釈放
たった今書き終わりました。いつもより誤字多いかも
――始まりの門 第3階層 始まりの門番
《門番の出す条件をクリアし『Call Card』を受け取り、帰還しましょう》
今度の舞台は草原でも洞窟でも無く、生活感の溢れる木造の住居の中だった。
テーブルも椅子もキッチンもどれもかなり年季が入っていると分かる古いものだったが、今でも現役で使われているという処に、持ち主の確かな愛着が感じられた。
これだけ見れば思わず優しい顔の老夫婦を思い浮かべてしまうような住居ではあるが、その主張に異議を申し立てる様な大きな違和感が一点。
この住居、全体的にスケールが小さすぎるのだ。
天井に関しては大人の男がジャンプしても大丈夫なくらいの高さはあるものの、広さも二畳ほどの大きさであるし、何よりテーブルも椅子もキッチンも軒並み小人サイズなのだ。
私自身が巨大化してない限り、ここの持ち主は少なくとも普通の人間では無いようですね。と言うよりも、システムメッセージを見る限りでは、門番と呼ばれるモンスターの様ですが。
しかし軽く見渡した感じ、それらしきモンスターも見当たりませんし、それによりシステムメッセージの言う門番の出す条件というのを確かめる手段が皆無なのも困りものですね。
状況を進める為の手がかりを探そうと、そう広くもない室内に視線を巡らせ、部屋の中をより詳しく観察していく。
ふと、テーブルの向かいの椅子に置かれている、翼の生えたもちっふる人形と目が合った気がした。いや、人形かと思っていたが、よく見るとうっすらと名前表示が見える。
『ユリエール[えんぜるもちっふる(Lv67)]』
レベル67!?
先だってYouGoをプレイしていた騎士ロールプレイヤーの「タイト2」曰く現在の最前線でレベル50前後だという事なので、もしかしたらこいつは現在確認されている中で最高レベルのモンスターかも知れない。
少なくとも、今戦って勝てる相手ではない。それでも少しでも距離を確保するために慌てて床を蹴り後ろへ移動する。
「あらら、大丈夫? 驚かせちゃったようですまないね、どうも新人さんをからかうのは辞められなくってね」
部屋が狭い事を忘れて移動してしまったために、大きなのっぽの鳩時計に後頭部を勢いよくぶつけた。大いに悶絶しているところを、優しそうな声色の女性に心配される。
若干涙が滲んだ視界を声のした方に向けてみると、そこには翼をはためかせて滞空している金髪の美しい天使がいた。ただしサイズはこの部屋相応に小さいが。
しかし問題は、何故か天使がいてその天使の名前が『ユリエール[えんぜるもちっふる(Lv67)]』となっていることでも、その天使のサイズが小さい事でも無い。
久しぶりに幼女を演じなければならない事と、そして第一声に幼女として何を言えば良いのかが咄嗟に出てこないという事だ。これはロールプレイヤーとしてかなり致命的である。
「きれいな人……」
結果絞り出したのは無難な一言。
高得点は間違ってもあげられないが、誰が言ってもおかしくは無いごまかす際には便利な普通の反応。
「あらまぁ、こんな年になってもそう言って貰えるのは嬉しいものね。良い子には少しばかりサービスしてあげるわね『プライオール』」
天使の手から放たれる緑の光に包まれると、僅かに減っていたHPが再び満タンになる。
プライオールとはプレイヤーが覚える回復魔法とは異なるプロセスの、NPCのみが使える信仰系スキルの魔法だ。
プレイヤーとは違いスキル効果の守秘意識の無いNPCからの聞き取り調査で、その全容はあらかた明らかにされており、そのなかでもプライオールはHPも状態異常も完全に回復できる最高位の魔法だ。
それが使えるのは信仰系スキル使いの中でもほんの一部で、必要なお布施の額も相応に高額。王族でもそうそうかけて貰えるものではなく、間違ってもこんな数十っポイントのカスダメを治すのに使う魔法では無い。
あらためて目の前の存在とのレベルの差を意識させられる。
「あ、ありがとうございます。あの、お姉さんはここの門番さん、ですよね?」
「そう、あたしがここ、始まりの門の門番、気軽にユリエールって呼んでくれていいわよ」
「はい、じゃあ、あのユリエールさん。それで条件って言うのは……?」
流石に戦闘では無いとは思いますが、そうでなくともレベル67のユリエールが出す条件ですから、チュートリアルとは言え大いに手こずりそうな予感がします。
ここまでの感じからして、第3階層も楽勝だと少々高を括っていましたが、どうやら気を引き締め直さなければいけない様です。
「あぁ、それね……、私が出す条件は……」
真剣な顔でこちらを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐユリエールの出す緊張感に、私は自然と生唾を飲み込む。
