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探偵助手、はじめました。  作者: 是木田イミフ
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file.3「松本日出子の調査ファイル」

探偵事務所に、サイコメトリー能力の持ち主のあきらが加わった。

今回は家出少女の調査としてメイドとして潜入するユキだったが事態は思わぬ展開に。


プロローグ



鬼柳あきらは参考書とマンガを探しに大きな本屋に来ていた。


鬼柳あきらは、いわゆる「オタク」であった。


男子高校生たるもの漫画、ゲーム、アニメなどは多かれ少なかれ嗜むものと思うが

ハマった作品の歴史背景を調べたり、考察本や時に二次創作なども楽しみ

ゲームのイベントにも参加するというもはや立派なオタクであった。


絶対にそれを人に知られたくないので学園内では誰でも知ってるような有名作品の話に付き合うくらいに留めていた。漫画雑誌も、読んだら友人に回してすぐ処分。単行本も所持していない。


他人の目を気にしなくても良いのなら、気に入ったキャラのグッズを大人買いしたいくらいだったが、現状では剣道の部活中面の中に被る面タオルをキャラクターのイメージした柄物にするくらいのことが自分に許した限界だった。


人を失望させたくない、という妙な気遣いと

王子キャラを生きてきたゆえの変なプライドの高さもあった。



探偵事務所のアルバイト。


うさんくさいことこの上ないが、時給は良い。

しかも今どき現金払い。


親に知られない金が出来たら、トランクルームを借りて

欲しかった本やグッズを好きなだけ買って所有できる!


あきらは相変わらず美しくクールな表情をしながら

心の中は何を買おうかとわくわくでいっぱいだった。


その時、目の端に派手なピンク色が飛び込んできて

思わずぎょっとした。何かのコスプレかと思った。


腰まで届く長い髪をピンクに染めた少女。

フリルでいっぱいのワンピースに身を包み本を取ろうと背伸びをしていた。


「んっ! ん…!!」


厚底の靴を履いて背伸びをするので、ぐらぐらしていて、危なっかしい。

あきらは思わず、彼女が指を伸ばす先の本を取った。


「……これ?」


「………っ!」



あきらと少女の目が合が合った。

驚きに目を見開き、よろめいた。


体格的には小学校5、6年生くらい。

化粧をしていた。眉毛までピンク色だ。

ちら、ちら、と通りかかる人が少女の方を見ていた。



(すげぇな、今どきの小学生は。)


あきらには自分の好みを身体全体で表現している少女に

一種の尊敬の念を抱いた。


女の子の集団には残酷な所があって、異端を許さない。

その傾向は男よりもさらに顕著だと思う。

自分よりも目立つ、可愛い、男に媚びる、許さない。

そんなドロドロした感情。あきらには人間関係の表と裏を感じずにはいられなかった。


人と違う髪型やファッションスタイル。

こういう尖った個性は、学校という村社会では浮いた存在になるのではないだろうか。


この子には、他者に迎合せず生きる強さがあるのか

それを認めてくれる家族や友達、仲間がいるのかもしれない。


あきらはが心の中でそんなことを考察していることも知らず

突然遭遇した少女漫画のような展開と

あきらの美しさに衝撃を受け、少女はぽーっと見惚れていた。


「あ、あ、ありがとう…ござい…ます…。」


少女は礼を言って写真集を受け取った。

その声は高く鼻にかかった声で、なんだか猫を想起させるようなアニメ声だった。


(本当にゲームのキャラクターにいそうな子だな。)


とあきらが思っているその時、当の少女も


(少女漫画に出てくる王子さまみたい…!)


