮殿の外に出る許可をもらいましょう」


 お姉さんに連れられ、一日目に会った例の初老の師範の元へ。頼みを受けた師範が、所轄の重臣に依頼に行く。やがて、短剣を帯びた兵士を1人連れて帰ってきた。

「特別に外出を許可する。今日の魔法適性の試験は延期だ。王宮外での行動は、全てルナと警護の兵士に従うこと。よいな」

 お姉さん、俺に服を持ってくる。昨日体力測定で着てたのより、はるかに地味だ。布の織りも粗い。体がちくちくする。お姉さんも召使いの服から、これまた地味な服に着替えてきていた。よい服装をしてうろつくと目立って追いはぎに遭う恐れがあるからだそうだ。

「行きましょう」

 うなずく俺。

「決して気晴らしが目的ではありません。実際の世の中がどうなっているか、見ていただくためです」


 外へと続く扉が開けられる。通用口を通って、裏庭の隅に出る。洗濯場や資材置き場なんかを通り抜け、刈り込まれた芝生の広場に入った。広場の先、前の方には大きな門があり、両側にはそれより少し小さめの門が並んでいる。

「これが王宮の正門です。中央の門は陛下専用、家臣は両脇の門を使います」

 小さな門に歩いていくお姉さんと兵隊さん。神社仏閣の楼門を通るときのしきたりみたいなものかな。ついていく。


 途中で2人組の兵士とすれ違う。門の警備を交代して、王宮に帰るところみたいだ。

「あのハーフエルフの女、どうにかならないのか、いつからいるんだ」

「木曜の夜からだとさ。何でも、儀式の生け贄にされた子供がいるんだが、せめて遺体だけでも残っていれば、この目で見たい、抱きしめたい、葬りたい、だとさ」

「迷惑な話だな。門の警備に差しさわりがある。で、その子供ってのは?」

「ええと、13、4歳の銀髪の男だそうだ。ちょうどさっきすれ違ったハーフエルフの子供くらいの、え!」

 お姉さんと兵隊さんは黙って歩き続ける。俺も黙ってそれについていく。

 守衛に声をかけ、門を開けてもらう。

「行くぞ」


 歩み出た先は、ごみごみした街並み。3階建てくらいの建物がぴっちりと並び、石畳になった道を、馬車や人が行き交う。そして目の前には。

 衛兵に縋り付いて泣く女の人。長く伸ばした銀髪、金の瞳、特徴的な耳。鏡で見た俺の姿にそっくりだ。ふと目が合う。

「リュー。リューなの?」

 どういうこと? 俺を知っている?

「こちらに来て、お母さんだよ!」

 俺に縋り付いてくる。お母さんって、そうだ見た目はそっくりだけれど。よく状況が呑み込めない。俺がとまどっているのを見て、驚いた顔をしている。

 必死にすがる力がふと緩む。一瞬のこと、兵士が女の人を俺から引き離す。


 お姉さんは歩き続ける。女の人は兵士が別の場所に連れて行ってしまった。ここではぐれたら帰れない。仕方なくお姉さんの後を追う。


 人、人、時々荷車が行き交う道を歩いていく。お姉さんについていくのがやっとだ。ある程度進んだところで兵士が合流し、お姉さんは解説を始める。

「見ていってください。これが大通り」

 ごみごみして、大通りという割には狭く曲がりくねっている。

 次、少し進んだところで左に曲がる。どうやら市場らしい。道の両側に店が並んでいる。呼び声が盛んだ。

 通りに沿って歩くと、金属を打つ音が聞こえる。ここは鍛冶屋街。その後は順番に、様々な職人が職種ごとに集まってそれぞれの街区を形作っている。

 日本での俺と同じくらいの子供が働いている。大抵は雑用や荷物運び。重要な工程は少数の大人がやるか、検査をする。徒弟と親方だという。親方に対しては、徒弟は絶対服従だという。


 時々、路地から視線を感じる。ふと見ると痩せこけた老人や、うつろな目をした子供がこちらを見ている。

「あの人たちは一体?」

「流民です。生まれ育った土地を失って、都に流れ着いた者達。本当は農民が首都に住むことは禁止ですが、あまりに数が多くて取り締まれない」

 建物の隙間、道の端、よく見れば至る所に流民や貧民が。

「ほとんどが、魔王軍に故郷を奪われた者達です」

 勇者はこの人々を救わないといけないのか。だから敬われる。


 それは別として。この街、臭うな。下水が整っていなくて、排水がうまくいかないところがあるし、ゴミの回収も行き届いているとは言い難い。城壁に囲まれ、土地を増やすのも、ゴミを捨てるのも、汚水を流すのも、簡単にはできないのだ。

 

 そんな中でも、とある通りを過ぎると風景が変わる。大きな屋敷が立ち並ぶ。中には狭いながらも庭のある建物も。

「貴族の邸宅です。高位の貴族は、土地に限りのある首都の城壁内でも、屋敷を持つことが認められています」

 道に溢れる貧民と、屋敷に住む人々が同じ首都に。身分という言葉が脳裏に浮かぶ。

 広い城内、全てを回ることはできない。日が傾き始めたところで王宮へ戻る。門の前で俺に「母親だよ」と縋ってきた女の人はいなくなっていた。


 王宮の建物に入るとお姉さんと別れた。

「一人で考える時間をください」

 王宮の中で、お姉さんと過ごしていたのとは全く違う外の世界。俺は物陰でIFを呼び出す。

「大変なところに来てしまった」

「リュウさん、だからこその勇者です。困難に立ち向かうからこそ、勇者は特別な扱いをされるのです」

 うん、と歩いていると、召使い達の控室のようなところに出る。何人かの話声が聞こえてくる。そっとのぞくと、俺を世話してくれているお姉さんが、他の召使い達に囲まれている。

「あんたが世話してるハーフエルフの男の子、最初は丁寧に接してくれていてかわいかったのに。なんだい、この2日は。まったく非常識で、ふてぶてしくて」

「昨日は肉だ湯浴みだと私達に余計な仕事を押し付けて。今日なんて、陛下に非礼を働いたそうじゃないかい。私達にまでとばっちりが来たらどうするんだい」

「ルナ、世話係だったら厳しく言ってやりなさいよ。あんたのしつけが悪いせいだからね」

 涙するお姉さん。けれど、泣きわめくんじゃなくて必死にこらえている。

「それなのに、今日は王宮の外に逃げて、今度は泣いて逃げて」

 他の召使い達がお姉さんに当たる態度を見るに、俺かなり非常識なことをやってたみたいだ。

 当たり前だよ。まだ何もしてないのに勇者様勇者様とわめきたて、いろんなものを要求して。

 門の前で見た女の人の言葉を思い出すに、この体には元の持ち主がいて、その子を生け贄に俺はその身体に召喚された。そして、ハーフエルフの身分では絶対にしないような行いの数々で王宮をひっかきまわしている。

 IFに話しかける。

「どうしよう」

「どうしようも何も。ここはこの世界で生きていくと決めるしかありません」

 そうだ、それしかない。けれど、この全く知らない世界、常識の通じない世界でどうしろと。

「まずはこの世界のことを学ぶしか」

 ふと召使いたちの視線を感じる。立ち聞きしてたの気づかれたかも。何もできない俺は、そっとその場を離れる。


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