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11. リューとお仏壇

 ふう、むにゃむにゃ。そろそろ起きようかな。

「おはよう、シャリア」

「おはよう、リュー」

 もうカーテンの外が明るくなってるよ。昨日は土曜日だから今日は日曜日。

 まずい、こんな時間まで寝てしまった、……間に合わない。

「礼拝に行かなくちゃ!」

 毎週日曜朝は皆で集まって礼拝だ。日が昇って、真南に来る半分まで進んだところでお祈り開始、終わったら昼まで聖職者の説法を聞く。一週間の中でお祈りは欠かせない。


 急いで着替える。礼拝所はどこにあるんだろう。遠いかな、この世界の料理だと、朝食も時間がかかるだろうから、早く、早く。

 1階に駆け下りる。朝食! あれ、無い。母親もいない、どうして。再び階段を駆け上がり、両親の部屋に叫ぶ。

「お母さん、どうなってるの?」

「何が?」

「お祈りに行く準備は」

「何言ってるの。日曜の朝から早起きしすぎ」

 日曜の朝から早起きしすぎ? いや、日曜こそ早起きしないと。遠くの礼拝所まで行かないといけないんだ。

 居ても立っても居られない。

「早く。早くして」

「そんなに言うなら。準備するから、ちょっと部屋で待ってなさい」


 自室に戻る。ああ、とってもそわそわする。このままじゃお祈りに間に合わない。

 生まれてこのかた、貧しく辛い生活の中で、教えとお祈りこそが唯一の救済であり、生きる目的なのだ。教えの教義は良く分からないし、大人たちも詳しくは教えてくれなかったけれど。とにかく、教えに生きる、教えに則った生活をする、特に祈りを捧げることは絶対なんだ。

 どうやら、聖職者のお兄さんが昔ちょっと読ませてくれた聖典には、神様や様々な天使の話が書かれているらしい。けれど、一般人はそれを知ってはいけない。まず、謙虚に生きるのが第一だ。

 人々は、天におられる神様が地上をのぞくという、「天の窓」に向けて礼拝する。神様はそこから、僕らの行いを見ていて下さる。神様とつながる「天の窓」への礼拝が、神様への最大の経緯であり、礼拝そのものが、神様から僕らへの、生きる希望を賜ってくださる最大の祝福なのだ。

 どういうことかって? 辛い労働の日々の中で、信頼できる唯一絶対がある、それに祈りを捧げることができる。それが、避けがたい、突然の病や事故や死、苦痛に満ちた不確実すぎる人生を、秩序だった、頼れるもののある、生きる希望あるものに変えてくれる。

 礼拝所に入れない首都での暮らしでだって、扉の開かれた礼拝所の外で祈っていた。

 長々語ったけど、何が言いたいかって? 僕らにとって、お祈りと生きることは切り離せないってことだよ!


 早くしないと、そんな大事な礼拝に間に合わない。そわそわして、部屋の中を動き回る。

 やっと下から声が聞こえる。

「ご飯できましたよ」

 1階に下りると、並んでいたのは昨日の朝食とだいたい同じ料理。こんな量ゆっくり食べてたら時間かかっちゃう。高価な食べ物、もったいないけれど、急いで食べちゃうよ。

「ごちそうさまでした」

「早いのね」

「ねえ、そんなことより、礼拝所はどこ? 歩いてどれくらいの距離にあるの?」

 早くしないと間に合わない。

「礼拝所なんていきなり言われても。無宗教のうちで何のこと?」

「え、お祈りする場所は?」

「お仏壇と神棚なら和室にあるけど」

 家の奥へと駆ける。


 布みたいな、紙みたいなものが張られたすべり戸を開けると、そこにあったのは。金色に輝く祭壇。人の背丈くらいはあるかな。神々しい。家の中にこんな豪華な礼拝所が。祭壇を金銀宝石で飾ることは、世俗の富を信仰に持ち込むな、ということで禁止されていたはずだけど。

 まあいい。早くお祈りを始めないと。聖職者が合図してくれないから調子がつかめない。

 膝立ちになって、目を閉じ、祈りの言葉を唱える。3度繰り返す。その後平伏。しばらく頭を下げ、再び膝立ちになって、と顔を上げたとき、何か気配を感じる。そーっと目を開けて……。まずい、目が合っちゃった。目が合ったってことはあれだ。

 偶○に祈りを捧げてしまった!