と、似たようなことを感じていた。



「……可愛いね。」


「…!!!」


あきらが可愛い、と言ったのは写真集の表紙のアザラシの赤ちゃんのことだったのだが

少女には自分に向かって言われたと、勘違いし舞い上がってしまった。


実は彼女が本当に欲しかった本はアザラシの写真集の隣にあった

ヨーロッパの古城の写真集だったのだが

彼女にとってそんなことはもはやどうでもよかった。


「あ…あ、ありがとうござい、ま、す…。」


完全なる一目惚れ。

少女の頭の中で、鐘の音がなった。

チャペルの鐘の音だった。


あきらが漫画コーナーに向かう背中をうっとりと見送り、

少女はしばらくそのまま妄想に浸っていた。



2 あきらのお仕事


鬼柳あきらが仙堂に依頼された仕事内容とは

仙堂が調達してきた物の思念を読むことだった。


週2回の塾の前後や休日の暇な時に

学業に差支えの無くさくっと出来るアルバイト

としてあきらは悪くないと思っていた。


人は案外、無意識に思考している。


例えば不倫している人間は、週刊誌の見出しなどを見て

無意識に自分の不倫関係を頭に思い浮かべてしまう。

その思考は物にも漏れ出している。


思考を誘導して、仙堂は物に上手くくっつけて持って帰ってくる。

未来が見えるからなのか、卒なく何でもこなす。あきらには腹が立つくらいだった。


手袋をはずして、指を組んでのびをする。

そして深く呼吸をしてゆっくり手を降ろす。

リラックスして、精神統一。感覚を研ぎ澄ます。


出されたのは、音楽プレイヤーと、部屋着、学校用の鞄など。少女の持ち物だった。

物の表面をなでて、思念の濃い所を探す。


再生ボタンを押すと、画面に『Fire Drill Melanie Martinez』と文字が流れた。


甘さのある可愛い歌なのに、どこかさみしげで鬱っぽさが感じられる。

英語で歌われているのに感情が伝わってくるようだった。

同時に、思念が溢れてくる。


無機質な暗い部屋。膝を抱えた少女の嗚咽が聞こえてくるようだった。

深い、深い、孤独の闇。


「さみしい、つらい、苦しい、孤独、逃げたい…。」

「誰も、わかってくれない。」


「いじめだな。

そんなに、激しいいじめじゃない。

でも、無視とか…陰湿な言葉のいじめ。」


「あとなんだろう…炎。メラメラと燃え上がる、火が見える。」


あきらはにとって、こういう負の感情はやはりあまり読みたくないものだった。

ネガティブな感情にひっぱられて気分を元に戻すのに、時間がかかる。


最後は、絵的に変態みたいであまり触りたくなかったが少女の部屋着。

ピンクと紫のふわふわした上下セット。

よく身に着けていたものだという。


「絶望的な気持ちだけど、その中に…少し希望がある。

活路。誰か、すがる相手がいる。」

「…今夜決行する、という強い決意。」


黙ってメモを取っていた仙堂が口を挟んだ。


「その、すがる相手の、名前や手掛かりはないか?」


「……リアルの知り合いじゃない。」


「SNS…サムネイル……なにか、人形のようなアイコン。」

「この人なら、わかってくれる……」

「名前まではわからない…。でも、女の名前。英数字…最初の文字は…小文字のm。」


あきらは目を閉じて集中した。

何かを探るように。


「……あー、あやふやだから、これ以上はやめとく。」


いい加減なことを言わない。

調査を混乱させないようきちんと線引きする姿勢に仙堂は好印象を持った。


「…さすがだな。」


「だめだ…めまいがする。」


あきらはあまり能力を使い慣れていないせいか

連続して能力を使うのは調子が良くて1時間くらいが限度だった。

特に部活と塾も行った後のバイトなんかはすでに疲れ切っていて

あっという間に能力酔いする。


特にこういう、負の感情が強いものは。

それ以上に、何か異質なものを感じた。


生身の人間を触ったくらいの濃さだ。

どれだけ、深い、強い感情だったのか。

少女の何かを許せない、執念のようなものを感じた。


「ちょっと…洗面所、貸して。手と顔、流したい……。」


一度物理的に洗い流して浄化しようと

ふらふらと給湯室に向かったあきらは

仙堂が呼び止めたのが聞こえなかった。


「あ、あきら。今、金原くんが…。」


仙堂事務所の給湯室。


狭くて、暗くて、汚い、昭和な空間に、

衣擦れの音がしゅるしゅると響いていた。


昭和なビーズカーテン。

じゃらじゃら、という音にユキが驚いて振り返った。


「……わっ! あきらくん…!」


気分が悪く目線を落としていたあきらが顔を上げた。


「……?」


うす暗い中、目を凝らすと…着替え中の金原ユキの姿があった。


白い襟のついた黒いクラシカルなロングワンピースに、

フリルのついたエプロン。頭にはフリルのついたカチューシャ。

タイツを履いている途中でスカートをたくしあげた下に、白い太ももがちらりと見えた。


オタクじゃなくても知っている。

オタクのあきらとしては、よく見かけるあのコスチューム。


「なっ、なんでメイド服なんだよ!」


あきらは気分が悪いのも忘れて、思わず大声でつっこんだ。

貧血のように血の気が引いていたが、一気に顔まで血が巡る。


「こらこら、そういう時は謝ってスマートに去るものだぞ。」


仙堂があきらの反応ににやにやと笑いながらアドバイスをした。

あきらは慌てて方向転換をして仙堂を押しのけた。


「見んな! おっさん!」

「だいたい、なんで、こんなとこで着替えてんだよ!アホか!」

「てゆかメイド服っておかしいだろ! 変態かおっさん! 通報すんぞ!!」



「いやぁ、これも依頼なんだよ。」

「今度潜入してもらう先から届いたんだけど

制服の試着をしておいてほしいって。」


「……何だそれ。」


「ちょっとした情報収集だよ。」

「彼女には少しの間、メイドさんとして働きにいってもらいます。」


「はぁ? こんなアホ女に何させる気だよ。」

「危なくないのか、それ。」



あきらは、ユキが自分を調査していたときの挙動不審ぷりを思い出した。

あのへたくそな、調査ぶり。学園では人も多く、大衆に紛れやすいが

濃い人間関係を要する所に入り込めるのか?


だいたいなドジなメイドといえば、

お茶をこぼすとかカップを割るとか粗相して

ご主人様にお仕置きをされるもの…


そして女潜入調査官とは、

素性がバレて悪の組織の一味に

蹂躙されるもの。に決まっとる。


男性向けファンタジーに毒されていた

あきらには嫌な予感しかしなかった。


そんなあきらの偏った心配を察しているのかいないのか、

仙堂がいつものように曖昧に笑った。


「大丈夫だよ。俺がついてる。」



ユキがメイド服姿のままそれとちぐはぐな

昭和レトロな盆に急須と湯呑を乗せて運んできた。




「可愛いね。よく似合ってるよ。」


「あ、その……おかしくないですかね…?

サイズ合ってるのかよくわかんないんですけど…。」


仙堂に褒められユキは顔を赤らめる。


「……ばっかじゃないの!」

「ご…ごめんなさい…。」


まだユキとあきらが会うのは3回目だが

あきらが大声を出すとユキは条件反射で謝るという習性が出来上がっていた。


メイド服を着ると3割増し、いや5割増しで可愛く見える。

たとえそれが自分の大事な所を蹴り上げた憎いアホ女でも。


凝視してしまいそうになったが、

あきらはそっぽを向いてソファに座り、

ユキを見ないように頬杖をついた。


「あきらが休んでる間に、説明しておこう。

あきらにも聞いて欲しい。」


あきらはピクリと眉だけを動かした。


「金原君に今回行ってもらうのは、

骨董、美術品、アンティーク家具などのの輸入販売で

財産を築いた一族の家だ。」


「この館でこの少女を探してほしい。

松本 日出子 14歳。中学2年生。

先月中旬に 探さないでください という書置きを残して家出した。

それ以降連絡がつかず手がかりも無い。」


仙堂が少女の写真の入った資料を出した。

長い黒髪を三つ編みにした少女。

眼鏡をかけて、真面目そうに見えた。

眼差しはどこかきつく、口は歯を食いしばってるように見えた。


他の女子と並んでいるのを見ると、随分小柄なようだ。

何枚かの写真をじっとみていると仙堂が続けた。


「唯一の手がかりはSNS上の接点。この子のアカウントの関係を洗っていた中で、やりとりする中で出てきたのがこのlily-ruis333 なる人物だ。」


「人形コレクターを名乗っている。20代女性、となっていた。」

「さっき見えたの…この人形の写真だ!」


あきらがSNS画面のプリントアウトを指さした。

顔写真は古びた西洋人形だった。


仙堂はうなずいた。


「lily-ruis333なる人物は、十代の少女ばかりに接触している。

それも家庭内の問題やいじめや、リストカットしてるような

悩みを抱えている少女ばかりだ。」


「で、お人形が好きな悩める少女を装ってSNS上で接触していると、

この女から個人宛のメッセージがきたわけだ。」

「家を出たいなら、部屋を貸すと。その気があれば父が会社経営しているので、働き口を紹介する。」


「で、紹介された働き口というのがこのメイドというわけだ。

この少女もこの誘いにのって屋敷に誘い出されている可能性がある。」


「ネット上で本来出会うはずのない人間同士が出会い、顔の見えないやり取りで

未熟な未成年が誘い出され性犯罪などの餌食になってしまうこともある。」

特に両親はそれを危惧しているようだ。」


「…ちょっと待て! そんなの、調べるの警察の仕事じゃないのか?」


「日本では年間8万件を超える行方不明の届け出があるが、そのうち積極的に捜査されるべきと振り分けられる特異行方不明者が5万人ほど。」


「しかし自発的に帰ってくるケースが8割を超えていて、実際に犯罪に巻き込まれているケースというのは1%にも満たない。」


「今回のケースは書置きをのこした自発的意思での家出になっている。」

「反抗期を迎えた少女の家出。そのうち勝手に帰ってくるだろう、と判断されるわけだ。」

「それで見つからないから、うちみたいな所に仕事が来るんだよ。」

「手がかりをつかむまで、1%の悪夢にご家族はうなされ続けるんだ。」


あきらは険しい顔をした。


「これが今までのやりとりの記録や、やりとりする上で作った仮想人物の設定。

金原君。よく読んでおいて。」


「はぁ。」


あきらがその資料を奪って読んだ。


「…これ、本当に女か? ネカマじゃない?」

「ネカマ?」

「ネット上で女のフリする。ネット上のオカマ。略してネカマ。」

「へー、そんな言葉あるんだぁ。」


「オッサン同士が女のフリをして化かしあってるとしたら噴飯ものだな。

事件に関わりなかったら…めた笑える話なんだけどな。」


あきらは仙堂と、中年の小太りの男がスマホで

メルヘンなやりとりをしているのを想像した。


「これが、実在する女性による善意の行動で

本当で住み込みで働いているのを見つけられたらいいが…。」


「私……頑張ります。」


ユキは二人の顔を交互に見て神妙な顔をしてうなづいた。


「ムリはしないでね。GPSと盗聴器をつけてもらうし、

危なくなったらちゃんと助けにいくからね。」


「はい!」


あんなことは二度とやりませんから、と誓ったユキだったが

行方不明なのが女の子とあって他人事と思えず

少女の写真をじっと見つめた。



(行方不明の女の子。1%の悪夢。

早く見つかって、ご両親が安心できると良いな…。)



