57日目:サマー尾途(中編)
遂に登場、先輩のおばあちゃん。
『次は尾途です。尾途では、全てのドアが開きます』
目的地のアナウンスが流れる頃には、既に昼になっていた。本当に遠い、ギリギリ県内ではあるけど。
「やっと着きましたね」
「お腹減ったねぇ」
私は大きな旅行用の鞄を持ち、降りる準備をする。
先輩は、いくら自分のおばあちゃんの家だからって荷物が少なすぎではないだろうか。もしかして、ある程度のものは置いてあるのかもしれない。
電車が止まり、先輩と一緒に寂れた駅に降りる。
手動で立て付けの悪い引き戸を開け、一歩外に出る。眼前には、本当に田舎という言葉が似合う風景が広がっている。
地面から立ち上る熱気に、真上に昇った太陽、少し青臭い空気。背の高い建物はほとんど見当たらない。
「ここが尾途……」
「本当になーんにもない田舎だからねぇ。パチンコ屋さんですらすぐ潰れちゃうくらいだよ」
「畑が沢山ありますね。と、少し先に大きな家も見えます」
「あの大きい家がおばあちゃんの家だよぉ」
「おばあちゃんもお金持ちなんですか」
「うーん、ここら辺の地主というか。なんというか」
先輩のおばあちゃんの家に向けて、妙に小石の多い道を歩く。歩道と車道の区別が無いタイプの、大きな道だ。
何を栽培しているのかわからない畑や、トウモロコシ畑なんかが左右に広がっている。不行市内では見かけない光景に、心が躍る。
「先輩は何も無いと言ってましたが、私的にはこういう景色も好きです」
「よかったぁ。ボクも大好きなんだ、ここの雰囲気」
「先輩と同じで、なんだかふわふわしていますよね」
「ふわふわしてる……?」
「あっ、いえ。お気になさらず」
駅から歩いて10分くらい経っただろうか。遠目に見ても大きいと感じたおばあちゃんの家は、近くで見ると本当に大きかった。
築年数がかなり経過していそうな、木造二階建ての家。瓦屋根に立派な木の柱、向日葵が咲き誇る広い庭。簡単に言うと武家屋敷みたいな感じだ。
「おばあちゃーん、ただいまぁ」
駅のそれとは違い、引き戸がスムーズに開いた。というか施錠していないのか。田舎あるあるだろうか。
すぐに玄関に、先輩のおばあちゃんと思われる人物がやって来た。
勝手にお年寄りを想像していたから、その若さに驚いてしまった。普通に30代くらいにしか見えない。そして流石は先輩のおばあちゃん、とても綺麗だ。
「おかえりぃ、カサネ。と、その子は?」
「初めまして。後輩の茶戸です」
「下の名前は?」
「莎楼、です」
「クグルちゃんね。私は越阿山女波。おばあちゃんかメナミさんって呼んでねぇ」
「は、はい。えっと、本日はお世話になります」
「随分とお堅いなぁ。カサネ、本当にあんたの後輩?」
「そうだよぉ。ボクの大事な人なんだから」
「恋人?」
「ちっ、違います!」
そんなに強く否定しなくてもいいじゃん、と口を尖らせて呟く先輩。いやいや、初対面の人にそんなことを言われたら、誰だってこうなりますって。
「ちょっとクグルちゃんとお話したいから、カサネ。あんたは外に出てて」
「はぁい。いじめたらダメだからねぇ?」
先輩は引き戸を開けて、外に出た。まさか、この温厚そうで見た目は30代くらいに見える美魔女が私のことをいじめるなんてことは……ないと信じたい。
「さて。勿論いじめたりはしないけど、カサネとは本当はどういう関係なの?」
「えっと……。ほとんど毎日、キスをするような関係です……」
先輩にそっくりの綺麗な瞳を前に、私は正直に答えるしか無かった。どこまで話しても良いのかわからないけど、おばあちゃんに嘘を吐くのは良くない気がした。
