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13. リューと最初の危機

 礼拝と教えのことでのびっくりが収まると、どうしても、どうしても聞かずにはいられないことを思い出す。これだけは聞いておかないと外に出られない。

 お父さん、お母さん、いや違うな。この場合、

「お父上、お母上」

 びくっという気配がする。驚きしかないと思う。けれどここは仕方ない。

「この家は一体どのような家なのでしょうか」

 そう、この家の身分、家格だ。身分が分からなくては、外に出たとき、他の人々とどう接していいか分からない。身分が上の人に会ったら、礼節を持って接しなくてはいけないから。

「どんな家って、普通の郊外の一戸建てだけれど」

 違う、そうじゃない。建物としての家じゃない。

「この家族の身分です。どの階級にいるのか、どのような役職を持っているのか」

 こういうことだ。

 ハーフエルフの純朴な村では、身分はほぼ平等。村人と、その中の知恵ある者から選ばれる長老だけが身分だった。

 けれど、一歩村の外に出たら違う。農村には領主や地主がいて、農民がいて、農奴がいて、聖職者がいて。街に出たら、自由都市か子爵の居城かで違うけれど、徒弟と親方、街の名士がいて。首都にはそれに加えて王様と家臣団と流民がいて。さらに、土地に縛られない身分として、旅の商人に芸人に詩人、そして自由石工団。

 強いて言えば、ハーフエルフの村は社会の中では、平民の中の自由民のハーフエルフ一族といった身分になるのだろうか。

 とにかく、国が大きく、社会が複雑になればなるほど、たくさんの身分と上下関係ができてくるものなのだ。教科書を読む限り、こんなに複雑に発展した現代の地球の日本、きっとたくさんの身分があるに違いない。そして、この家の豊かな生活、きっと上の階級なんだと思う。

「何を言ってるの? うちは庶民でしょ」

 庶民ってなんだ?

「2日も連続で働かないのに平民。貴族ではないのですか?」

 見た限り、この家の身分は農民ではない。夏に2日も世話をしなければ、農場はだめになってしまう。では職人か? いや道具も工房も家にない。父親は家ではただ休んでいるだけだ。体型も騎士とは程遠い。ということは、残るは地主か貴族かしかないのだが。

「道具も工房もなく、2日も休んでいるので、職人ではなく、てっきり貴族かと。屋敷は、貴族にしては異常に狭いですが」

 なおも話し続けようとする僕を遮って父親が言う。

「あのなあ、うちは普通のサラリーマン家庭だよ。父さんは中堅企業の社員、母さんは事務のパートだ。ずっと見てきただろう。妄想はやめろ。士農工商なんて、生まれながらの身分制は、大昔に無くなったんだ」

「身分制が、……ない!」

 体は驚きのあまり固まってしまっている。あまりに呆れ返っているからだろう、父親と母親の方からは、驚きや怒りの気配、全く感じられない。そのまま沈黙が流れる。

 母親は台所へ行き、時計が正午を指す。

 その後の昼食はひたすらに気まずい。誰も何も言わない、視線も合わせない。ただ料理だけが減っていく。

 3人全員が食事を終えた後、母親が言う。

「ねえ、リュウ。お願い、ちょっと散歩してらっしゃい」


 近所の公園まで、と半ば追い出されるように靴を履かせられて外出させられたよ。間違って父親の靴に足を入れてしまったのが何事もなかったように思えるほどの、何とも言えない空気。


 玄関を出て、背後で扉が閉まる、これからどこへ行ったらいいんだ。途方に暮れる。

 まずは後ろを振り返る。建物の特徴を覚えるためだ。同じような建物が立ち並ぶ街並み、下手に歩いたら帰って来られなくなること必至だ。自分の家が分からない、名前も分からないなんて、他人に尋ねた瞬間にお終いだ。

 家を出て道の向かいには全く同じ建物が並んでいたけれど、幸い、僕の家は両隣とは違った特徴を持っていた。クリーム色の壁に、黄色く、厚い、波打つスレートみたいな何かで葺かれた屋根。ガラスの入った窓がいくつか。

