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探偵助手、はじめました。  作者: 是木田イミフ
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filr.6 金原ユキの闘い

命を狙われていることが発覚したユキ。

守られているだけではいけないと修行する決意をするが…?

命が狙われていると発覚してから2週間。

ユキの太ももの火傷もまぁまぁ治ってきた。

と、いっても傷跡はまだまだ派手に残っていたが。


ユキはボディーガードをしてもらうことを申し訳ないとは思いながら、仙堂と過ごす時間が増えたことは嬉しかった。平日に何か用事がある時は仙堂がいつも送迎・同行してくれた。



仙堂と食事を一緒に取る機会も増えた。一階の喫茶メトロノームを使う事も多く、店主の美奈子の料理を食べさせてもらうことが増えた。


仙堂はユキと一緒にいてもそう積極的に話すわけでもなく、同じ空間でコーヒーを飲みながら新聞を読んだり、ノートに書き物をしたり、パソコンで仕事をしたりしていたが、それでも一緒に時を過ごせるのが幸せだった。


「…最近、いつも一緒ね。」


にこにこと美奈子に話しかけられて、ユキは何と答えようかとまごついた。


タマ狙われてるんで…なんて言えるはずが無く。

代わりに仙堂が答える。


「金原君に仕事で足にケガをさせてしまってね。

料理するのも大変だろうから、美奈子さんのご飯を食べさせてあげようと思って。」


「あらまぁ! 大丈夫なの?」


美奈子が心配そうにユキの顔を覗き込む。

美奈子はこういう時は母親らしい顔になる。


「あ、大丈夫です、普通に歩けますし…。」


「そう? 無理しないでね。…でも、ユキちゃんと一緒にご飯食べてたら、仙さんの生活も規則正しくなっていいかもね。」


美奈子は笑った。食事が不規則で食べたり食べなかったりの不健康な生活を美奈子はお見通しだった。


「…タバコもやめちゃえばいいのにねぇ。」


ユキに同意を求めたが、ユキはあははと笑った。

仙堂は苦笑いした。


こればかりは、やめられないのだ。




週末にはあきらがユキのボディーガードをするということで2人は一緒に買い物に出てきた。

人目の多い場所で襲ってくるとは考えにくかったが相手は超能力者だ。

あきらは常に神経を尖らせていた。


スーパーでこんなにも気を張ってる人間はいないだろう。

こういう時、仙堂の予知能力というのは便利なのだとつくづく思った。


あきらの私服姿は生活感のあるスーパーでは浮いていた。

少し離れた所から見て、ユキはやはり住む世界の違う人だなぁと感じていた。

並んで歩いていると注目を浴びているのがわかった。



「あ、あきらくん。帰りにスポーツウェア見に行ってもいい?」


「…いいけど。」


「トレーニングウェア欲しくて」


「ありがとう。ごめんね、時間取らせて。」


「いいよ別に。」

「俺も欲しいもんあるし。」


2人でスポーツ用品店に向かう途中、遠くの方からマッチョな男が声をかけてきた。



「あれ? ユキちゃんじゃ~ん。」


日焼けした肌に金髪で耳にはピアス。

見るからにチャラチャラしてる。

笑うと妙に白い歯が光った。


マッチョはわざとらしく筋肉を見せつけるような小さなTシャツを身に着けている。



「あ、翔さん、こんにちは。」


「お、今日の服いいね。ウエスト引き締まってきたしもっとボディライン出るのでもいいんじゃない? …タイトなTシャツにホットパンツとかさ。」


「いやぁ~、似合わないですし…。」


「絶対可愛いよ。」


「そうですかねぇ~。」


妙になれなれしい男にあきらは無意識に眉根を寄せて睨んでいた。

確かに、金原ユキは前回の襲撃から少し痩せた気がする。

恐怖によるストレスかと思っていたが。


会話を聞きながらあきらはイライラしていた。


(なんでウエスト締まってきたとか知ってんだよ。

それにホットパンツとかお前の趣味だろ!セクハラだろそれ!)


ツッコミを入れたいのをぐっとこらえた。


「えーと、彼は……弟さん?」

「あ、バイト先の子です。」


「そっか、彼氏いないっていってたから、


「へ~ぇ、イケメン君だね。っていうか女の子みたいだねー。」


あきらはイケメン君と言われカチンときた。


(彼氏いるとかいないとか、どんな話してんだよ。)


「そうそう、こないだ言ってた超美味しいプロテイン、

そこのドラッグストアに売ってたよ。

バナナミルクは期間限定だからお早目にね~。」 


(なんだよバナナミルクって。

チョイスが下品すぎるだろ!)