そして、メイドのアルバイト初日。


大きな屋敷を見上げる。約束の時間になった。

緊張しながらインターホンのボタンを押す。

リンゴーン。という鐘のような音がした。


(さすが豪邸、インターホンの音まで高級そう…。)


ガラガラガラ、と自動で空いた。


アンティークを扱っている社長の家らしく西洋風の屋敷だった。

外は高い塀に囲われ、植栽がたくさん植えてあり外からは全然見えなかった。


薔薇が咲いていて庭園内は手入れが行き届いていてまるで外国のお城のようだった。

ドキドキしながら長い庭を歩く。大きな玄関の前に立つと、ドアを開けて初老の男性が出てきた。


「やあ、友梨佳のお友達だね?」

「すまないね、娘はいま旅行に行ってて…代わりに私に対応するように言われてるんだ。

私も君に会うのを楽しみにしていたんだ。よろしくね。私は友梨佳の父で平子十蔵と申します。」


「お…お世話になります。」


ユキはぺこりと会釈をした。平子十蔵氏はグレーヘアをセンターにわけた穏やかそうな紳士だった。お腹は出ているが、顔の彫が深く外国人に、若い頃はさぞハンサムだったのだろうと想像された。



「写真より、大人びて見えるね。娘に見せてもらった写真では中学生くらいに見えたけど。」

「あは、か、加工のせいかな~?」


小首をかしげてとぼける。やり取りの中で

勝手に送られていた写真は、目が大きく、幼く、かつ小顔に加工されていた。


今回の偽名は、東野カナ。幼くして両親を亡くし、孤児院に入るも

施設内で孤立していて、家を出たいと思っている。

都内で自立して生きていくのが夢だ、という設定だった。


「大きなお屋敷ですね。」

「まあね。大きすぎたと後悔してるよ。

ベテランの家政婦さんがもう一人いるんだけど、

もう年がねぇ。若い元気な子に手伝ってほしいと、

それで人を探してたんだ。」


「お庭も、すごく立派ですね。わんちゃんとかはいないんですか?

私、すごくわんちゃん好きなんですが。こんな広いお庭、喜びそうです。」


「犬はセキュリティーにひっかかってしまうから、今はもう飼ってないんだ。」

「そうですか……残念です。」


「庭師さんも専属なんですか?」


庭では、おじいちゃんが芝の手入れをしていた。

なるべく情報は声に出して仙堂に伝えるように。


「うちの使用人だが、彼は庭の手入れも、家具の手入れも、家のガードマンも兼ねている。」

「へぇ~……。スーパーおじいちゃんですね。」

「そうだね。私の本業の方の従業員だったんだが、長い付き合いになる。」


(うん、良い感じに今日はお話聞けてるぞー!)