 ○像崇拝は教えで禁止されている。周りの他の教えの異民族も、像の崇拝は禁止だ。○像崇拝ははるか昔に終わったもの、知識の中だけのものだった。まさか残っているとは。

 ああ、どうしよう、唯一無二の救いを下さる神様、天使様。僕はあなた方以外に祈りを捧げてしまった。罪深いけれど、どうか地獄行きだけはご容赦ください。

 倒れそうになったところで、ふと祭壇の脇に小さな冊子を見つける。


『み仏の教え 第○号』


 表紙には素朴な字で表題が書かれている。きれいな絵で飾られて、「お盆を迎えるにあたって」とも。裏表紙を見る。


『○○宗○○派○○寺』


 絵が白抜きになったところに、黒のスタンプで印字されている。『み仏』、『お盆』、『寺』。聞いたことのない言葉ばかりだ。興味を惹かれる。この世界に来てますます高まった知識欲が燃え上がるよ。

 この本にも、翻訳の仕掛けがついているみたい。表紙をめくると、縦書きの文字と挿絵が並んでいる。「教え」という言葉が随所に。どうも、こちらの世界の聖職者が書いた信徒へのメッセージみたい。読み進めるよ。

「お盆に帰ってくる、仏になったご先祖様をお迎えする……」

 ちょっと常識じゃ分からないことだらけだ。次の記事も読んでみよ。

 

 分からない。結局一冊丸々読んじゃった。要点を拾い集めてまとめるとこんな感じ。どうやら、この家で信仰されている教えを始めたのは、『天竺』という国の、『お釈迦様』という人らしい。『お釈迦様』の教えが広まるうちに、『悟り』を開いた『お釈迦様』を『仏様』として崇めるようになり、やがて『仏像』を作って祀るようになったと。最初期には、仏像を作ることは禁止だったらしい……。

 ということは、この家の祭壇にある像は、僕の元の世界の、よその国で使われている、「神像」みたいなものかな。遥か昔、入信したばかりの人々に教えを説明するために使われたという人形だ。今は天上と「つながる」ためのもの、または天上の「シンボル」として大切にされている。子供に説明するために、今でも絵が描かれることもある。

 神像を作ったり、使ったりすることには、かなり賛否あったみたい。禁止する国、勧める国に分かれた。一触即発の戦争の危機になったりもしたけれど、長く続いた論争の末、約束が交わされた。


1.王様が自分の国の教義の解釈を決める

2.よその国が違う解釈で教えを実践していることを理由に戦争を仕掛けない

3.他国からの旅人が違うやり方で祈りを捧げても、広めない限り罪には問わない

4.強制や脅迫、錯誤により、または身の安全のため、別の対象に祈っても、道徳上の罪にはならない


 祈りのシンボルへの厳格さでは中くらいから少し厳しめになる僕らの王国でも、「天の窓」を作って礼拝所にかけることは問題ないし、旅人とかが礼拝所に入れないときのため、あるいは守護のため、小さな「天の窓」を持ち歩くことは認められている。

 「人が形作った、物『そのもの』を、シンボルではなく、それ自体神聖な物として崇拝の対象にする」のでなければ罪ではない、厳密には。思い出したよ。

 僕の場合、今祈ったのは錯誤、今後祈ってもこの世界での身の安全のため、ぎりぎりということにしよう。それに、祈りの対象が、漠然と、世界の法理や神聖な存在になっているなら大丈夫かもしれない。


 それにしても。人は死ぬと『仏』になって、生きている人はご先祖様を敬って祈りを捧げるって、なかなか思いつかないなあ。


 錯乱してたけれど、だんだんもとに戻ってきたよ。世界にはいろんな考えの人がいるものだ。あ、ここは異世界だったね。


 振り向くと、あれ、天井近くに木で作られた家、神殿、みたいなものがある。中には大きく『○○大神』と書かれた木の札が。

「ん?」

 棚の下に本棚があって、『神道の教え』という題の本が。どれどれ、開いてみると。

「神道は日本古来の宗教です」

 おっと、同じ家の中に別の教えが。異世界は想像を超えることばかりだ。


 和室を出て居間に戻ると。え、父親まだ寝間着のままだよ。そうだよね、日が昼の半分まで昇っても、父親も母親も礼拝に来ない。ご飯がお仏壇に上がっていたから、母親は先に略式で参ったのかもしれないけど。

 礼拝には普通かなり時間がかかるものだから。もしかしてこの世界には長時間の礼拝をしない人もいる? いや、もしかして、それどころか。

「今日は珍しくお仏壇を拝んで。いったいどうしたの」

 お祈りをしない人もいる……。

 一家に2つ教えがある以上のびっくりだよ。


 主人公その2のリュウの家は、おそらく日本で最も信仰および信条のない人たちの姿です。

 日本にだって、毎週礼拝する人、毎月お坊さんを呼ぶ人、信条として無宗教を貫く人、しっかりいることを異世界人リューが知るのはまた後ほど。作者の考えは次の部分のあとがきをご覧ください。


※錯誤や強制であっても、別の対象に祈ってはいけないという人がほとんどなので、この場面の真似は絶対しないでください。


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