「ほぉら、ユキちゃん、バナナミルクだよ~」

「…美味しい?」

「ん…おいしい…です…。」


ドリンクを差し出すマッチョと

それを飲むユキ。


いらん想像してしまい腸が煮えくり返る思いがした。

美しい顔が般若のように変わっていた。


「ありがとうございます、行ってみます。」


「じゃ、またね~。」


あきらはマッチョの後姿が見えなくなるまで睨んだ後、ユキに尋ねた。



「…なんなの、あのチャラそうなマッチョ。」

「キックボクシングのジムの先生。」

「は? 何でそんな奴と知り合いなの?」


「今、通ってるから。」



「…は?誰が?」


なぜか喧嘩腰なあきらにユキは言いにくそうに答えた。


「……わたしが。」


「はぁ!?」


ユキから説明を受けながらも、あきらの頭の中で話が繋がらなかった。


「だって、私、弱いし、何もできないし…。

最近ルドルフのお散歩も出来ないし運動不足だから、趣味と実益を兼ねまして…。」


それでキックボクシングジムに通っていると。


「やめとけやめとけ。

とろいしデブだし、向いてねぇよ。」


デブと言われて、ユキはかなりカチンときた。


「うぐぅ…、いいじゃない別に! 自分でお金出して習い事するのに、あきらくんに関係ないでしょ?」


(あ、開き直った。)


確かに、ユキがどんな習い事をしようと口出しする権利はないが…。

あきらはあのチャラマッチョが妙に気になった。


「ふーん。まぁ、別に良いけど…。」

「じゃ、ちょっと打ってみ。」


「ここ、本気で。」


あきらが指を組んでミットを作った。

ユキは一瞬躊躇したが、拳を握りフォームを取った。


(くらえ! デブと言ったお返しだ!)


というつもりで力いっぱい打ち込んだ。

つもりだったが。


「えいっ!!……あぇ…?」


腰を入れて右ストレートを叩きこんだがいとも簡単にさっとよけられてヘッドロックされる。


「あっ! 痛い! 痛い! あきらくん痛い!!!」


ユキの頭を捕らえた腕が徐々に締まっていく。

喉をしめないように手加減はしているがぴくりとも動かない。


「素人が生半可に手だすんじゃねーよ。

あのな、女の腕力じゃ男にかなわないの。

怪我する前に辞めとけ。」



ユキのパンチやキックなんて、鍛えたとして威力が知れてる。

襲われた時、変に反撃して逆上させて状況が悪化する可能性が高いことは容易に想像がついた。



「わ、わかんないよ?

私だって鍛えてマッチョになったら…。」


あきらはムキムキの身体にユキのぷよぷよの丸顔が乗っかているのを想像した。

悪質なコラージュにしかならなかった。


「バーカ。」

「やめとけ。」


ユキの感情が皮膚から伝わる。

あきらがやっと手を離した。


ユキは悲しくなった。

鍛えて、強くなって、足手まといにならないようになりたかった。


くららは自分の身は自分で守れると言っていた。

せめて、少しでも…というユキなりに前向きに努力をしようとしていたのだった。


バカだのとろいだのデブだの、けちょんけちょんに言われてユキは悔しくて涙が浮かんできた。


「……あきらくんの、意地悪…。」


「……いいからやめとけっての。」


ユキの気持ちもわかるが、鍛えた一般人でもおそらく生身では能力者には叶わない。

あの仙堂ですらやはり周到に武装しているのだ。


ユキは前回の勉強会で教えられたことはやはりちっともわかっていなかった。


ユキには自分から言っても無駄だ。

仙堂にまた説得してもらおうと、とあきらはため息をついた。



事務所に帰ってから。

ユキはぷりぷりと怒りながら

仙堂に訴えていた。


あきらは3Fでまたオタク活動に興じていた。


キックボクシングのジムに通っていることは

送迎しているので仙堂も知っていた。


ユキは脂肪質で身体が重く足が遅いし反射神経も鈍いので鍛えるくらいは鍛えたらよい、と思っていたので仙堂は特に反対ではなかった。


いざとなったら、抱えて走らないといけないので体重もできれば軽い方が良い。

そんなことをぼんやり考えながらユキの愚痴を聞く。


「…ということがあったんですよ…。

ひどくないですか? 本当にあきらくんて意地悪じゃないですか?