家出少女の存在はもちろんだが、

間取りの把握。番犬がいるかいないか。セキュリティーの有無。

ユキのミッションはありとあらゆる手がかりを調べる事。


「あとはミーバァに色々聞いてみてください。」

「ミーバァ…?」


「お任せください、旦那さま。」


気が付くと、背後に老婆が立っていた。

ユキのようなメイド服ではなく緑の柄物のワンピースにエプロン。カチューシャの代わりに三角巾を頭に巻いていた。

なんだか絵本に出て来そうな老婆だった。


「掃除。やったことあるかいね。」

「あ、はい。もちろんです。」


地方出身なのだろうか。

なんだかイントネーションが訛っていて

時々聞き取れないのでユキは集中して話を聞いた。


「あの、私のほかにもお手伝いさんとかいるんですか?」

「……いや。あんただけだ。」


女の子がいるかと思ったが、

ほかにはいない。あてがはずれた。


この屋敷で働いてはいないのか。

なにかほかの手がかりを探そうとユキは

案内してもらいながら質問をした。


「…ミーバァさん。あそこは?」

「あれは地下室の入り口だ。」


「地下室は旦那様の大事な大事なコレクションがあるね。

数千万、いや数億単位の価値のある骨董品やアンティーク家具が保管されとるで

絶対に入ったらダメ。わかったか? まぁ鍵かかってるで入ろうにも入れんが。」


「…はい、わかりました。」


「あんたは玄関と廊下の掃除。」

「わたしゃ晩御飯の仕込みにかかるで。」

「掃除終わったら洗い物手伝いにきて。」


「はい。」


お掃除。はたきをかけて、掃除機をかけて。

お花の水を変えて…。そして個室をそっと覗く。

どの部屋にも、少女の痕跡は見当たらなかった。


どうしよう。ほかに調べるべき場所があるとすれば…

入ってはいけないと言われた地下室だ…。

鍵がかかっているというのが気になるがどう入るか。


ユキはぞうきんを絞りながら考えていた。



「東野さん。」

「……。」

「東野さん。」

「……。」

「あっ、はい!!」


偽名を忘れていたので、ユキは自分のことと気付かなかった。

慌てて振り返ると、平子十蔵氏がユキを見ていた。


「東野さん、僕の部屋もお掃除してくれるかなぁ。」


「あ、はい。わかりました!」


平子の部屋はクラシックにまとめられていた。

センスよく美術品が飾られ

外国の貴族の部屋のようだった。


「…綺麗になさってますね。」

「綺麗好きでね。でも、掃除は嫌いなんだ。」


「それにしても君は、若いのに敬語で話すのが上手だね。

施設で暮らしていたからかな?」


「えー、……そうかもしれません。」


一応社会人なので、とは言えなかった。

設定上は16歳なのだ。16歳の頃、自分がどんなだったかを思い出す。

バイトしたての頃なんて敬語もろくに使えなかったので、コンビニ店員してきた甲斐はあったようだ。


床のカーペットを粘着テープをコロコロと転がしながら

掃除していくと、奥に寝室が見えた。


ベッドの横には大きな、美しい装飾が施されたランプ。

ステンドグラスを組み合わせたランプがきらきらと光を帯びて輝いていた。赤と緑と青色のステンドグラスと、白い百合のデザインのコントラストが美しい。


「わぁ……綺麗……。」


「そのランプ、気に入ったかい?」

「あっ、ごめんなさい…。」

「いや、いいんだよ。」


「良いランプだろう。ガレと同時代の作品だ。日本ではあまり知られていないが、僕はガレよりも彼の作風の方が好みでね。収集しているんだ。」

「はぁ…。ごめんなさい、私、アンティークとか無知なのでよくわかんないんですけど…」

「すっごく……綺麗です…。」


ユキはランプを眺めながらほう、とため息をついた。


「電気を消してあげよう。こうすると、もっと綺麗だよ。」


カーテンを閉めると一気に部屋が暗くなる。

スイッチを入れると、ランプに光が灯った。


「…わぁ~~~~、本当に綺麗~~!」


「アンティークは下手に手を加えると価値が半減してしまうが

これは本当に気に入っているので自分が使うために改造したんだ。」


「はぁ~~、綺麗としかいえなくて…。語彙が貧弱で……ごめんなさい。」

「いや、いいんだ。嬉しいよ、この良さがわかってくれて。」


平子は嬉しそうに笑った。

ベッドに座ると、ぎしりとスプリングが軋んだ音を立てた。


「ところで、東さんの髪は、染めているの?」

「いえ、染めてないです。傷んで色が抜けちゃって…。

あ、黒髪じゃないとダメでしたか? すみません…。」


「いや、違うんだ。綺麗な色だと思ってね。」

「そ、そうですか…?」


「それに、可愛い目をしているね。」

「頬がぷっくりしているのも、非常に良い。」


「…えっ? えっ? 嫌だなぁ、そんなに褒められたら

木に登っちゃいそうです。」


「木?」


「豚もおだてりゃ木に登る。

って、小学生の頃男子によく言われました…。」


「はははは! それは…ひどいな。

いや、見てみたいな。それは…。登ってもらおうかなぁ。」


「しかも、どんくさくて、全然登れないっていう…。」


平子氏はひどい、と言いながら愉快そうに笑った。


(こうして話している分には…すごく、良い人そうに見えるんだけどなぁ。)


ユキは、SNSのやり取りを思い出しながら質問した。

旅行に行くことになったので仕事の詳細は父から聞いてほしい、と。


「ええと…友梨佳さんはいつ頃戻られるのですか?」

「3日後に帰宅する予定だよ。」

「気ままな娘でね。フランスで見たい美術展があると衝動的に旅行に行ってしまったんだよ。」


「…すごいですね。さすが、お金持ち。」


「わがままで困るよ。

それより…君は芸術がわかるようだね。

よかったら、僕のコレクションを見てみないかい?」


「え? 良いんですか…?

価値とか全然わからないんですけど…。」


「感動する心を持っている、ということが

芸術を味わうことの一番の資格さ。

歴史的価値や市場価値よりも、本当の価値とはその人の心が決める物なんだ。」



確認しなくてはいけないと思っていた地下室に

連れて行ってもらえるとわかり、ユキは内心喜んだ。


地下室に向かう途中、1Fのキッチンで老婆が料理をしていた。


大きな鍋でシチューを炊いていた。

ボウルいっぱいのサラダと、バットに山盛りのエビフライを揚げていた。


「ミーバァ。東さんにコレクションを見せてくるよ。

サボっているわけじゃないから怒らないでやってくれ。」


「…かしこまりました。

ごゆっくりどうぞ…。」


老婆はゆっくりとこちらを振り返りお辞儀をしたあと、食事の用意に戻った。


5皿にわけて盛り付ける。食器も高級そうで美しいものだった。

まるでレストランのディナーのようだ。


(美味しそう…。)

(でも、こんなにたくさん…お客様でも来るのかな?)


ユキはからりと揚がったエビフライを

見ているとお腹が空いてくるのを感じた。


ユキは今夜はエビフライにしようと決めながら

平子の後ろをついていった。



地下室に続く扉は金属で出来ていて重そうだった。

アンティーク風で鍵も古そうなものだった。


平子氏は鍵の束を腰にかけていた。

首から下げていても、おしゃれなペンダントのように見えた。


「……鍵はいつも持っているんですか?」


「まあね。ここの鍵だけは人には任せられないから。」


がちゃり、と小気味よい音がして鍵が開いた。

階段をくだると、ユキが見たこともないような豪華な空間が広がっていた。


「わぁ……!」


絵画、家具、彫刻、宝飾品。見るからに高そうな芸術が並んでいた。


「どうだい?」

「凄すぎて…、もはやなんて言ったらいいかわかんないです…!」

「展覧会に貸し出したりもしてるから、これがすべてではないんだけどね。」


ユキは、仕事のことを忘れて魅入った。


「そして…。その中でもお気に入りのコレクションがこっちだ。」

「おいで。」


奥にさらに続いていた。一瞬、びくりとした。

おびただしい数の西洋人形が並んでいた。


「こ…これは…!」


人形に囲まれ、一瞬怖くなった。

金髪、赤毛、黒髪…。着ている服もピンク、水色、グリーンと

それぞれ個性豊かな人形たちが並んでいた。


その中で、ある一角の壁紙が焦げていることに気が付いた。


「ここ…どうしたんですか?」


「……ちょっとね。小火があったんだ。」

「燃え広がらなくてよかったよ…。」

「命よりも大切なコレクションだからね…。」


燃え広がっていたらどうなっていたか?

ユキは価値を聞いていたので札束が燃えるイメージしか出来なかった。


人形を眺めていると、見覚えのある人形がいた。


「あ…、このお人形。顔写真になってた…。」


「そう。僕の初恋の人なんだ。」


「初恋の…人…?」

(それに、人形のコレクターは、娘さんでは…?)


ユキが疑問を口にする前に


「もっと凄いコレクションがあるんだ。見せてあげる。」


平子氏が急に、カーペットをめくり

その下の床下収納のような戸を開けた。


「さあ、おいで。」

「なに…これ……。」


ユキの心臓から、ドクドクと、いやな予感が漏れ出してきた。

地下なのに、さらに下に下る。暗い階段を進んで行くと

急に明るくなった。そこには異様な空間が広がっていた。


鉄格子に囲われた六畳程度の小部屋が4つ。


その中に、お人形遊びで使われるような

可愛いベッドや、ソファ、ドレッサーなどの調度品が揃っていた。


その鉄格子の中に、いるのは人形…ではなく

生きた人間だった。平子の顔を見て少女が笑った。


「パパ、おかえりなさい!」

「パパ、私とお話しましょ?」

「お父様、その子はだあれ?」


少女は3人。3人とも、お人形のように

前髪を作ったふわふわのウェーブヘア。先ほどの人形のようなフリルのたくさんついたドレスを着ていた。頭にリボンをつけたり、帽子をかぶったりそれぞれ着飾っていた。


「…なん…ですか…これ…。」

「僕のお人形たちだよ。」


「……やっと会えたね、僕のリリー。」



平子十蔵は愛おしそうに

恐怖で強張っている

ユキの身体をぎゅっと抱きしめた。




仙堂事務所。


「……やばい!!」


煙草を吸っていた仙堂が

がたっと立ち上がった。


机を借りて塾の予習をしていた

あきらは驚いて顔を上げた。


「びっくりした…なに?」


仙堂があわただしくロッカーをあさり

身支度を始めた。


「金原くんが帰ってこない。」


「…はぁ? まだ、18時なってないし…」

「明日も、帰ってこない! このままじゃ捜索に失敗する! 取り戻せない!」


「あきら…行くぞ!」


「はぁ?」


平子邸。


「……でけぇ。うちよりでけぇなこれ。どんだけ金持ちだよ。」

「じゃあ、あきら。打ち合わせ通りに頼む。」


仙堂がポケットから1匹のネズミを出した。あきらはぎょっとした。

普段は大人しい仙堂の愛犬ルドルフが異様に興奮して臭いをかぎ、ネズミを捕まえようと前足を出してくる。


「…ごめんな。お前には何も罪はないんだけどな。」


仙堂はネズミに向かって謝ったと思ったら

そのままネズミを石垣の中に投げ込んだ。


「マテ、マテ、マテ……イケ!」


ルドルフは合図と共に車の上を駆けあがり、石垣の中への飛び込んで行った。

わんわんわんわん!!と興奮して全力疾走で追いかけて行ったようだ。

それと同時にセキュリティーが働いたのか警報音が鳴り出す。


それを見届けると、仙堂は表玄関に回りインターホンを押した。


「すみませ~ん、散歩していたら犬に逃げられてしまい…

お宅に入ってしまったのですが探させて頂いてもいいですか?