「ふふん、特に無いわよ」
と、次の瞬間真剣な顔が一変。ニカッといたずらっぽく笑うと、楽しそうにそう言ったのだった。
人を馬鹿にして悪びれもせず笑っているユリエールに少しムカッと来たが。幼女はこんなことでは怒らない。
いや、少しぐらいは怒るでしょうか。うん、怒りますかね。
「もぅっ、ユリエールさん。からかわないで下さいよ」
「いいえ、本当に無いわよ。強いて言うならこうして年寄りの話し相手をして貰うことかしらね。ウェルデス君ともそう言う約束になっているし」
どうみても年寄りという言葉が似合わない若々しい容貌をしていることについて突っ込みたい衝動に駆られはしたが、いくつになっても女性に年齢の話はタブーだと私は身をもって知っている。
「ウェルデス君?」
「あぁ、いいのよいいのよ、あいつについては気にしなくてもね。とにかく、条件はクリアしてるしあたしの『Call Card』をあげるわ。ちょっと待ってなさい」
代わりに途中で出て来た人物について訪ねてみるが収穫は得られず。残念ではあるが、そんなことが気にならないくらいに『Call Card』が貰えるという事実は大きい。
『Call Card』とは『My Gate』、目玉スキルに並び称される『Your Gate Online』の柱となるコンテンツの一つだ。
NPCや一部友好的なモンスターにのみ作り出せる、プレイヤーで言うパーソナルの様なもの。ただし、交換してもメッセージを送るためのアドレス代わりにしかならないパーソナルとは違い、『Call Card』には大きな実益がある。
Cardを使用することで、Cardをくれたキャラクターの分身が現れ、登録したスキルを使用してくれるのだ。
Cardにはクールタイムがあるので連続使用は出来ず、スキルも事前に登録したもの一つのみだが、ノーコストで効果は強力、元となったキャラが死んでしまわない限り無くならないという大変有用なアイテムなのだ。
「『我が名はユリエール。彼の者を助く者なり プライリトル』」
ユリエールの手から薄い緑色の光が溢れ、やがてそれはカードの形をとった。
「じゃあんたの『鍵』を出しなさい」
「あ、はい『Gate』」
私が『無色の鍵』を出現させると、ユリエールは徐に翼をはためかせて鍵に近づき、手元のそれを押し当てる。
鍵は光を吸い込み一瞬色が変わったものの、直ぐに元の無色に戻ってしまった。
「よし、これで私のCardが登録されたはずよ。Cardに込めたスキルは『リトルプライ』。HPを50程回復するだけの初級魔法だけど今はまだそれで十分でしょう?それで足りなくなったらまた私に会いに来なさい。もう少し良いのを入れたげる。
クールタイムは10分。呼び出すときは『Call ユリエール』で使えるわ」
序盤で苦労する回復手段が得られたのはかなり大きいと言えるだろう。初級スキルにしてはクールタイムが少々眺めだが、コストがゼロなのだから寧ろ破格と言えよう。
「ユリエールさん、ありがとうございます」
「いいのいいの、みんなにやってる事だし。これがあたしの仕事みたいな所もあるしね。気にしないで」
「でも……」
ユリエールは右手をぷらぷら動かして気にしていないアピールをするが、それでも幼女は食い下がる。
「あはっ、あぁ、じゃあ用がなくても時折遊びにきな。あたしにとってはそれが一番嬉しい」
「はいっそうします」
私の迫真の演技にだまされ、ユリエールは嬉しさとも呆れとも取り得る様な曖昧な笑みを浮かべて代案を口にする。私は一も二もなくそれに承認した。
「ありがと、まぁでも今日の所は帰りなさい。やり残したこととかは特に無いわよね?」
「あ、はい」
「じゃあ天空都市に送るわね『我は始まりの門の門番ユリエール。開闢の門よ、承認せよ』冒険頑張ってね、応援してるわ」
《これにてチュートリアルは終了しました。報酬を受け取りましょう》
――天空都市 ラストル・ギア 教会前広場
[えんぜるもちっふる]
→もちっふるの特殊進化個体。プライ系統の魔法を得意とし、人語を解せる程に高い知能を持つ。そのため、「プライ系統の適性がある比較的賢い個体が稀に進化に至る」という説が通説である。
また、学者の中には「人に憧れたもちっふる」という寝物語の中で、プライ系統に適正の無かったもちっふるが人を助けた事で進化し、その後プライ系統の適性を得たという描写がある事を根拠に「複数の進化プロセスが存在する」という説を唱えている者も居るのだが、情報の信憑性が薄いとされ、認められていない。
誰かを回復する事で成長し、それに伴い神聖さの象徴である純白の翼が成長していく姿から、まだ人類が地上の大半で繁栄していた頃、一部地域では神の使いとして崇められていたことも。
ブクマや評価も嬉しいけど、私は感想に飢えた獣です