横暴じゃないですか?」


「ヘッドロックって……小学生男子ですか!」


ユキは飲んだプロテインを机に叩きつけた。

バナナミルクがストローから飛び散った。


「はっはっは…!」

「青春だねぇ。僕も子供の頃はプロレスごっことかやったなぁ。」


仙堂は楽しそうに笑った。

笑い事じゃない! と言いたげにユキは仙堂を睨んだ。


まったく迫力がなくてまた笑いそうになったが仙堂はこらえた。


「いいかい? ヘッドロックをかけられたら

まず気道を開くように顎を引くんだ。」


「そして、相手の腕を掴みながら

体重を下に落とす。」


「普通は右利きだから右側に寄りかかる、

そして、ゆるんだ瞬間に、身体をひねり脱出する。」


「…わかるかな?」


「…???」


ユキは想像しようとしたが、やはり想像すら困難だった。


「…すみません、もう一度言ってください。」


「やる方がわかりやすいね。

僕にヘッドロックかけてみて。

本気でいいよ。」


仙堂は立ち上がってユキに背中を向けた。


(えーと…。)


ユキが洗濯やアイロンがけをするようになってからだいぶ小ぎれいになった仙堂のシャツ。その下はやや猫背気味だが意外と逞しい身体をしてるのがわかる。


ユキはおずおずとヘッドロックをかけた。なんだか、後ろから抱きしめるようで緊張した。シャツを洗うのに自分と同じ洗剤を使っているはずだがやはり煙草や体臭、土のような仙堂の匂いがしてドキドキした。


ヘッドロックは自分よりも背の高い相手にやると、ぶらさがるようになってしまう。

お父さんにかまってほしい子供のような、そんな間抜けなヘッドロックだった。


「もっと強く。そんなんじゃ、相手落とせないよ。」


ユキは徐々に腕に力を込めていく。


「もっと…もっと…」

「んゥ………よっし。」


仙堂の声が苦しそうに掠れたと思ったら

急にがくん、と体重が下に落ちた。


「わっ!!」


「で、ゆるんだ隙に身体をひねって……こう。」


「わかった?」


仙堂が振り返って、ユキの腕を掴んでいた。

あまりにも一瞬だった。


「じゃあ、今度は金原くんの番ね。」


攻守交替。今度はユキが仙堂にヘッドロックをかけてもらう。

首まわりの隙間は十分に空けられていて、息は苦しくなくて、余裕で抜けられそうな気がしたが…。


「んっ!」


「動かない~~~~~~~~~!」


ユキがどんなに力を入れても、仙堂の腕はピクリとも動かなかった。


「手加減してくださいよ~。」


「ダメダメ。悪い奴は手加減なんかしてくれないよ。」


「うんぬうううううううううう!!!」


重量挙げ選手かと思うような可愛くない声が出る。

血管が千切れるほどに力を入れてみたが仙堂の腕はやはりまったく動かない。


「いいかい? 仮に護身術を覚えたとしても

いざパニックになったら、何も出来ない人がほとんどなんだ。」


「まずそういう状況に陥らないこと。

そして君の場合は命を狙わているんだから、逃げること第一に。わかった?」


「わ、かりましたああああああああああ!」


「はぁ、はぁ、はぁ…。」


さらにそのまま数分が経過したが、脱出することは出来なかった。

ヘッドロックを解こうとしただけでグッタリと疲れてしまった。



「でも……私、仙堂さんに護身術教えて欲しいです。」


「ボクシングジムもあきらくんにやめろって言われたけど、

自分だけ何もしないで守ってもらうなんて、ダメだと思うんです。」


ユキの真剣な表情に、仙堂は付き合うことに決めた。

やらないよりはやった方が良い。

ユキの健気な気持ちに応えたのだった。


「…そうだね。ひと通り教えるよ。」



そしてあきらが休憩にお茶を飲みに降りてきた所。


仙堂が露出狂よろしくばっさばっさとコートを前で開いた。


「ほらほら変態おじさんだぞー!」

「きゃー!」


「何やってんのお前ら…」


あきらは謎のプレイを見せつけられて顔がひきつった。


ユキはかくかくしかじか説明した。


(まぁ、護身術ぐらいならいいか。)


「で、習ってはみたもののピクリとも動かない、と。」


「本当にお前、貧弱すぎだろ。

俺なら抜けれるけどな。

ていうか、そもそも捕まんないし。」


あきらは鼻で笑った。


「お?言ったなあきら。やるか?」


「……いいぜ。俺が勝ったら。

あの部屋、Wi-Fi環境整備な。」


「……いいよ。じゃあ、俺が勝ったら。金原くんをあまりいじめないように。」


「いじめてねーし。本当のこと言ってるだけだし。」


あきらVS仙堂。

ユキは仙堂とあきらの顔を交互に見ていたが、

俄然仙堂を応援する気になった。


カン!


