10.リュウと燻製肉と湯浴みと
ほんとキツイ。ふらふらになって倒れる直前まで持久走は続いた
「やめ、終了」
今度こそ解放された。
「大変でしたね。お疲れ様です、リュウさん」
IFが話しかけてくる。
「ぶっ倒れるかと思った」
お姉さんが近寄ってくる。こ、今度こそ食事……。
「食事の用意ができました。ご案内します」
「やっと夕ご飯ですね、リュウさん」
「やっとだね、本当に」
お姉さんに連れられて、朝と同じ、食卓の置いてある部屋に入る。席に着いてしばし待つ。空腹は最高の調味料というけれど、さすがにやりすぎだ。
料理が運ばれてくる。運ばれるや、目を閉じ、指を組んでお祈りの準備。祈りの言葉を唱えて、目を開けると待っていたのは。
う、パンと豆スープ。しかも、パンはさらにパサパサになっている。
「ちょっと待った。また同じ食事かよ」
「同じ食事で何か問題でも。異世界の事情は知りませんが、この世界ではみな毎日同じようなものを……」
「違う、そうじゃない。内容よ、内容。また質素な豆スープとパンかよ。しかもパンはさらにパサパサになってるし」
「白いパンが残っていただけで幸いだとお思い下さい。それとも、わたくしが白いパンを頂いて、わたくしのライ麦パンを代わりに差し上げましょうか?」
ねーちゃん、慣れてきたらだんだん態度デカくなってきてないか。
「おいおい、しっかり食って体力つけないと。この体で魔王征伐に行けと? 俺は勇者様だぞ」
「おやめください」
「肉くれよ、タンパク質」
「わかりました。どうにかお肉を探してまいります」
「うん、話せばわかるじゃないか」
厨房の方へと出ていくお姉さん。ちょっと言いすぎた気もするな。
だいぶ経って戻ってきたお姉さん。なにやら茶色いものをのせた皿を持っている。
「燻製肉でございます」
「何の肉、これ」
見た目から、もとの肉の種類が想像できない。
「牛肉です。それを煙でいぶしてあります」
「おおいいじゃん」
燻製の牛肉ってことは、ビーフジャーキーみたいな食感かな。さっそくかじりつく。
「固ったい」
どうなってるんだよ。
「歯が欠ける」
「燻製肉はとにかく保存が効くように、徹底的に水分を抜いてあります。少しずつ噛んで食べるものです」
「もっと新鮮な肉はないの?」
「あの、お言葉ですが。これだって普段は手に入らないものなのですよ。高位の騎士の料理番に頼み込んで、特別に譲ってもらいました。新鮮な牛肉を手に入れるのがどれだけ大変かお分かりですか? 首都にも、毎日牛が運び込まれるわけではありません。その前に、牛一頭を育てるのに、どれだけ牧草と世話が必要か……」
やべ、怒らせちゃったよ。さすがに、頭下げて横流ししてもらったものに文句言われたらなあ。
「ごめんなさい。悪かったよ」
固い燻製肉を噛み続け、最後の一片を飲み込む。
お姉さんに連れられて寝室へ向かう途中、
「着替えたいなあ」
「お着替えは部屋に用意してあります」
「いや、汗かいてべたべたする」
「では、清拭を準備いたします」
「清拭って?」
「湯に浸してよく絞った布で拭いて、体を清めることです」
風呂はないのかよ、と思いながらもふと思う。お姉さんに体ごしごししてもらえるなら、それはそれでいいんじゃないか? 顔に笑み、出てるかも。
「しばしお待ちを」
石畳の床に、壁に沿ってかまどがならんで作られた部屋に通される。召使いさんが何人か呼ばれて、かまどに火が入れられ、薪がくべられる。鍋が持ってこられて、いっぱいに水が満たされる。
湯気が立ち始めるかな、というところで、鍋から手桶にお湯が移される。お姉さんが布を持ってきて、お湯に入れる。さーて、っと。
「ではごゆっくり」
去っていこうとするお姉さん。
「え、自分でやるの?」
「どうぞご自分で。私は他の仕事がありますので」
「もしかして、肉のことまだ根に持ってる?」
「病人には、看病の者が全身清拭をすることがありますが。リューは病人ではないので、体は動くでしょう。わたくしはリューのお世話をしているだけではないのですよ。王宮には仕事が山積みです。あなたこそ、何か下心があるのではないですか?」
バレてた。しゅんとする俺。服を脱いで、力を込めて布を絞りながら体を拭いていく。けどね、やっぱり物足りないんだよね。
お姉さんが戻ってきたときに言う。
「やっぱりお湯につかりたい」
「そこはぐっと堪えて」
「あれだけ運動して汗かいたんだ。おれは勇者……」
「お止め下さい。ほかの召使いがいます」
「わかったぞ、俺は勇者!」
大声!
「わかりました。お湯につかりたいのですね。用意しましょう」
つかつかと、部屋を出ていくお姉さん。ぞろぞろと、水の入った手桶を両手に抱えた召使い達を5、6人引き連れて戻ってくる。あれ、浴槽ないけど。次に続くのは、大量の薪を抱えた従僕達、そしてゴツい大男が酒樽を持って現れる。
どすんと音を立てて樽が置かれ、かまどで沸かされたお湯が次々と入れられる。
「どうぞ」
半分ほどまでお湯が入ったところで声をかけられる。
大男に持ち上げられて桶に入る。うーん、やっぱり入浴は湯舟がないと。いいね、ぬるいけど。
お湯が冷め始めたところで声をかけ、大男に引き上げてもらう。
「以上、湯浴みでございます。ご満足なさいましたか?」
「うん、いいね!」
大きなため息が聞こえた気がする。
布を渡されて体を拭くと、新しい下着と、今まで着ていた服を渡される。これから寝るんだから寝間着じゃないの、とも思うけれど。あ、そうか、ホテルと一緒で、王宮の廊下は私的なプライベート空間じゃなくて公共のパブリックスペースだからね。
自室に着くと、今度は寝間着を渡される。脱いだ服、洗濯のために持っていくのかな、と思ったけれど、お姉さん衣装掛けにかけ始める。
「え、洗濯するんじゃ? 汗かいたよ」
「まだ1回くらい着られます」
「不潔じゃない?」
「洗濯、一回やってみますか?」
わかりました、と引き下がる。
さてと、今日もベッドダイブ。
一日疲れたなあ。いろんなことがありすぎた。まさか異世界に来て、粗食で勉強と体力テストすることになるとはねー。
明かりが持っていかれると、部屋は真っ暗。そういや、この世界には幽霊いるんだっけ、ガチで。暗闇、恐いな。王宮なんだから大丈夫でしょ、と思いつつ目が冴える。
なんか、今日しっくりこないことが多いんだよな。お姉さんに説教されたのが効いたかなあ。
まあいいや、明日は日曜、休みだし。ゆっくり寝よ。
IFが語りかけてくる。
「おやすみなさい、リュウさん」
「おやすみ」