番外編:ホワイトデー
ログインボーナス実装の、約二ヶ月前のお話になります。
来年の13日は金曜日なんだなぁとか考えていたら、うっかり明日はホワイトデーという事実を忘却するところだった。
ただでさえ毎年縁が無いから、忘れても仕方がない。けど、今年は違う。そういうわけにもいかない。
先輩に、きちんとお返しをしないと。本人はいらないと言っていたが、そういうわけにもいかない。
手作りには手作りで返す、それが祖先から受け継ぐ流儀だ。ちょっと盛ったけど。
チラリと壁掛けの時計を確認する。時刻は夜の8時。
市販品のチョコを溶かして再成形するような再生系クッキングはしない。
因みに先輩の手作りチョコは生チョコだった。あれは板チョコが別物になるので再生系ではない。どちらかというと錬成系だ。
「よし、私も錬成しよう」
一人でキッチンに入り、一人で調理を開始する。
なんとなく、料理番組のように実況しようという考えが頭を過ぎったけれど、やめておこう。虚しいだけだ。
いつか、誰かと一緒に料理とかする日が来るだろうか。その時は、ノリノリで実況解説をしよう。
まず、袋にビスケットを入れて粉々に砕く。それはもう親の仇かってくらい思い切り粉々に。
そしてここに、レンジで軽く温めたバターを入れて混ぜ合わせる。冗談みたいな量のバターが、原型を失ったビスケットと混ざり合う。スイーツを作る時の砂糖とバターの量って、毎度正気を疑う。
これをタルト型に敷き詰め、ぎゅっと押し固める。これを冷蔵庫で冷やしている間に、上に乗せる生チョコを作っていく。
「確か、買い置きしておいた板チョコがあったはず……」
戸棚の中のお菓子たちをかき分け、板チョコを見つけ出した。
包装を剥いてまな板に乗せ、包丁で細かく刻む。次に鍋の中に生クリームを入れて、火にかける。
ホワイトデーの存在を忘れていたけど、今日の夕飯の鶏肉のクリーム煮に使った生クリームが残っていて助かった。
「沸騰する前に火を止めて、チョコを入れて溶かす……っと」
どうして沸騰させたらいけないのか、知らないけど。
ダマが無くなったら、さっき冷やしたタルト型を冷蔵庫から取り出し、上から満遍なくかける。
これをまた冷蔵庫に戻し、固まったらココアパウダーをかける。これで生チョコタルトの完成。
「ココアも……ある。よし」
アラザンは無いけど、まぁいいかな。味に変化が起きるわけでもないし。
冷やしている間、ゲームでもしよう。
バレンタインデーはイベントが盛り沢山なのに、ホワイトデーはこれといって何も無いのは何故なのか。所詮は後付けの、企業を盛り上げるためだけのイベントに過ぎないのだろうか。
「いや、先輩を盛り上げるイベントでもある。はず」
なんて独り言を呟きながら、部屋に戻る。
―――――――――――――――――――――
「おはようございます、先輩」
「おはよぉ」
電車を降りてから学校に向かうまでの間に、なんとか先輩を見つけることができた。
そこら辺の生徒たちとは一線を画す美人ではあるけれど、人波の中で探すのは普通に困難だった。
「いつ渡すか悩んだんですけど、これどうぞ」
「なぁに?」
「お返しです。今日はホワイトデーなので」
「いらないって言ったのにぃ。ありがとぉ」
「市販品だったら返さないつもりだったんですけど、ね」
「……見た目が変だったぁ? それとも味?」
「包装が市販品っぽくなかっただけですよ。見た目も味も抜群でした」
「えへ……えへへ」
「というわけで、私も手作りです。ちょっと大きいので邪魔かもしれませんが」
「ううん、そんなことないよぉ」
今まで見たことがないレベルの笑顔を浮かべ、大事そうにチョコタルトの入った箱を抱きしめる先輩。不覚にも可愛いと思ってしまった。
「そういえば、先輩はバレンタインにチョコを貰ったりしたんですか?」
「うん、男女問わずって感じだよぉ。だから今日はお返しするんだぁ」
今度こそ本当に市販のね、と言って、鞄の中を私に見せる先輩。板チョコが、闇取引に使われる札束みたいな感覚で敷き詰められている。板チョコ屋さんかな。
……私に手作りチョコを渡して、ホワイトデーに市販のチョコでお返しをするってことは、本当に私のことを特別な存在とでも思ってくださっているのだろうか。
ほとんど友だちの居ない私にとって、嬉しいことではあるんだけども。
「全部板チョコということは、本気の人はいらっしゃらないんですね」
「本気でバレンタインに告白する人って、今どきいるのかなぁ」
「なんとなく、チョコから感じる気合いとかでわかりそうじゃないですか」
「そんな本気のチョコは……あったのかなぁ。人の気持ちなんて、簡単にはわからないからなぁ」
他人に踏み込まない私にも、人の気持ちはわからない。いや、わかろうと努力していないのかもしれない。
もう少し踏み込めば、先輩の気持ちとかもわかるのかもしれない。でも、それは怖くて無理だ。
先輩と後輩、それ以上の関係性になる必要はない。先輩が望むなら、この関係を友だちと呼ぶのは構わないけど。
「誰にだって、人の気持ちなんてわかりませんよ。わかった気になれるだけです」
「それでも、わかろうとする努力は続けたいよねぇ」
「そう、ですね」
わからないのと、わかろうとしないことは別物だ。
それでも、人の心に踏み込むことはチョコレートみたいに甘くはない。
「それにしても、お返し嬉しいなぁ。なんだかログインボーナスみたい」
「なんですか、それ」
学校に到着すると、先輩は玄関で何人かに板チョコを渡し始めた。それを横目に、自分のクラスを目指す。
やっぱり、私もチョコを渡しておけば良かったな。なんて、少し欲が深すぎるか。
市販品のチョコを再成形しても良いじゃないですか……。