開始のゴングはやかんの蓋だった。

ユキがやかんの蓋を叩く音と同時にあきらが仙堂の腕を掴みに行った。

それを仙堂がはじく。


しばらくはその攻防の繰り返しだった。


…しゅばっ、しゅばっ!

それは柔道の組手のようにも見えた。


(こいつ…柔道経験者だな。)

あきらは身体の使い方で仙堂の

実力を測っていた。


あきらは剣道で全国大会へいくほどなので弱くはない。

学校の部内でも一番強かった。

反射神経や身のこなしには自信があった。


だが…仙堂があきらの手首を捉える瞬間はあるが

あきらには仙堂の服すら掴めなかった。


「お前ずるいぞ!

未来みえてるんだろ!」


「こんなハイスピードな組手でじゃ見てる暇なんか無いよ。」


そうこうしてる内に、仙堂に両手首を掴まれて動けなくなってしまった。


ピクリとも動かない。そして握力の強さに驚いた。

振りほどこうとしたが、書類棚まで追い詰められてしまう。

ドン、とぶつかり棚の上から乱雑に置かれた書類が落ちてきた。


それでも仙堂はまったく集中力を乱さない。


「ぐぐぐぐぐ…。 んっ、ぐぅ……。」


「ゴリラかお前は…!」


あきらはちらりとユキの方を見た。

ユキが心配そうな顔をしてみていた。


(…負けられない。)


あきらは仙堂のアゴに頭突きを入れた。


「……!!」


仙堂がひるんだ隙に足元をすくった。


「だらっ!」


「…おっと!」


仙堂がバランスを崩して膝をつく。


「3カウント、取ったら俺の勝ちな!」

「1、2…」


勝手に宣言してフォールを取りに行く。


「こら、あきら。レスリングなら反則だぞ。」


足で蹴ってくる


「誰がレスリングなんて言った!

レスリングじゃねーし!」


(子供か…。)


(いや、まだ子供だったな。まぁ、そういうことなら…。)


仙堂は身体をバネのようにしならせ、回転させて足であきらの首を絡めとった。

あきらの身体が床に崩れ落ちた。そのまま太ももで頭を挟まれ、首四の字固めで固められる。


ぐうぅ! ぐっ…!!!

ぐううう………


必死でもがいたが、段々意識が遠のく。


「18.19.20…」


仙堂が数える声が聞こえたが、

その先は意識が途切れていた。

がくん、と気を失ったあきらに仙堂は言った。


「はい、オレのK.O.勝ちね。」


仙堂が力をゆるめると、あきらはぐったりとしていた。


「あっ、あきらくん!!!」


「意識を失うまでだいたい20秒。

脳に損傷を残すこともあるから、

非常事態にしかやっちゃダメだよ。」


(と、言いつつオレ、おれ、年に何回かはやってる気がするなぁ)