「でも、付き合ってはいないわけね」
「あの、でもいつか……いつかは、答えを出そうって決めているんです。その『いつか』は、きっともう目の前まで迫っていると思うんですけど」
「良いんじゃない、あの子はきっと待っていてくれるよ」
にこり、とおばあちゃんは優しく微笑む。
その笑顔も先輩にそっくりだ。祖母と孫ってそんなに似るものなのだろうか。先輩の母親を見たことがないのでわからないけど。
「ありがとうございます、メナミさん」
「いえいえ。付き合うことになったら教えてねぇ?」
「先ぱ……華咲音さんが女と付き合うことについては問題ないんですか?」
「孫の顔を拝めただけでも十分に満足してるからねぇ。孫の人生は私のものじゃないし。アドバイスはするけど、余計な口出しはしないよ」
「流石、先輩のおばあちゃんですね」
「あははぁ、何それ。まぁ、自分の娘からあんなに素敵な孫が産まれるとは思ってなかったっていうのもあるかなぁ」
「華咲音さんは、ほとんど自分の母親のことを話しません。この前、少しだけ話してくれたんですが」
「私の育て方が間違えていたのか、それとも三つ子の魂百までなのか。とにかく、ろくな大人にならなかった」
「親と子は別の生き物ですし、メナミさんが悪いとは思えませんが」
「そう言ってもらえると助かるよ。カサネのこと、よろしく頼むね」
「はいっ」
「いい返事だ。行っておいで」
「いってきます」
戸を開けると、先輩が褐色肌でタンクトップ姿の人と会話をしていた。少年にも少女にも見える容姿だ。中学生くらいだろうか。
「あ、終わったのぉ?」
「はい。えっと……」
「おれはカズマ。カサ姉とは長い付き合いの中学2年生だよ」
「私は茶戸莎楼と言います。先輩の後輩です」
自分で何度か使っているこのフレーズ、冷静に考えると頭が悪いな。でも上手く言えない。
「それじゃ、ボクは莎楼とここら辺をデートするから。またねぇ」
「そっか。またね」
カズマ君に手を振り、先輩と手を繋いで歩く。今頃になって空腹を思い出したけど、ご飯を食べられるお店は流石にあるだろうか。
「因みにぃ、カズマは女の子だよぉ」
「カズマって、苗字でしたか」
「そう、数学の数に間と書いて数間。下の名前は兎って言うんだけど、呼んだら怒るから気をつけてねぇ」
「わかりました。幼馴染みたいなものですか?」
「そんな感じかなぁ。ボクは一時期、おばあちゃんの家で暮らしてたからねぇ」
「それは初耳です」
「あれ、言ってなかったっけぇ」
「はい、多分ですけど」
「4歳の時から、4年くらいかな。カズマとはその頃に仲良くなってねぇ。ボクと似てるし、今でも連絡とか取り合ってるんだよ」
私の知らない、先輩の過去。そして交友関係。もっと知りたいな、昔の先輩のこと。
「ねぇ、先輩?」
「なぁに?」
「おばあちゃんとの思い出とか、カズマさんのこととか、もっと教えてください」
「そんなに面白い話はないと思うよ?」
「私が聞きたいだけなので」
「あはぁ。じゃあ、歩きながら話そっか」
「お願いします。……それから、美味しいお店も教えてください」
「今のボクたちには、それが一番重要じゃない?」
確かに過去も大事かもしれないけど、現在の方が大事だ。
今の先輩を作り上げた過去よりも、これから先輩と一緒に作っていく未来の方が大事に違いない。
「ふふっ、そうですね。大切なのは今ですよね」
何も焦ることはない、慌てることもない。
きっと必要なことはいつか語られるし、メナミさんの言葉を借りるなら、先輩はきっと待っていてくれるだろうから。
過去は今を形成する元ですが、未来を作れるのは今です。