大型犬で…家族以外は噛むかもしれないので気を付けてください。」


「はぁ?! ……主人に伝えますので、少々お待ちください。」


それからしばらくして、警報が止まった。

仙堂とあきらは、無言で待っていた。


「おい、仙…」

「あきら。お父さん、もう握力弱ってきたなぁ。

犬に逃げられるなんて、30年犬を飼ってきて初めてだよ~。」


小芝居はすでにはじまっていた。

あきらは緊張で嘔吐しそうだった。


最近反抗期の息子とコミュニケーションがとりたくて

犬の散歩に誘い出したトホホな父。という設定らしい。


(なんじゃその設定…。)


とつっこみを入れたい衝動と逃げ出したい衝動をこらえている内に

玄関のゲートが開いて平子十蔵が出てきた。


「……どうぞ。」

「何事ですか?」


この男が、平子十蔵…。あきらは平静を装いながら顔を見た。


(こいつが、やはり少女誘拐犯なのか。)


ユキのGPSと盗聴器はバレッタについていたが地下に入ったことで通信が途切れていた。


「すみません、町内の町村と申します。息子と犬の散歩していたら犬に逃げられてしまいお宅に入ってしまったのですが探させて頂いてもいいですか?」


「……いいですけど…。」


「ありがとうございます。」


自分もおそらく、今こういう顔をしているのだろうな。

仙堂は、目の奥の警戒を見てとっていた。


「あきら、挟み撃ちで捕まえよう。」


「お前は反対から回り込んでくれ。」


「ほら、ルドルフが大好きなジャーキーを入れておいたから。」


「……わかったよ、父さん。」


紙袋はジャーキーにしてはずしりと重かった。

自分に課せられたミッションを考えると、精神的にも重くて重くてたまらなかった。

あきらはそれを顔に出さぬよう、努めて天使のように笑った。


「本当に、すみません。うちでは良い子なんですけど…。

体力あり余っちゃってて…。すぐ連れて帰りますんで。」


「シンさん、そのご主人に庭を案内して差し上げてください。」


「はい、わかりました。」

「ありがとうございます。」

「……。」


仙堂が未成年を使う理由が少しわかった気がした。

子供を使えば警戒されにくいからだ。


使用人がいぶかしげな顔をして仙堂を見張るようにみていたが

あきらは監視なしで探すことができた。


反対側に走っていく振りをしてそっと

玄関に戻り十蔵の後を付けた。


(金原の盗聴器から得た情報では

あの主人と、仙堂についてる使用人のジジイが1人と、ババアが1人。

ババアは食事の用意が終われば帰る。)


使用人は仙堂を見張っているから、

屋敷の中には金原と平子だけのはず。


あきらは靴を脱いだ。

音がしないようにそっとつける。

手鏡で角の先を確認しながら家主を追った。


平子は鍵を出して、鍵を開けた。


(ここが地下室に繋がっている階段か…。)


平子が下って言った後、しばらくしてドアに耳を当てた。

気配はもうない。


「どーすんだ、これ。」


ドアをそっと押してみたがやはり反対側からも鍵がかかっている。

あきらは仙堂に渡され髪にさしていたヘアピンをとり、

鍵穴に差し込んだ。


古いタイプの鍵なら開けられるはずだと言っていたが


やはりそう簡単には開かない。

おりまげる位置を変えて…

小さなカチャカチャ、という音が

妙に大きく聞こえた。


(あせるな、あせるな。呼吸を乱すな。集中しろ!)


あきらは指先に意識を集中した。

深く、ひっかかる所を探して、押し込む。


すると。


……ガチャ!


(やった!)


数分で開けることが出来たのは幸運だった。

電気のない階段をゆっくりとくだる。


美術品の並んだコレクションルームを

あきらはまるでベルサイユ宮殿だなと思った。


人の気配に注意しながら奥に進む。

が、奥の人形の部屋にも平子の姿はなくあきらはあせった。


(いない…!)

(どこへ行った…。)

(ほかに部屋なんかなかったぞ…!)


(落ち着け、落ち着け、俺なら見つけられるはずだ!)


見渡すと、写真でみた人形があった。

部屋の角に焼け焦げた跡。


何かヒントはないかと、手袋はずし周囲を探った。

そして、人形に手を触れたその瞬間、強烈な感情が流入してきて心臓がドクンとはねた。


「興奮。」


平子十蔵の初恋は10歳の頃。父がフランスで買ってきたアンティークドールだった。

色白で、ぱっちりとした瞳に、ふっくらした頬。栗色の髪がふわふわと波打っていて親しみやすい可愛らしさのある人形だった。


両親が忙しく、ひとりで家にいることが多かった十蔵は

人形相手に話しかけてさみしさを紛らわせていた。


リリーは、明るくて、純真で、少し天然なところがあって。芸術を理解する美しい心を持ち、

ぼくのことを兄のように慕い、愛してくれている。誰にも言わない、秘密の遊びだった。


無垢な遊びだった。しかし、ある日。人形の服が背中のボタンをはずすと脱がせることが出来ることに気付いた瞬間、遊びの質が変わった。


人形の服を一枚一枚、脱がせていくたびに、ぞくぞくとした。

すべらかな白い肌、なだらかな膨らみ…。


「はぁ…はぁ…、はぁ…。」

「リリー、可愛い。」

「可愛いよ…!」

「ぼくの可愛い、お人形さん…!」


罪悪感。見つかってはいけない、

恥ずかしい、隠したい、という気持ちが

自分をより興奮させる。


そしてその秘密の遊びは、人形に留めることが出来なかったのだ。



あきらはあわてて手を離した。

気分が悪くなり、思わずしゃがみこむ。


「きっつぅ…」

「やっべぇ…、まじで…これ…変態…。」

「あいつ…大丈夫かよ…。」



地下室。


ルドルフの庭への侵入で

平子が玄関に向かっていた頃。


ユキは捕らえられ牢屋の中に入れられていた。


これに着替えなさい。と渡されたものは

白いふわふとした肩の出たチュール素材のロングワンピース。

現代のものとはかなりテイストが違うが、それは花嫁衣裳であった。


ユキは監禁されている少女たちの顔をよく見たが

今回の家出少女の顔は見つけられなかった。


「……あなたたちは、いつから監禁されているの?」

「……わからない。」


「私はまだ数えてるわ。今日で164日目よ。」

「そんなの数えたってムダだよ。むなしいだけ。

自分の余命を数えるようなものじゃない。」


「あなたはいくつ?」

隣の黒髪の少女が話しかけてきた。


「えと、16歳って言ってきたけど、…本当は18歳。」

「なにそれ、よく合格できたね。」


「何なの、合格って?」


「パパが気に入れば合格。」

「そうじゃなかったら、不合格。」


ユキの問いに前の部屋の少女が口々に答えた。


「不合格だったら…どうなるの?」


「……外国に売られる。」


「……!」


ユキは想像もつかなかった答えに、目を見開いた。


「ババアがいたでしょ。あれ、女衒よ。

表向きは家政婦のフリしてるけど。それに、日本人じゃない。」


「ぜげん…ってなに?」


「時代劇とかで見たことない?