気を失ったあきらは仙堂にお姫様抱っこでソファに運ばれた。

自分もこうして、仙堂にお姫様抱っこで運んでもらったことがあったが、男同士のお姫様抱っことは…何か…見てはいけないものを見ている気がする…。


ユキはなぜかドキドキしてしまった。

薔薇の花が咲いたようだった。



あきらが気を失っている間……夢を見ていた。


場面は、リングの上。


女子プロレスラーのような衣装を着たユキが


「とりゃああああーーーーー!」


とヘッドロックをかけてくるが、胸の感触がふよん、と頭で感じられてちっとも痛くなかった。


「はっはっは、貧弱貧弱ゥ!!」


あきらは悪玉レスラーのように笑った。


今度は首四の字固めで股で挟まれ太ももで首を絞められたがまったく苦しくなくて、ぷにぷにとした太ももの柔肌の感触がむしろ気持ちよかった。


「はっはっは!無駄無駄ァ…!!」


幸せな夢だった。



あきらの意識はすぐに回復した。

心配そうに、ユキが顔を覗き込んでいた。


がば、と起き上がるとオデコに冷えピタが貼られていた。


熱があるわけじゃないので、意味がないのだが。

ユキのせめてもの手当てだった。


「く…屈辱…!!」


あきらは敗北したことを理解し、悔しさに拳を握りしめた。



「仙堂!今度は剣道で勝負だ!!」


「あきらくん、往生際が悪いよ。」


そんなじゃれ合いのような護身術教室は

何度か開催された。

それも、ユキには幸せな時間だった。




そして、2週間ほどが過ぎた。

ジムの終わった後で仙堂の仕事が遅くなり迎えまで時間があったので、ユキは掃除を手伝いながら待たせてもらっていた。


翔がこれ見よがしにユキの目の前でシャツを着替えながらユキを誘った。


「ユキちゃん、このあと飲みに行かない?」


「…未成年ですから。」


「ノンアルもあるし。」


「お迎えがきてくれるので…。」


翔が女性会員を口説いているのは何度か見たことがある。

いつもの軽口かと、ユキは手を動かしながらあしらったが今日はしつこかった。


「またまたぁ。掃除手伝うなんていって…。

俺と二人きりになるの、狙ってたっしょ?」


「彼氏、ほしいんでしょ?

ダイエットして彼氏ゲットしようと思ってるんでしょ?」


「色々教えてあげるよ。」


そんなんじゃない!


ユキは腹が立ったが、痩せて綺麗になったら仙堂に女性として見てもらえるかもしれないという下心もないわけではなかった。


ユキが手を止めてなんと答えるか考えていると。

そうしているうちに、尚早にも翔はユキのことを抱きしめてきた。


ユキは目を見開いて身体を強張らせた。


「初めて会った時から、可愛くていいなって思ってた。

おれ、ふくよかな女の子好きなんだ。ぷにぷにしてて、抱き心地いいし。」


Tシャツの下に手が入り、胸に手が伸びてきた。

ユキは触られた所からぞわぞわと嫌悪感が湧き出てくるのを感じた。


ユキは肘を張って抱きしめる腕を振り払った。


「ごめんなさい。離してください。」


拒絶の言葉は想定内だった。

女たらしの翔は、ごり押しすると断れないタイプだとユキのことを見ていた。


再び触ろうとする手をユキは後ろに引いて避けた。


翔はここまであからさまに拒否されたのは久しぶりだった。

ユキの腕を掴み、抱きしめてやろうとしたがまたさっと身を引かれる。

手首を掴むと、外側に回転させてはずされる。


数回その攻防を繰り返していると翔は少しムキになった。

愛の狩人の血が騒いだ。

徐々に本気になっていく。


「大丈夫、優しくするよ。痛いのは最初だけだから。」

「いいじゃん、ちょっと彼氏出来た時の練習するだけだよ。

「男慣れする方がもっとモテるようになる…よっ!」


そして腕を掴んで引き寄せようとした瞬間。


その力を利用し、足をひっかけてユキは翔を転ばせた。

まさか投げられると思ってはいなかった翔は床に叩きつけられた。


翔がユキの方を見た頃にはもう出口の前にいた。


「…ごめんなさい。もう、ジム辞めます。

今まで、ありがとうございました。」


一瞬だけ立ち止まり、一言だけ呟くように言ってまた走り去った。」



「ちぇ~…。」

「逃げられちゃった。」


上履きのまま外に飛び出したユキはそのまま速足で歩きだした。

すると、ちょうど仙堂が迎えに来ていたようでクラクションが鳴った。


仙堂の顔を見ると、ほっとして涙が出そうになった。


「仙堂さん……。」

「おかえり。どうかした?大丈夫?」

「……大丈夫、…です。」


ちょうど塾から帰る途中のあきらも乗っていた。

それみたことかと言われそうで、ユキは先ほどの出来事を黙っていたが怒りがふつふつとこみあげてきてブツブツと独り言のように出てきた。


「……男の人って、それしか頭にないの?

なに、それ、好きって。なんでそんなに軽々しく言えるの?」


過去に2回ほど襲われた経験を持つユキだが、あれは異常者だからだと思っていた。

今回は異常者ではなく、しつこいナンパ男だったようだがそれが余計にユキには腹立たしかった。


彼らはまるでエビフライでもつまみ食いするように軽々しく奪おうとする。

そして、それを、命がけて、回避しないといけない。


女は力では適わない。とあきらの言葉が胸に刺さる。

力では女の方が弱い。だが、弱いからといって力づくで奪って良い理由にはならないはずだ。


その理不尽さにやるせなくなった。


むぅぅぅぅうううううう!!!

