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56日目:夏休み、始めました。

夏休み編、スタート。

 土曜日、夏休み初日。


 解除し忘れた目覚まし時計が、律儀にいつもの時間に私を叩き起した。大丈夫、君は悪くない。


 二度寝するにも中途半端な時間と睡魔で、仕方がなく体を起こす。スマホから充電器を抜いて、画面を確認する。


 特に何も無いな、と思った瞬間に、先輩から電話がかかってきた。さながら二度目の目覚まし。


 驚きと歓喜で高鳴る鼓動を落ち着かせ、電話に出る。


「おはようございます」

『おはよぉ。今日は起きてたみたいだねぇ』

「先輩から電話が来ると思って、早めに起きたんです」

『あはぁ。それはちょっと嘘くさいなぁ』

「まぁ嘘ですけど。ご用件は?」

『もちろん、夏休み初日のログボが欲しくてさぁ。あ、でも今日は午後から雨の予報なんだよねぇ』


 その言葉を受け、カーテンを静かに開ける。今は降っていないけれど、確かにすぐにでも泣き出しそうな空だった。


 夏休み初日だからといって、晴天とはいかないようだ。それも仕方がない、空にも神様にも、夏休みなんてものは存在しないのだから。


「では、うちでまったりしませんか」

『そうするぅ。お昼前に着くように行くねぇ』

「わかりました。待ってます」


 電話を切って、ふぅっと息を吐く。待ち焦がれています、って言うか悩んでやめた。あまり焦らせて、困らせるのは不本意だし。


 考えてみると、つい数日前まで我が家で先輩と寝食を共にしていたわけだし、慌てて片付けたり掃除をする必要も無いな。ゆっくり整えよう、部屋と呼吸を。


―――――――――――――――――――――


「おじゃましまーす」

「お、おかえりなさい」

「……ただいまぁ!」

「すみません、なんか本当にすみません」

「メイド服着てたら満点だったなぁ」

「一応、貰ったのであるんですけどね」


 メイド服を着て出迎えたら汗だくになりそうなので、軽装で出迎えた。なんとなく、おかえりなさいって言いたくなったので言ったみたわけだけど、これは普通に小っ恥ずかしいというかなんというか。


 先輩が笑顔だから結果オーライということにしておこう。そう、何も問題ない。


「なんか良いねぇ、おかえりなさいって言葉。ボク、家に帰って言われたことないからさ」

「……私が言いますよ。先輩の帰る場所でありたいので」

「可愛い。嬉しい。好き」

「なんですか、そのカタコト」

「もぉ、嬉しすぎて嬉しいよぉ。大好き」

「私も大好きですよ」


 まるで合言葉みたいに、好意を送り合う。

 もちろん私は家ではないけれど、先輩の居場所であることはできる。心の拠り所というか、そんな感じの存在でありたい。


 その関係を恋人と名付けるかどうかは、やはりまだ少し保留にしておきたい。


「お昼ご飯……はまだ早いかなぁ」

「そうですね。まずは部屋でゆっくりしましょう」


 ポツポツと、屋根を叩く音が耳に届く。どうやら降り出してきたらしい。


 どうかこれが、梅雨の終わりを告げる雨であってほしい。7月も今日で20日なわけだし、もう終わりで良いはずだ。


 先輩と一緒に階段を上り、部屋に入る。


 既に本棚の整理も終わっているし、自分で言うのもなんだけど綺麗だ。

 定期的に先輩が遊びに来るのが、部屋を綺麗に保つモチベーションになっている気がする。


「あ、そういえば返すの遅くなってごめんねぇ」


 そう言って先輩は、鞄から紙袋を取り出し、更にその中から『間違い晒し』を出した。


「お気になさらず。読み終わりましたか?」

「うん。全員が過去に関わっていることがわかった後に、主人公が良心の呵責に耐え切れずに自殺するシーンは鳥肌が立ったねぇ」

「自分が思っている以上に、自分の罪が重かったことを知るシーンですね。あれは本当に衝撃でした」

行方行方(なめかたゆくえ)の作品は、ハッピーともバッドとも言えないエンディングが多いんだねぇ」

「ハッピーっぽいやつ読みます?」

「読む読むぅ。なんてやつ?」

「『過呼吸』って作品です。息を吸うように、もしくは吐くように人と付き合ったり別れたりを繰り返す女性のお話なんですけど」

「え、センパイ……?」

「いや、違うと思いますよ……多分」


 流石に行方行方が不行市在住とはいえ、ヒアさんをモデルにしているとは考えにくい。


 いや、でもどうなんだろう。有り得なくはないのかも。


「でも、それがハッピーっぽい作品なのぉ?」

「ネタバレになるので多くは語りませんが、一応ハッピーです」

「そっかぁ。君がそう言うなら、信じて読もうかなぁ」


 本棚から『過呼吸』を取り出して、空いたところに『間違い晒し』を入れる。


 しまった、本棚を整理する時にキッチリ隙間なく入れてしまったから、スペースが無い。これは本好きのあるあるだと思う。


 一緒にベッドに座り、壁にもたれる。いつものお喋りスタイル。


「そういえば、月曜日は空いてるぅ?」

「毎日空いてますよ」

「それじゃあさ、早速おばあちゃんの家に泊まりに行こうよ」

「わかりました。私はどうすれば良いですか?」

「うーん。朝の8時に迎えに行くから、待っててぇ」

「了解です。少し早いですね」

「おばあちゃんの家は遠いからねぇ。電車代も高いけど」

「それは気にしませんよ。因みにどこなんですか?」

尾途(おず)だよぉ」


 尾途市。

 不行市からはかなり離れている田舎。ほとんど観光名所も無く、私は行ったことがない。


「失礼ですが、本当に田舎ですね」

「まぁね。でも、良いところだよぉ。老後とか過ごしたいくらい」

「私は、老後もここら辺で良いかなぁとか思っているのですが」

「それは、ボクと老後を過ごすって前提で話してるぅ?」


 ニヤニヤする先輩。しまった、迂闊な発言をしてしまった。


 確かに、いつかは一緒に暮らしそうな気がしているけど、老後まで一緒に居るかどうかは定かではない。


 というか、今からそんな先のことを考えたくない。今日明日を生きることで精一杯だ。ログインボーナスってそういうものだと、再確認した。


「そんな先のことより、今日のログボの話でもしましょうよ」

「あはぁ。話を逸らしたねぇ」

「そっ、逸らしてません。ほら、キスしましょうキス」

「話題を変えるためとはいえ、随分と積極的だねぇ」


 可愛らしくニヤつく先輩の肩に手を置き、唇を重ねる。いつもの香りと、柔らかい感触。


 あんなに恥ずかしいと思っていたキスも、日常に欠かせないものになってきた。幸せだ。


 夏休み初日に、先輩とキス。

 本当に、ちょっと前までの自分なら考えられなかったな。


「さて、外は生憎の雨ですし。ちょっと横になりませんか」

「やらしぃ」

「やらしくないです」


 雨が降っているけど、案外元気な自分に驚く。


 最高とは言えないけど、夏休みの始まりにふさわしい一日になりそうだ。


 その予想は、自分の横で微笑む先輩を見て、静かに確信に変わった。

おかげさまで、連載一周年を迎えることができました。今、この部分を読んでいるあなたのおかげです。そう、あなたですよ。本当にありがとうございます。二年目と夏休み編もよろしくお願いします!

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