貧しい家の女の子が口減らしに売られる、みたいな。。


そんな女の子を品定めして、値段をつけて買い、

それを遊郭とかに売る。」


「つまり、売春専門の人身売買の仲介屋。」


「おおかた、行先は中国でしょうね。中国では一人っ子政策の影響で女の子の数が少ないから。」

「嫁になれるなら、まだましよ。きっと風俗でカラダ売らされて性病移されて死ぬのよ。」

「それなら、ここでパパのお人形でいるほうがずっと良い。」


「良い事教えてあげる。この部屋は4室。

次に、女の子が来たら…いらない子から売られていくの。

せいぜい、気に入られることね。」


「ちょっと、余計な事言わないで! 」


「だって、どうせ次は私の番なんだもん!

一番年上で…一番古いお人形なんだもの…!!」


叫ぶように自分のことをお人形と称した少女。

ヒステリックに叫んだ後、泣き出した。


少女が、猫なで声で、すり寄る理由がわかった。



恐ろしい。なんて、恐ろしいことを…。

事態はユキの想像を遥かに超えていた。

ユキにはそれが現実の話だとは思えなかった。

足に力が入らない。足元から痺れるような感覚を感じた。


その時、上から足音が響いてきた。

平子が帰ってきたのだ。

少女たちがビクリ、と身を固くした。


「やぁ、ごめんね。邪魔が入ってね。」


「さぁ、リリー。身だしなみを整えようね。」

「……。」


「さあ、着替えよう。その服も悪くないけどね。」


「……。」


ユキは素直に従うべきか、抵抗すべきかわからず固まってしまった。


仙堂が助けにきてくれる。

だけど、もし、来なかったら…。


ユキは自分がこれからどうなるのかと想像した。

身体を抱いたまま固まっていると…。

いきなり横面をはたかれた。


痛みとショックで恐怖で頭が働かなくなる。

鉄格子から、女の子が話しかけてきた。


「パパ、その子、悪い子。」

「捨てちゃえば?」


「マーガレット、リリーはまだ今日このお家に来たばかりだから、まだ何もわからないんだ。」

「ゆっくり、ゆっくり教えてあげるんだ。きっと立派なレディーになれるよ。

なんたって、君はリリーなんだから。」


「さぁ、お着替えしようね。」


もはや頭が働かず、言われるままに

手が勝手に動き出す。ユキは服を脱いだ。

ぱさりとメイド服が落ちた。


それを平子が満悦の笑みで眺めている。


「ほら…ちゃんとできるじゃないか。リリーはやっぱり素直な良い子だね。

僕の見立ては正しかった。」


「でも、ちょっと太り過ぎだね。

10㎏ほど減量しないと、ドレスが入らないな。」


「しばらくは一日一食くらいにしよう。」


食事も、衣装も、何もかも平子の気分次第。

ここでは、人権など無いに等しい。

ユキは少女たちの生活を想像してぞっとした。



「さあ、それでは儀式を始めようか。」


ユキが着替えている間に

平子はお風呂セットのようなものを持ってきた。


「ぎしき…?」


「アンダーヘアーを剃ってあげよう。」


「アンダーヘアー…?」


回らない頭でユキは考えた。


(アンダーヘアーって何のこと。

アンダーヘアーって、下の…毛…? それって…え?)


「ぼくはね、お人形たちのお世話の中でも

これが一番の楽しみでね…汚らしい毛がなくなって

美しい姿に生まれ変わる、俗世との縁を切る禊の儀式なんだよ。」


つまりは、今から陰毛を剃られる。

ユキは想像して鳥肌がたった。


(こ、この人、本当に変態…!)


「い、いやです…!」


拒否を口にしたその瞬間、また頬をぶたれた。

先ほどより強く。恐怖で足の踏ん張りがきかず

横に倒れ込んでします。


叩かれた跡が、さらにじんじんと熱くなる。


「リリー、まだわからないのかい?」

「イヤ、なんて選択肢はないんだよ。」

「はいか、イエスか、喜んで。…そうだろう?」


「素直に聞けない悪い子は…怪我をしますよ?

このカミソリ、よく切れるんだから。

動くと、大切な所が切れてしまうかも。」


「さぁ。」


平子がにやにやと笑いながら

座り込んでしまったユキのスカートをまくりあげた。


「い、いやあーーッ!!

仙堂さん!仙堂さん!助けてーーーーー!!」


ユキが思わず悲鳴を上げた。


その瞬間。たたたたた、と走る音が響いてきた

平子がぎょっとして振り返った瞬間 


「やめろこのクソ変態じじいー!!!」


地下室のカーペット下の隠し扉に気が付いて

突入してきたあきらの飛び蹴りが美しくさく裂した。


「あ…あきらくん!!!」


「な、なんだお前は…、さっきの…!」


「お前のようなクソに名乗る名前などない!」


「……!」


警察ではない、少女の家族か? 友人か恋人か?

平子はあせったが緊急事態が起こった時のシミュレーションはしていた。


冷静に自分のズボンの裾をめくり

スネに巻いたホルダーから銃を取り出した。


「動くな。」


「この部屋は防音だ。」

「動くとこの子を殺す。」


少女たちが悲鳴をあげた。


「この銃はアンティークだが、本当に撃てるし殺傷能力がある。」



あきらは、ごくりと喉を鳴らした。

胸がばくばくと、早鐘を打つ。

喉がカラカラだ。


あきらは金原ユキをちらりとみた。

不安げで、心配そうな目であきらを見ていた。


あきらは鼻で笑った。

仙堂のアドバイスを思い出す。



『慌てても何にもならない。

余裕のあるフリをしろ。常に冷静であれ。

そして、最善の判断を考えろ。』


「いっとくけど、俺その女キライだから。人質の意味とかねーからな。」


「えっ? ……ええ~~~~~!?」


ユキが思わず情けない声を出す。

平子はユキの間抜けな声に思わず笑いそうになったが、

今度は銃口をあきらに向けた。


「それじゃあ、こうしよう。」

「手を上げて、後ろを向け。」


「……。」


銃口が自分に向いたことを確認すると

あきらは、ゆっくりと後ろをむいた。


正面切って今戦えばユキに、あるいは少女達に流れ弾が当たるかもしれない。

というあきらの判断だった。少し考えてから口を開く。


「ピグマリオンコンプレックスって言うんだろ? お前みたいな奴。」


「ギリシア神話に登場するキプロス島の王、ピグマリオンは自分の理想の女性像を彫刻にした。その彫刻に服を着せ、世話をしている内に本気に愛するようになり、狂った愛に溺れたピグマリオンはいつしか衰弱していった。」


「それを見かねた女神アフロディーテが彫刻を命に与え、それを妻として迎えた。

その彫刻の名前は……ガラテアだったか。」


「ほう、驚いたね。君はなかなか教養があるようだ。」


教養は教養でもオタクの教養であった。


あきらの話に答えて、平子はうっとりと語り出した。

壮大な愛の物語を語るように。


「そうさ。僕は理想の女性を求めてきたが、巡り合えなかったんだ。

リリーのように、無垢で、人を疑うことを知らず純粋で。

そして、芸術を理解し、僕を暖かい愛で満たしてくれる…そんな女性。」

「いつか運命の出会いがあると信じ仕事に打ち込んできたが、いつの間にかこんな年になってしまった。そして、ある日私は気付いた。理想の女性は自分で育ててれば良いのだと。」