 扉の横には金属の板に書かれた文字、

『加藤 Kato^』

 この家族の姓はKato^ カトウだ。覚えたよ。


 右に向かってそろりそろりと進んでいく。歩くのは塀沿いぎりぎりだ。何せ、昨日見たあの化け物が時々高速で走ってくるんだ。背の高い石の柱があるときには、その陰に隠れ、ほっと一息つく。黒く固い地面。そこら中を覆う灰色の巨大な石。時々思い出したように現れる緑。そして、似たような2階建ての四角い家が視界の果てまで並んでいる。

 走り回る化け物は、どうやら乗り物らしい。よく見ると、全て前面はガラスで、その向こうに座席に座った人の顔が見える。扉が開いて人が乗り降りするのも見た。

 いくら化け物ではないと分かったとして、高速で走り回る物体が溢れていることに変わりはない。シャリアに、危険があったら、乗り物が近づいてきたら教えてもらいながら進んでいく。

 最初の、道と道が直角に交差するところを右に曲がり、少し進んだところで歩みを止めた。通りを曲がっても似たような建物の列。このまま進んだら絶対に迷う。引き返そう。前来た道を間違わないように戻っていく。『加藤 Kato^』の札のある家までたどり着いた。


 入り口の扉を開けようとしたところで話声に気付く。今日は涼しい。冷風の出る機械、エアコンを使っていないから窓が開いている。そこから、父親と母親の声が流れてくるのだ。

「ねえ、あなた気付いてるでしょ」

「リュウのことだな」

「昨日から明らかに変よ。自分のことを『俺』じゃなくて『僕』、私のことを『かーちゃん』じゃなくて『お母さん』と呼んで」

「当たり前の食事に目を丸くしてな」

「何より、いきなり身分のことなんて言いだして、固まって。今までこんなことなかった。それに、一昨日までは幼稚だけれど変に大人ぶって、遅れて来た反抗期みたいだったけれど。昨日今日は、あどけなさがあって純真だけれど、人生経験を積んだように、どこか大人びてしっかりしている。うまく言えないけれど、年齢が2、3下がったよう」

「今までも異世界人遊びはしていたが」

「今回は明らかに違う、変よ!」

「ここはやはり、数年ぶりにまた○○のところに連れて行くしか……」


 がしゃり、扉を開ける。後ろでに閉め、そのまま土間に立っている。びくりという空気が伝わってくる。

「お、お帰りなさい」

 そりゃそうだ。こんな話をされるのも無理はない。この世界にやってきて、今まで素直に驚いて質問ぶつけてたけれど。これ、よく考えたら異常だ。見知った家で、当たり前のことに仰天し、どたばた走り回る。こんなことがあるだろうか。

 今までは、この体の元の持ち主がよくやっていた、「異世界人遊び」なるもののおかげで見過ごされていたんだ。けれど、今回のあまりに非常識な行動で、それは崩れ去った。

 連れて行かれそうな「○○」というのが何かは分からないけれど、よい事態ではないのは明らかだ。


 父親、母親が何か話しかけてくるけれど、耳に入ってこない。今、僕がやるべきことはただ一つ。「元に戻った」ように見せかけること。そのためには、できる限りこの世界のこと、この体の元の持ち主のことを調べ、驚かず、自然に過ごすこと。この家から出ていく選択肢はない。生きる術がないのだ。ここはこの家にしがみつくしか。自室に向かって居間を横切る。

「ねえ、リュウ、リュウ。うんと、ええと、何だっけ。何を話そうかしら。そうだ、昨日今日とスマートフォン全然触ってないわね。四六時中触っていたのに」

 上ずった声で母親が言う。

 まずは一人称から。

「そうだね、かあちゃん、おれ、わざとやってたんだ。決まってるじゃないか」

 僕は作り笑いを浮かべて階段を上がっていく。


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