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57日目:サマー尾途(後編)

尾途での一日も、終わりを迎えます。

散歩(デート)の途中だけど、お腹も減ったしおばあちゃん家に帰ろっか」

「お昼ご飯までいただいて良いんでしょうか」

「ここら辺は飲食店なんてないからねぇ。一応、喫茶店はあるけど軽食はないし」


 喫茶店か。もしかするとそのお店は、先輩の喫茶店好きの原点なのかもしれない。


 そんなに歩いていないけど、手を繋いだまま来た道を引き返す。さっきまで正面にあった太陽を背負って。


「今確認するのもどうかと思ったんですけど、何日間泊まるんですか?」

「そうだねぇ、明日か明後日には帰ろうかなぁ」


 観光する場所もないしね、と笑う先輩。


 遠路はるばるおばあちゃんに会いに来たわけだし、もう少し長居しなくて良いのかな。先輩がそれで良いなら、私が口出すことではないけども。


 そもそも、私が長居するのは変な話だし。


 おばあちゃんの家に到着し、戸を開けて靴を脱いで上がる先輩に続く。さっきは玄関までしかお邪魔しなかったので、改めてその広さを思い知った。


 なんというか、お寺みたいだ。お線香の匂いと外の匂い、それから古い木の匂いがする。


「あら、おかえりぃ。お昼はそうめんだけど」

「暑いもんねぇ。勝手に皿出して食べてもいい?」

「いいよ。クグルちゃんも遠慮しないで」

「は、はい。いただきます」


 先輩からタレの入った皿を受け取り、氷の入った大きなザルからそうめんをすくい、食べる。うん、冷たくて美味しい。


「ネギとツナも入れていいからね」

「ツナ、ですか。初めてそうめんに入れます」

「家庭によって違いが出るよねぇ。ボクはツナ好きぃ」


 タレにツナを入れて、軽くかき混ぜる。ほぐれた身がクルクル回り、油が浮く。


 そこにそうめんを入れて、しっかり絡ませて啜る。おお、これは新しい。夏場に飽きがちなそうめんに、新たな発見だ。ネギも追加し、ついつい箸が進む。


「いい食べっぷりだね。夕飯も食べていくでしょ?」

「ご相伴にあずかりたいと思います」

「本当にお堅いねぇ」

「でも、最近はボクに対して言葉遣いがゆるくなってきてるんだよぉ?」

「詳しく教えて?」

「それは、私がいない時に話してください……」


 目の前で自分の言葉遣いについて話されるなんて、普通に恥ずかしい。でもこうやって見ていると、先輩とおばあちゃんはまるで親子のようだ。微笑ましい。


「ごちそうさまでしたぁ。それじゃ、部屋に行こっか」

「ごちそうさまでした。……部屋、と言うと?」

「一応、ボクの部屋があるんだぁ。ベッドはないけど」

「何故、ベッドについて言及を?」

「残念かなぁと思って」

「残念なのは先輩の思考の方です」

「久々に辛辣ぅ」


 私たちのやり取りを、微笑んで見つめるおばあちゃん。やっぱり恥ずかしい。


 そんな温かい目で見られつつ、先輩の部屋とやらに向かう。突き当たりにトイレがあり、その横に階段がある。この先がそうらしい。


 ギシッ、という音に不安を覚えつつ、ゆっくり階段を上る。


 上り切った先も、一階と同じくらい広い。一人で暮らすにはあまりに広すぎると思うけど、余計な心配だろうか。


「ここがボクの部屋だよぉ」

「失礼します。……わぁ、いつもの部屋と随分違いますね」


 襖を開けると、沢山並べられたぬいぐるみと、本棚にぎっしり収められている絵本が目に入った。それと、畳のいい匂い。


 子どもの頃に過ごしていたままなのかな。


「あっ、これアルバムじゃないですか。見てもいい?」

「いいよぉ。この前は君の卒アル見たしねぇ」


 ペリペリ、という感触。最初のページは先輩が赤ちゃんの頃の写真だ。写真の下に、『命名・華咲音』と達筆な筆文字で書かれている。


 先輩の名付け親は誰なんだろう。両親だと思っていたけど、違うのだろうか。


「赤ちゃんの頃から整った顔ですね」

「それは褒めすぎじゃない?」

「いつも一緒に写っているのは、おばあちゃんですか?」

「そうだよぉ。このアルバムの中に、父親と母親は写ってなかったはず」