あきらは、成功者の美談のように語る平子に吐き気がした。


「……何が愛だ。反吐が出る。」

「黙れよ変態ロリコン野郎」


「お前は女に自立した意思や気持ちがあることを認められないガキなんだよ。

ファンタジーを現実に持ち込むな。良い年してファンタジーと現実の区別もつかないのか。」


「変態の中でも、マジでクソ以下の変態だな。死刑。」


あきらの毒舌に平子の表情は変わらなかった。

内心腹が立ったが、銃を持ち完全に優位な状況に立っていることで

表向きは冷静でいられた。


(こういう、口の悪い、ツンツンした美少女を

恐怖で支配していくのも一興。…いや、美少年だったか。)


平子はあきらを足元から品定めするように眺めた。



「知ってるかい? 美少年は、なかなか高く売れるんだよ。」


「君ほどの美少年なら、ドレスも似合うだろう。

素直になれば、この子達のようにここで可愛がってやらないこともないぞ。」


「……。」


かさり、と仙堂から渡された紙袋を落として

あきらは両手を小さく上げた。


「…今夜は楽しみだ。」

「ああ、でもお部屋がいっぱいだな。」

「そろそろ、一体、整理しなきゃいけないな。」


一番年上だと言っていた少女の方を平子がちらりと見た。

少女は、ひぃ!と悲鳴を上げた。


あきらの背後に足音が近づいてくる。

一歩、また一歩。


そして手を伸ばせば届くかという距離に近付いた瞬間。


あきらは身を深くかがめながら振り返った。

背後からは見えないように、脇に挟んだ、短い剣。


「これがホントの脇差…ってか?」


あきらが短剣を勢いよく下から振り上げた瞬間。

刀身が伸び、銃を弾き飛ばした。


「…!!!」



時をさかのぼって突入前。


仙堂がロッカーをごそごそとあさり

色んなものをポケットに詰め込んでいた。


「あきら、危なくなったらこれを使え。

お前なら上手く使いこなせるはずだ。」


仙堂が黒い箱を手渡した。

綺麗な箱で、開けると短剣が納まっていた。


「なにこれ? ナイフ?」


剣の柄と鍔は普通の刀のようなサイズだが、刀身が短く一見短剣のようにみえた。

装飾は中国っぽい作りで青い房飾りがついていた。


(あ…これ、もしかして…。)


あきらがその剣を思い切り振ると

刀身が伸びジャキン!と止まる音がした。

折り畳み式の剣だった。


「…おおー!!」


「構造上、突きにはあまり耐久性がないから気を付けて。」

「あと、実用に耐えるための特注品で修理もお高いので、大切にしてください。」


思わず、テンションが上がった。

男子はこういうギミックが好きなのだ。


あきらは上手く行くか不安だったが、

見事に相手の注意をそらし、油断させた上で

間合いに誘い出し、銃を弾き飛ばした。


体勢を崩した平子の鳩尾に蹴りを入れる。

平子は後ろへ吹っ飛んだ。


「うげぇーー!! ごほっ、ごほっ、おえぇ…!」


平子は膝から崩れ落ち、床に手をついてえづいた。

平子が落とした銃を手が届かぬよう遠くに蹴り飛ばし

眉間に剣先を突きつける。


突剣ではないので、刺すことは出来ないのだが

牽制には充分だった。


「ひぐぅぅ、や、やめてくれ、」

「いくらほしい? か、金なら出すから」


あきらは虫を見るような目で平子を見下ろした。

どうしてくれようか。少女を誘拐した悪行を考えると

ボコボコにしてやりたい気分だったが

その時、また上から足音が響いてきた。


あきらは一瞬、平子の仲間かとあせったが

降りてきたのは仙堂だった。


「おい、仙堂! おせーよ!

どうすんだコイツ!」


「仙堂さん!」


ユキが仙堂の姿を見て叫んだ。

ほっとした顔をする。

なぜか自分が来た時より嬉しそうなのが気に障った。


「いやあ、ごめんごめん。

あのおじちゃん、なかなかしつこくてね。

結局強行突破になってしまった。」


その頃、仙堂を見張っていた使用人は

ルドルフに追われ木の上でひいいい!と叫んでいた。


驚きで声を失って見守っていた少女たちが

やっと助けが来たということを悟り口々に騒ぎ出した。


座り込んだ平子の前に仙堂が立つ。



「はじめまして、平子十蔵さん。」


「…け、警察か?」


その問いに、仙堂は

いつものように曖昧に笑った。


「この少女に見覚えは。」


今回の依頼の発端となった家出少女の写真を差し出した。

平子はじっと見た後、首をかしげた。


「………さぁ。」


「…嘘をつくな、じじい。」

「目を見ればわかる。」


あきらが剣で額をつついた。


「女のふりして連れ出したのはお前だろ。

気色わりぃ、女のフリして誘い出して…。恥を知れってんだ。」


「ち、違う! さ、誘い出したが、…逃げられたんだ。」

「突然火が出て…。必死で消していたらそのうちにいなくなっていた。」



一カ月前…。


確かに松本日出子はこの館に誘い出されていた。


「…こんにちは。」


「こんにちは、友梨佳は今お風呂に入っていてね

コレクションを見て待っててほしいとのことだ。

さあ、案内するよ。」


松本日出子は警戒心もなく

誘われるままに地下室に誘われていった。


「わあ、これ なんですか? 可愛い」


娘の10代の頃の服だよ。


「よかったら、来てみるかい?

サイズが合えば差し上げるよ。」


「いいんですか?」


「では、席をはずすよ。」


平子が出て行ったあと。

少女はわくわくして服を脱いだ。

豪邸や宝の山に舞い上がっていた。

自分の孤独を理解し、助けてくれる友梨佳に想いを馳せた。


「素敵…可愛い。」


少女は気になるドレスを胸にあてた。

平子が背後に迫っていることに気付かずに。


ユキがそうされたように、

突然背後から抱き付かれて

少女は驚きで小さく悲鳴を上げた。


「合格だ…。」

「会った時から良いと思ったよ。

この小学生にしか見えない、小柄な体格」

「君の名前は…何にしようかな? 可愛がってあげるよ。」


平子は少女の太ももに手を這わせた。

若い肌の感触を楽しむように。


「………ッ?!」


その時。ブスブスブス…と

なにかがくすぶる音がした。


「…なに?」


平子が振り返った時、

一体の人形の頭から火柱が上がっていた。


ぼおおおおおお!