と、思わず顔に力が入る。


「…金原君、何かあったの?」


仙堂がバックミラーごしにユキを見た。

珍しく怒髪天を衝くほどに怒っていることに気が付いた。


「……教えて頂いた護身術、凄く役に立ちました。」


「……どこで?」


「さっき、ジムの先生に、抱き付かれて…。」


「はぁ?!」

仙堂が反応するより先にあきらが思い切り振り返った。


「だから辞めろって言っただろ!」


「そんなこと言われたって……。」


あきらの予感通りだった。

いや、怪我どころでは済まないところだった。


「でも、身体を鍛えて、護身術ならってて…良かったです。」


「仙堂さんも、あきらくんも、凄いなって思う。

どんなに練習して、痛い思いして、強くなったんだろうって。」


ユキにとって、人と交戦するということがどういうことかイメージが湧いたことは良い経験だった。仙堂も、あきらも、身の危険を承知で守ってくれている。

感謝しなくてはいけない。


「私、もっと強くなりたいです…。」


「お前は戦闘要員じゃないんだから、

そんなことしなくていいの。」


「余計な事しないで、黙って守られてろアホ。」


仙堂と自分を信頼して守られていれば良い。

自分が戦おうだなんて、非合理的でバカな考えだ。

ついつい言葉が辛辣になった。



「こら、あきら。いじめないって約束したでしょ。」


「いじめてねーし。本当のこと言ってるだけだし。」



「…そんな、人と戦ったり、守るための鍛錬が必要なくなる世の中だといいのにね。」


仙堂のその言葉には実感がこもっていた。




後日。


あきらが事務所に行くと、仙堂の姿が見えなかった。

ユキがそわそわと、恥じらいながらあきらに言った。


「あきらくん、あの…

私のこと、抱きしめてくれる…?」


「……は?」


あきらは激しく動揺した。


「な…んで?」


さみしくなった?

不安で?

怖くなった?

もしかして、俺のこと…?



「…いいから。」



そうせがんでくるのだから仕方ない。

そこまで言うんだから、仕方ない。



「じゃ、じゃあ…。」


あきらは妙な言い訳を自分にしながらユキをそっと抱きしめた。

自分とはまったく違う、柔らかいカラダ。なんだか、良い匂いがする。

なんだかたまらない気持ちになり、強く抱きしめたくなった。


その瞬間。


ふわっ



おお? おおおおおおお?


ぐりっとやられた。



「やったー!!

あきらくんに勝ったー!」


ジムを辞めてからは筋トレと仙堂に習い護身術の技を磨いたユキだった。


期待を裏切られた上に

負けず嫌いのあきらは、カチンときた。


ユキの喜ぶ手を掴んで、足を回した。


コブラツイストである。


それも、遠慮なしの。


「ひいぎゃあああああああああああああああ!!!!!」


「参りました! やめてーーーー!!!」



「いつでもかかってこい。」

「すみません、もうしません。」



叫び声を聞いた仙堂がトイレから顔をのぞかせた。


腕組みをしてユキを見下ろすあきら。

痛みに立ち上がれないユキ。



「こらー、いじめちゃだめって約束したでしょー。」

「あ ん ま り いじめない、だろ。」

「それに、今日はコイツが仕掛けてきたんだから正当防衛だ。」


ユキもあきらも、強くなっていた。


命懸けの闘いが待っている、という本気の特訓は効果的だった。


事なかれ主義で主体性のなかったユキが、あきらに辞めろと言わても自分の意思をもってジムを続ける決断したこと。


そしてナンパ男の魔の手から自力で退けたこと。

いつも三日坊主なのに筋トレや鍛錬をちゃんと続けていること。


そしてヤマアラシのように、とげとげしいオーラを纏い

心を閉ざして人と関わることを避けていたあきらだったが、

ごくごく自然体で話しているように見えた。



若い子の成長とは、なんて眩しいのだろう。

仙堂は笑いながら、楽しそうに見ていた

子供を持つってこんな感覚なのかもしれない。


仙堂は目を細めた。



願わくば。誰ひとりとして、欠けることのないよう…。

心の中で祈っていた。




end


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