「うわっ先輩可愛すぎじゃないです……?」

「そんなことないよぉ?」

「そんなことありますよ、美少女すぎじゃないですか」

「えへへ……君に褒められると、誰に褒められるよりも照れるんだよねぇ」


 カメラ目線で、面影があるけれど今とは違う笑顔をこちらに向ける幼い先輩。写真の焼き増しとかしてくれないかな。


 この家の向日葵畑で、麦わら帽子を被る先輩。ビニールプールで遊ぶ先輩。どの先輩も屈託のない無邪気な笑顔だ。


「先輩、カメラって持ってきてますか?」

「うん。一応持ってきたけど」

「あとで写真撮りましょうよ。この写真と同じように、向日葵のあるお庭で」

「あはぁ。いいねぇ」

「そういえば、今日のログボがまだでしたね」

「おばあちゃんの家に一緒に来る、ってログボじゃないの?」

「じゃあ、キスはしなくて良いんですね」

「冗談だよぉ。するするぅ」


 先輩に近づいて、軽く唇を重ねる。先輩の匂いと、畳の匂いのマリアージュ。初体験。


 いつもより唇が熱く感じる。夏のせいだろうか。夢中でキスをして、ここが先輩のおばあちゃんの家だって忘れかけてしまう。


 閉じ忘れたアルバムから、幼い先輩の視線を無数に感じて我に返った。そんな無邪気な目で見ないでください。


 唇を離して、アルバムをパタンと閉じる。何度でも何時間でも眺めていられるけど、なんとなく先輩が照れくさそうなのでやめておこう。


「やっぱりキスって、何度しても特別ですね」

「そうだねぇ。でも、君がいてくれるならキスがなくても平気だよぉ」

「じゃあ、キスはしなくても良いんですね」

「冗談だよぉ。するするぅ」

「ループしてるじゃないですか」


 よくわからないけど、こういう会話が結構好きだったりする。最近はネトゲの方でグルチャをしてないけど、またやろうかな。無音(なお)さんとも話したいし。


「よし、それじゃ写真を撮りに行こっかぁ」

「そうしましょうか。あ、メナミさんも誘って一緒に撮りましょうよ」

「君もおばあちゃんって呼べばいいのに」


 カメラを持って、部屋を出ようとする先輩。私も立ち上がり、ゆっくりその後ろに着いていく。


「……孫になるのが確定したら呼びますよ」

「なんか言ったぁ?」

「いえ、なーんにも言ってませんよ」


 隙だらけの背中に、ぎゅっと抱きついてみた。廊下に射し込む陽の光が、少し驚いた様子の先輩を照らす。


 ダメだなぁ。好きすぎるなぁ。


―――――――――――――――――――――


 夕飯は、おばあちゃん手作りの唐揚げとポテトサラダだった。


 ザクザクの衣自体に味がついていて、鶏肉からも濃いめの下味を感じる。タレに漬けた鶏肉に、味付きの衣か。勉強になる。


「お口に合う?」

「とっても美味しいです。あとでレシピ教えてください」

「いいけどぉ、誰に作ってあげるの?」

「せっ……華咲音先輩に、ですけど」

「他にもカサネの好きなレシピ、教えてあげるね?」

「よろしく……お願いします……」


 先輩は、私が作る料理は全部喜んでくれるけど、所謂『おふくろの味』のようなものも覚えておきたい。


 先輩のご両親とは良好な関係を築けないのだろうけど、こうしておばあちゃんと関われて良かった。先輩に、逃げ道とか救いがあって良かった。


 頼れる人がいるって、とても幸せなことだから。


「あはぁ。今から楽しみだなぁ」

「たまには先輩も作ってくださいよ」

「ボクだって練習したんだから、今度お披露目するね?」

「楽しみに待ってます」

「あ、そうそう。日付けが変わったら話したいことがあるんだけど」

「? わかりました」


 なんだろう。おばあちゃんの前で言えない……ということならまだわかるけど、日付けが変わってからというのは何故だろう。ログインボーナスに関係していることなのかな。


 ごちそうさまでした、と手を合わせ、空いた皿を台所に下げに行く。一緒に下げに来た先輩の表情がとても穏やかなので、そんなに緊張せずに明日を待とう。

次回、尾途二日目。

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