火は驚くほどの速さで勢いを増していく。


「うわあああああ!」

「消化器! 消化器!!」



「そして、慌てて消火して…

振り返ると…少女は、いなくなっていた。」


「ドレスを何枚か持って…逃げられた…。」


平子は白状した。


「……そうですか。わかりました。」



仙堂が平子の前に片膝をついて、肩に手を置いてじっと目を見た。

仙堂の笑顔は消えていた。睨むわけではない、糾弾するわけでもない。



「平子さん。これからあなたには取り調べが待ってますが、

罪を減らそうと、余罪を隠したりしないで頂きたい。」


「あなたが傷つけた、娘さんたちは、ご両親たちが、社会が、大切に育ててきた、かけがえのない娘さんたちなのですよ。借金してでも、娘を見つけたい。その依頼で私はここにいます。」


平子は蛇に睨まれた蛙のように、脂汗を流した。

肩に置く手に力がこもる。人間と思えない力で肩を握りしめられ

平子はうめき声を漏らした。黒い瞳の奥に、殺気が垣間見えた。


「我々は依頼があれば刑務所に入っていようが、

あなたに死以上の、地獄の苦しみをご覧にいれて見せます。

そのことを、お忘れなきよう。」


「……………。」


平子はうなずいたつもりなのか

何かをお諦めたようにがくりとうなだれた。


それから、警察が来て少女たちは無事に保護された。


いや、無事だとは言えない。身体に怪我はなかったが

少女たちは泣きじゃくっていた。

どれだけ、心に深い傷をおったか図ることもできない。


仙堂は警察に知り合いがいるらしく

少し話していたようだった。

その間、ワゴン車であきらとゆきは待たされていた。



ユキは白い花嫁衣装の上に、仙堂から渡されたコートを肩からかけていた。

何かから身を守るように、コートをぎゅっと引っ張って身を隠してうつむいていた。


「お待たせ。帰ろうか。」


戻ってきた仙堂の座る運転席の後ろから

あきらは腕を組みながらガンガン蹴った。


「お前、マジで、未成年に、なに、やらしてんの。」


「いやぁ、今日は本当に助かったよ。

想像以上に、凄い事件だった。

二人ともボーナスあげちゃう。」


「そんなもんでごまかされるか!

二度とやるかこんなこと!」


「……ふっ、…うぅ…、くっ…。」

それまで黙っていたユキが息を漏らした。

一瞬、笑っているのかと思ったが

それは嗚咽だった。


我慢していた涙がこらえきれなくなって、

ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。



「おい、おまッ、バカ! 泣くなよ!」

「…どこか、痛いのか?」


平子は傷が残るような暴力は振るわなかった。

ユキの頬は少し赤くなっただけだったが、

暴力で支配される恐怖をありありと見せつけられた。


「あの子たち…。かわいそう…。」

「どうして、こんなことが出来るの…。

人の人生を…いのちを…勝手に…。」


怒りと、悔しさの涙だった。

手を握りしめすぎて、ぶるぶると震えていた。


監禁された少女たちの恐怖で支配され媚びることを強いられたあまりにもみじめな日々や

売られて行った少女達の凄惨な末路の想像がユキの胸を締め付けた。


「本当に、余罪を全て吐いてくれたらいいが…。

監禁されていた少女もだが、人身売買で売られた女の子たちが

無事に見つかってほしい。」


一体何人の少女たちが売られていったのか…。

この事件はのちにワイドショーを連日賑わせることになり、

見る度にユキの気持ちを落ち込ませた。


あきらは思わず差し出そうとした手を

頭におくのか、肩におくのか、背中をさするのか


ゲームのように3択が頭に浮かんだが

少し迷った後 手をひっこめた。



あきらの目の前で女子に泣きだされたことは、1度や2度ではない。

だめなのはわかってるけど…なんて前振りをして

告白してきたくせに、断ると泣くんだ。

女の涙は、何度見ても居心地が悪い。


「そんなの……お前が気にすることじゃないんだよ。」


あきらは、見ないようにぷいっと窓の外を見た。

バツが悪そうに窓を開けて外を見ているしかなかった。



「ユキちゃんは、優しいね。」


仙堂はこういう涙は、気が済むまで、流した方が良いと思っていた。

なので特に慰めもせずそう言ったきり前を向いた。


ユキは、帰りの車の中でずっと泣き続けた。

すっかり日は暮れていた。




エピローグ 家出少女の所在


あきらは、人形の館事件で得たバイト代でしっかり単行本を買い込んでいた。

トランクルームが未成年では借りられず仙堂に名義を貸してほしいと頼んだら、


事務所3階の一角の場所を貸してくれるというので

今までずっと買いたいと思っていた漫画をこれでもかと買い込んだ。


事務所に置きに帰ろうと本屋を出た所。


「…こんにちは」


前に同じ本屋で本を取ってあげた

派手なピンク色の髪の少女がいた。


「また、会えましたね。」


「君は…こないだの。」


「この前は、本当にありがとうございました。」


少女は、スカートの裾を持ち上げて貴族の令嬢のように礼をした。

芝居がかった所作に、あきらは戸惑って苦笑いをした。


「私、くららって言います。」

「今から、お家帰るんですか?」


「…いや、ちょっと野暮用。」


「私もちょうどこっちに用事なんです、一緒に行ってもいいですか?」


少女はあきらの後ろをついてきた。

また惚れられてしまったか。

あきらは面倒くさいことになったな、と内心げんなりした。


「知らない人についていっちゃだめって親に教わらなかった?」

「知らない人じゃありません。お兄ちゃん、優しいもん。」


「世の中には変なヤツもいるから、もっと気を付けた方が良いよ。君。」


「心配してくださるの? 嬉しい…。」


(こないだの変態ジジイみたいなやつがマジでいるからなぁ。)


あきらにしてはお節介だった。

少女の服装はまさしくあのじじいが好みそうなものだったので心配になったのだ。


サクランボの総柄のアンティーク風のフレアスカートのワンピースに白いフリルソックスに赤いストラップのついた靴。監禁されていた少女はもっとゴタゴタした服装だった。


色々と質問してくる少女をのらりくらりとかわしながらあきらは

ついてくるのをどう辞めさせるか考えていた。ストーカーになられたら面倒だ。

走るにもマンガ本が重くそれも出来ない。なかなかふりきることが出来なかった。


やがて事務所近くの公園にさしかかった時、

買い物帰りの金原ユキに会った。


「あ、あきらくんだ。」

「あー…。金原…。」


「今日は事務所の日?」


「いや、マンガ置きに行くだけ。」


「せっかく片づけたのになぁ…。」


ユキはあきらのマンガがぎっちり詰まった紙袋をちらりと見てぼやいた。


仙堂が積み上げたガラクタを綺麗に片づけて

せっかく仙堂が生活できるように整えたのに

今度は漫画で埋まっていくのかと、ユキはちょっと不満だった。


当の仙堂は相変わらず事務所で寝泊まりしてるのだが。


「…お兄ちゃん、その人だあれ?」

「もしかして…彼女?」


「…違うよ。」


そうだと言ったら、諦めてくれるかと考えたが

金原ユキは適当に話を合わせるなんて気の利いた女じゃない。



「だよね。全然お似合いじゃないもん。」


ユキは初対面で失礼なことを言う少女をじっと凝視していた。

こんな派手な少女は見たことがなかったが、

ユキにはなぜか少女の顔に見覚えがあった。


口元に手を当てしばらく考えた後

やがて、何かに気付いたようだった。


「…あっ、あきらくん!」

「な、何?」


ユキが顔を近づけてきて、思わずどきりとした。

耳元で小さな声で耳打ちした。


「あの、その…!

その子、こないだの依頼で探してた家出少女だよ!」


「……何ィ?!」


あきらははっとして少女を見た。

言われてみれば、確かにそうだ。


「…どうしたの? お兄ちゃん?」


少女がにっこりと笑った。

夕日が逆光となり少女の顔に影を作った。



(続く)



家出少女の正体とは?

次回に続きます。

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